第620話
さて、小休止はそろそろ終わりにするとして、次は何処に向かうとしようか……
「どうした、アマネ?」
「この後の予定を何も考えてなかったんですよね……」
ぶっちゃけ、ゴーストとダークネスに会うことが今回の目的だったから、それが終わってちょっとだけ暇になっている。
だから、もし何かバルナンの方で困り事とかあればそれのお手伝いでもしようかと思っているのだが、そんな都合のいいことなんて――――
「ふむ、そうだな……予定がないのなら、少し時間を貰ってもいいか?」
「えぇ! 全然大丈夫ですよ!」
どうやら、そんな都合のいいことがあったみたいだ。時間はたっぷりあるから、少しと言わず必要なだけ使ってもらって構わない。
「そうか! なら、ここの近くの森に向かうとしようか。実は、そこの森の主が少し不機嫌でな」
何でも密林内にあるガルイ族の集落に向かう人が増えたことで、ここ最近は縄張り意識の強いモンスターが苛立っているらしい。
大抵のモンスターはガルイ族の戦士が間引いているのであまり問題にはならないのだが、流石に一角の主クラスになると少々骨が折れる。
なので、私がその主であるモンスターに会いに行って、その苛立ちを宥めて落ち着かせて欲しいらしい。
「以前アマネが出会ったモンスターは比較的大人しくなっているからな。荒れている主も、アマネに会えばある程度はその苛立ちを抑えられるんじゃないかと思っている」
「任せてください! 駄目だったら駄目だったで、頼りになる子達に頑張ってもらいますから!」
主の強さがどれ程のものなのかはわからないけれど、私も世界を旅して様々な子達と出会ってきたんだ。
友人帳を開けば、その主を抑え込めるような強い子も沢山いる。だから、私が心配することは精々周りの被害くらいなものだろう。
「やはりアマネは頼りになるな」
「ふふ。それじゃぁ、早速行きましょうか!」
ゴーストとダークネスもついてくる気満々だし、主がどんなに強くてもきっと問題はない筈だ。
そんなことを考えながら、私はバルナンの案内で密林の一角に向かって移動を始めた。
バルナン曰く、その密林は大猿の森林と呼ばれている場所らしく、ガルイ族の戦士も偶にしか訪れないような所なんだとか。
何でも、ここにはサル系のモンスターが沢山住んでいて、まともに戦うとなると大戦争待ったなしで泥沼の戦になるから、ショートカットする時くらいしか足を踏み入れないという。
「大猿の森林には厄介な奴も多くてな。あまりやり過ぎると他のモンスターを刺激することにもなるし、俺達も深入りはしていない」
どの場所でもそうだが、あまり荒らし過ぎるとモンスター達は危険を感じてその外敵を排除しようとするか、一斉に他の場所へ縄張りを移そうとする。
それが最終的にスタンピードに繋がることもあるので、圧倒的な力で蹂躙するというのはあまり良い行いとは言えないのだ。
まぁ、プレイヤーに関してはその抑止力としてアベンジャーという存在がいるんだけどね。
「っと、少し騒がしいと思えば、入り口の方でもうやり合ってたわけか……」
「えっと、アレは喧嘩してるんですかね……?」
森の入り口に入る前に、ドゴンドゴンと大きな音を立てて殴り合う二頭の大猿が居て、私達は足を止めざるを得ない状況になっていた。
血走った目で涎が垂れている事にも全く気にせず、ただただ目の前の同族と殴り合う二頭は、何処からどう見ても正気とは言い難い。
「大丈夫だ。アイツらはアレが普通だからな」
「えぇ……?」
バルナンが教えてくれたのだが、あの二頭はドランカーバブーンというゴリラ並みにデカいヒヒのモンスターで、通常時は全体的に黒いサルであるらしい。
ただ、兎にも角にも殴り合いが大好きで、攻撃を受ければ受ける程興奮してステータスが上がっていく。
顔は酔っ払ったように赤くなり、黒い毛並みの隙間からはパンプアップした筋肉が膨張して赤い線を表面に残す。
私としては何とも言えない子達だが、この近辺だとかなり強い手合ではあるらしいので、味方になってくれたら頼りにはなるんだと思う。
「ウホ?」
「あ、ごめんね。ちょっと彼処を通りたくてさ」
ドランカーバブーンの殴り合いのせいで立ち往生していると、大丈夫か? と他のサル系の子達がこっちに近寄ってきてくれた。
取り敢えず、今私の近くにいるのはマウンテンコングというまんまなマウンテンゴリラ。体の大きさは現実の倍以上とかなりデカいけどね。
