第621話

 さて、ケーニカンスから所変わって現在ノルド。王都であるモスペトルクスの街に転移して、ちょっとした依頼を受けてきた。


 依頼人はトールで、ヴァルハラから逃げ出したヤギを一頭、捕まえてきて欲しいそうだ。


『気配に敏感だから、俺等が近付くとすぐに逃げちまうんだよ。こういうの、普段はロキの仕事だったんだがなぁ……』


 ということで、友人帳伝いで依頼を受けて、詳細を王城で聞いてからモスペトルクスの街中をブラついている。


 尚、ゴリアテは丁度モスペトルクスにいるらしいので、合流してちょっと話したらそのまま解散という流れになった。


「お! アマネ、こっちだこっち!」


「あ、はい!」


 防寒具に身を包んで、雪の積もるモスペトルクスの大通りを散歩していたら、待ち合わせ場所の酒場の前でぶんぶんと手を振るゴリアテと合流出来た。


「ほら、早く入れ! 中で飯くらい食ってから行こうぜ!」


「はいはい! そんなに急かさないでくださいよ!」


 ゴリアテに促されるままに酒場の中に入ったわけだが、真っ昼間なのに酒盛りしている厳つい人がとても多い。


 尤も、その風貌の割に大暴れしているとか暴言を吐いて口論になっているとか、そういった様子は一切見られないので、案外礼儀正しいとは言えるようだ。


「お、噂の歌姫様が御来店だぞ!」


「よし、そっちの席に座らせるか!」


「おら、机寄せろ! 通れねぇだろ!」


 いや、寧ろ私が来たことでテーブルを動かして場を整えようとしている。なんか、この世界って見た目で損している人多くないかな?


「ほら、突っ立ってないで座った座った!」


「うわわ!? ちょ、分かりましたから!!! だから、持ち上げようとしないでください!?」


 私の体を片手で持ち上げようとしてくるゴリアテの魔の手から逃れて、用意された席に急いで座る。モタモタしていたら、またゴリアテに手を伸ばされるからね。


「マスター! なんかいい感じのツマミ用意してやってくれ!」


「あぁ!? バカ言ってんじゃねぇぞ!!! テメェらみてぇにガブガブ酒を飲むわけじゃねぇんだから、しっかりした飯を用意してやるわ!!!」


 禿頭で黒い眼帯と革のエプロンを身に着けた酒場の主人は、酔っぱらいの注文に対して暴言を吐いて返している。


 でも、私の為にちゃんとしたご飯を用意してくれるみたいだし、やっぱり見た目で損しているいい人なんだね。


「取り敢えず、飯届くまでこれでも摘んどけ」


「お、なら俺のもお裾分けしてやるよ!」


「あ、ありがとうございます!」


 取り敢えず座ったはいいけど、ちょっと酔っぱらいかけている人達が次々と私用の大皿にそれぞれが頼んだ酒の肴を乗せていく。


 なんか、私のご飯が到着する前にお腹が膨れそうな量が山積みになってるんだけど、ホントに食べちゃっていいのかな?


