第692話

 東門の戦いはプレイヤー達の圧倒的劣勢で天秤が傾き始めていた。


 それもその筈で、ほぼほぼスキルや魔法頼りの戦いしかしていないのが大半のプレイヤーに対し、相手は自分の技術だけで戦い抜いてきた生粋の武士達である。


 猿叫を轟かせる島津家の者達に蹂躙されていたプレイヤーは、今では様々な家の武将に根切りにされる勢いでその命を刈り取られていく。



「クッ……出遅れたか!」



 サムライブレイダーズの者達は皆喜々としてこの乱戦に身を投じていたが、後方待機を忠実に守り続けていたヨシムネの側近、ヨシカゲは馬上でそう口惜しそうに呟いた。


 東門攻略の大将であるヨシムネが討たれた時には、彼の代理としてサムライブレイダーズの指揮を取ってくれと言われたヨシカゲ。


 それを忠実に守った結果、一番戦いたい時に限って我慢しなくてはならないという悲しき定めを受けてしまった。



「ヨシカゲ殿! 五番隊、壊滅とのこと!」


「六番隊隊長アツモリ殿、敵将馬場信春と交戦し討ち死に!」


「八番隊隊長ユキカネ殿! 可児吉長と交戦し討ち死に! 八番隊も、柿崎景家及び本庄実乃と交戦し壊滅とのこと!」



 次々と舞い込んでくる敗戦の報告に『それは当然だ』という思いと『こうも容易く……』という悔しさが胸の内に溜まってくる。


 所詮、真似事と言われてしまえばそれだけのことと思っているヨシカゲ。幾ら武士である、侍であると言っていても、戦国の世を生きた本物に遠く及ばないのは理解しているのだ。


 ただ、それを理解していたとしてもこの戦いに心躍らない訳がない。


 何せ、ゲームの世界とはいえ相手は本物の武士なのである。彼らとの戦いを心から望まねば、己の夢であった『武士』というものを汚すことになる。



「勝ち戦でも負け戦でも我らは戦うのみ、か……」



 この戦いがプレイヤーの負けであることは素人でも分かる。ましてや自分はサムライブレイダーズという大クランの副長。裏方業務や後方待機を命じられる事が殆どだが、実力で実働隊に劣るわけではない。


 分かるからこそ、負けるというのならばせめて名のある武士に挑んで散りたい……そう思い、前を向いた瞬間、ヨシカゲの背に電流が走る感覚がした。




「――――あの武士は、まさか!?」




 馬上にて槍を振るう武士。その兜には黒い鹿の角のような飾りが付いており、黒い甲冑には肩から胴に向かって金塗りの数珠が掛けられている。


 その武士を見た瞬間、己の心の炎が燃え上がり、理性が欲求に振り切られて引き離される感覚を抱く。





「――――後は任せる!!!」


「えっ!? ちょっ、ヨシカゲ殿!?」






 馬を動かし、乱戦の外側を駆け抜けてその武士に向かって突き進む。幸いにも、その武士は他の雑兵を討っていて、何処か別の場所へ向かうような動きを全く見せていなかった。






「――――――本多平八郎忠勝殿とお見受けする!!!」






 自分の一声に、ピクリと体を動かす武士。他のプレイヤーは敵わないとその武士から離れているが、武士は動きを緩慢にしてゆっくりと馬を動かし、その鋭い眼光をこちらに向けてくる。


 武士から発せられる気迫が、追い掛けてきた仲間達の体を強張らせ、動きを無理矢理止めさせる。


 だが、その気迫も今の自分にとっては微風程度にしか感じられない。寧ろ、本物の威風を感じ取り、昂ぶり興奮する己の心が、一手死合いたいと切に訴えて出てくる。






「某!!! サムライブレイダーズ副長、ヨシカゲである!!! 一手、槍合わせ願おう!!!」








 こちらを睨む武士に対して槍を構える。かの本多忠勝に憧れて使い続けた槍の腕前は、今や並の武士にも勝るとも劣らん筈だ。


 問題は、かの本多平八郎忠勝殿がこの槍合わせに応じてくれるかどうか、だが――――









『――――異界人にも、矜持というものを理解している者がおるようだな』


「――――ッ!!!!!」






 そう言って、ニヤリと獰猛な笑みを浮かべてみせる武士。やはり、本多忠勝その人であったか!!!