基本的には温厚なので、群れの仲間や家族、子供を狙わない限りは戦闘になることは少ない。
ただ、戦闘になるとマウンテンコングは非常に凶暴なモンスターへと早変わりする。今の姿でもかなりの力を有しているが、激昂すれば更にその力も跳ね上がっていく。
一番特徴的なのはその激昂時で、なんと全身の筋肉が隆起してサイズが更に大きくなる。流石に怪獣映画に出てくるようなサイズにはならないが、進撃していた巨人位になることもあるらしい。
そんなマウンテンコングが全身の筋肉を隆起させて、殴り合いを続けるドランカーバブーンを止めに入った。邪魔するなと殴られているようにも見えるが、全然気にもしていないようだ。
そして、マウンテンコングの代わりに私の近くに木の上から降りてくるサル。シャーマウータンというデバフを得意としている呪術師なオランウータンだ。
毛の色は黒く、木々の影にも溶け込める。体はかなり大きいけれど、ジッとしていれば確かに茂みか何かと誤認しそうな気がする。
ただ、一番凄いのはそのデバフ。視認した範囲内の相手に対し、手拍子一つで半減に近いレベルでステータスを下げることが出来るのだ。
パン! と森の中で手を叩く音が聴こえたら、その時点でステータスが下がってると思っていい。実際、今もアチラコチラで破裂音みたいな拍手の音が聴こえてるからね。
「さっきから音が鳴ってるなぁって思ってたけど、皆であの子達のステータスを下げてたんだね」
ドランカーバブーンは上がっていたステータスが下がって、打撃の音がどんどん弱まっていく。
そして、トドメと言わんばかりの鉄拳制裁。背後から後頭部を打ち抜いた剛腕が、ドガンという音を立ててドランカーバブーンの意識を奪う。
殴ったのはブレイクコングという、これまた筋骨隆々の巨体が武器の真っ黒いゴリラ。大猿の森林というだけあって、やっぱりデカいサル系の子達が多い。
ブレイクコングは攻撃力特化のゴリラで、ドランカーバブーンとよく殴り合いをしているかなりヤバいモンスターだ。
その一撃はワンパンで大岩を砕く程。現実のもので例えるなら、引っ越しのトラックを正面から殴ってその全長を半分くらいにしてしまうくらいかな?
まぁ、兎に角攻撃特化のゴリラだと思ってもらえればそれでいい。マウンテンコングは耐久型で、ドランカーバブーンは狂戦士枠だね。
「アマネがいるとホイホイ集まってきて面白いな」
何が、とは聞く必要もないだろう。確かに、今までも第一村人に会った途端、芋づる式でズルズルと他のモンスターも釣れていたからね。
――――だから、ここの主が釣れるのも当然のことであるわけで。
物凄い威圧を浴びたのか、こちらに近寄ってくる主に対して身構えるバルナン。いや、他の子達も唸り声を上げて、その主に対して威嚇をしている。
ゆっくりと姿を現したのは、主と表すのに些か禍々しいオーラを漂わせている、これまた黒毛のゴリラ。
しかし、その胸部は黒ではなく鮮血のような赤に染まっていて、拳は血が固まったようなドス黒い赤で彩られている。
大猿の森林の主の名は『悪鬼の化身』シュラコング。強さを追い求めた結果、悪鬼羅刹の領域に足を踏み込み蹂躙した、正しく暴力を体現したかのようなモンスターだ。
戦闘能力については言うまでも無いだろう。間違い無くウチの面子の中でも上位に食い込む一角のボスであり、戦えば激闘を超えて死闘の域に達しかねない。
それに、デストロイコングに相当するヤバいゴリラだから、流石にここで大暴れされても色々と困る。特に余波とかその辺が。
「えっと、ウチのクランホームに強い子結構来ますよ? 多分、殴り合いとか出来る子も――」
私の言葉を最後まで聞くより先に、ニヤリと笑ったシュラコングが消える。
転移時のような光が見えたので、多分クランホームに転移したんじゃないかと思う。実際、友人帳に名前も記されてるわけだしね。
「アマネ、主は……」
「ウチのクランホームに行ったんじゃないですかね」
友人帳をペラペラ捲って増えたページを確認しながら、バルナンの問いにそう答える。
――――ピコン!
「あ、ユーリからメッセージ来た。えっと……?」
『なんかとんでもない赤黒ゴリラが、真っ黒ゴリラと殴り合い始めちゃったんだけど!?』
………………多分、デストロイコングと殴り合ってるな、これ。
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