「まぁいいや! いただきま~す!」


 なんか急に考えるだけ無駄な気がしてきたので、フォークを手に取り山積みのツマミを適当にぶっ刺して口に運ぶ。


 最初に刺さったのは……魚のフライのようだ。白身魚らしく中々淡白な味わいで、熱々の肉汁とも呼べるエキスがギッシリと詰まっている。


 衣も外側はサクサク、内側はシットリで中々美味しい。ちょっとスパイスも効いているようだし、確かに酒の肴には丁度良さそう。


 次に口へ運んだのは、皮までしっかり火が通った鳥の胸肉。多分鶏ではないとは思うけど、味が良いので気にする必要はないと思う。


 弾力のある肉は噛めば噛むほどに肉汁というエキスで舌を喜ばせてくれる。皮もカリカリだし、僅かな焦げがアクセントとしていい感じ。


「ほれ、最近ヴェラージから入ってきた米っつぅのを使ったやつだ」


「わわ!? いいんですか!? これ、結構値がするんじゃ……」


「どうせ払うのはそこのデカブツだからな。それに、最近はヴェラージの香辛料共々、手が届くくらいには値が落ち着いてきた」


 ニンマリと笑って腕を組む主人は、そう言って喧しく追加の料理を頼む人達に怒声を浴びせながら、厨房の方へと戻っていく。


 さて、それじゃぁ早速用意してもらったご飯をいただくとしようか。


 ヴェラージ産の米を使ったドリア、って感じかな。熱々のチーズがほんのり湯気を立てていて美味しそうな匂いを漂わせている。


「いただきま~す!」


 用意された木のスプーンで熱々のチーズが乗ったライスを掬う。細かく刻んだ野菜とひき肉を合わせて炒めたパラパラのピラフがとても美味しそうだ。


 掬った一口に息を吹き掛けて冷ましつつ、それをパクリと口の中へ運ぶ。ちょっと熱くて火傷しそうだったが、その味は絶品の一言。


 米と野菜と肉の味をチーズがしっかりと包み込んでいて、単体では少々物足りないピラフをより濃く美味しいものへと変貌させている。


 冷めても不味くはないだろうが、これは熱々の時に食べるのが最適の料理だ。少し急ぎ目でガツガツと熱々のドリアを口に運んでいく。


「はふ……美味しかったぁ……」


 結構な量があったが、それでもあっという間に食べ切ってしまうくらいに美味しくて、そして体の芯から温まった。


 そうしてポカポカしているお腹の余裕が許す限り、更に分けてもらった雑多なツマミの山も少しずつ適当に食べ進めていく。


「ん……果実水も美味しいなぁ」


 四角く切り出された氷の浮かぶベリー系の果実水もとても美味しい。ここの主人が仕込んだ一品で、味の濃さも丁度いい。


 なんかもう、今日はこのままゆっくりしてていい気がしてきた。いや、依頼受けちゃったしこの後外に出はするんだけどさ。


「しかしアレだな。ゴリアテの雇い主と聞いてどんな物好きかと思ったが、どっからどう見ても至って普通の嬢ちゃんじゃねぇか」


「異界人の歌姫ってかなり珍しいけどな。でも、ゴリアテが気に入るんだから面白い人なんだろうよ」


「おうコラ。なんで俺が関わるとそんな言葉しか出てこねぇんだよ?」


 相変わらず他の人達と親しそうに絡み巫山戯て、そして冗談交じりで馬鹿騒ぎするゴリアテ。


 一応、仮の大剣はヒルディから貰っているらしいが、今まで使っていたものよりも若干軽いし耐久面に不安があるらしい。


 尤も、その剣でも充分戦えるというのだから流石という言葉を送りたいところ。最悪殴ればいいやとか言ってるから、だったら最初から素手で戦えばいいんじゃとも思ってるけど。


「あ、そうだアマネ。ここにいるの、大体が対抗戦に参加希望の暇人だから」


「え?」


 ちょっと待って。なんかスッゴい大事な事をサラッと言ってなかった?


 え、もしかしてここにいるお客さんって、クラン対抗戦に参加したいが為に集まった傭兵的な? いや、確かに人手が足りなくて困ることはないけど……


「ゴリアテの奴から話を聞いてな。俺らもここ最近は小競り合いが少なくなってて暇してんだ」


「まぁ〜、色んな国との交流が増えたからなぁ。山賊や盗賊やってるより、傭兵として雇われてる方が稼げるようになっちまったのもある」


「つーわけで、コイツら仕事が減って暇になっちまってるからよ。ここは一つ、歌姫としてノルドの傭兵を雇っちまおうぜ?」


「えー……? まぁ、別にいいですけど」


 ぶっちゃけ断る理由とかないからね。既に過剰戦力ではあるから、そこにちょっと戦力が増えたところで何も変わらない。


「よっしゃ! 派手に暴れてやるから、期待してもらって構わねぇぜ!」


「もう面倒だから、責任は全部ゴリアテに押し付けるね。それと、ここのお支払いも」


「は? いや、それは――」









「いよぉぉぉぉっし! 今日はゴリアテの奢りだ! テメェら、財布を空にさせるつもりで飲んで食っちまえぇぇぇぇっ!!!」











「おいバカ巫山戯んじゃねぇぞゴラァァァッ!!!」
















………………ゴリアテの財布は犠牲になったのだ、南無。

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