『――――良き武士もののふとお見受けした!!! 一槍参らん!!!』







 本多忠勝が槍を構える。恐らく、あれこそは天下三名槍と名高き蜻蛉切。それに、あの馬も関ヶ原で失われたとされる三国黒なのだろう。


 愛馬の手綱を握る手に力が入る。例えこの命が散ることになろうとも、この槍の切っ先を貴殿に届けてみせようではないか!!!







――――オォォォォォォォォォォォォッ!!!!!





 手綱を動かしたことで駆け出した愛馬。口から出る気合の声が、己の黒い甲冑が揺れ動く音も蒸れた兜の不快感も、外野の喧しい声さえも掻き消す。


 駆けて来るは、蜻蛉切を構えし本多忠勝。全身に鳥肌が立ち、表面を静電気が走ったかのような、そんな武士の気迫。


 それに臆すること無く、己の槍が本多忠勝の首を目指して鋭く突き進む。




 風を切り、音を切り、今出せる力を全て使って、後の事など一切考えず、この命を投げ捨ててでもその首を――――――!








『――――いい腕だが、まだまだ甘いな』






 体が、動かない。それも、当然か。私の前を進んでいくのは、他でもない自分の体なのだから。






『命無くして勝ちはない。生き残る気が無ければ、例え相手を殺したとしても「勝ち」ではなく「引き分け」で終わる。良く覚えておけ』





――――あぁ、そうか。貴殿は、確かに……………………





















「――報告! ヨシカゲ殿、本多忠勝と交戦し討ち死に!」


「――――ヨシカゲまで馬鹿になったのか!!!」



 ヘロヘロの状態で走ってきた伝令に、思わず悪態をついてしまう。サムライブレイダーズに冷静さなど、最早欠片も残されていない。


 皆、己が憧れた武士と戦う為に後先考えず突っ込んでいったものだから、倒せるものも倒せずに散っていくだけなのだ。



天笠あまがささん! 無事でしたか!」


「ん? おぉ! お前は騎士団とこの侍少女じゃねぇか!」


「侍少女じゃなくて、ヨツハですって!!!」



 まとめられる奴らが次々と討ち取られ、大乱戦も徐々に終わりそうな気配を漂わせている中、翼の騎士団に所属するヨツハがこちらに駆け寄ってくる。



「サムライブレイダーズは駄目だな。武士に凸って死んでく奴しかいねぇや」


「ウチも同じですよ。どうやら、東門から出てきた中に円卓の騎士が混じっていたみたいでして……」


「……マジかよ。てか、日中戦国時代どころかブリテンまで混じってんのか、コレ」



 予想以上のグローバルさに胃がモタれそうな感覚がした。こんなの、何処ぞの無双ゲーでもありえねぇくらいの出演者数だぞ。


 適当に足軽シバいて逃げようと思って、何人かは首を刎ねるなり何なりで仕留めてはきたが、流石にココは引くが道理ってモンだろうな。



「……というか、天笠さんは突っ込まないんですね?」


「ん? あぁ……俺ぁ、サムライブレイダーズって言っても武士が好きって訳じゃねぇからな。嬢ちゃんと同じ、剣豪好きって奴だ」


「………………ソ、ソンナコトナイヨー?」


 同類扱いされたくないからか、露骨に目を逸らしてうなじを見せるヨツハ。長い黒髪をポニーテールにしてるからか、うなじ好きの変態共がよく湧くと前に愚痴ってた事を思い出す。


 しかし、此処もそろそろ狙われてもおかしくはねぇな。巻き返すのも立て直すのも無理だろうし、嬢ちゃん連れてとっとと逃げるか…………



「早めに離れるぞ。命あっての物種って、嬢ちゃんも聞いたこたぁあるだろう?」


「確かにありますけど、この状況で逃げ切れる気がしないんですけどね……」


「ま、それもそうなんだがな。正門側の連中も手酷くやられちまってるみたいだし」



 遠目からでも見える正門側の惨状。余程集中的に攻撃されたのか、絶え間無く爆発音や轟音が轟いて土煙が上がってやがる。


 下手したら逃げようとした途端に城壁上の連中に狙撃されてもおかしくねぇ。あれだけ大暴れ出来る連中なんだから、狙撃の名手が居たっておかしくはねぇだろうよ。


 かと言って、変に突っ込んで死ぬってのも何か違う感じがするんだよなぁ…………



「――――天笠さん!!!」


「あぁ? うっせぇなぁ、何だ……」






 刀を抜いたヨツハの嬢ちゃんに声を掛けられて、その真剣な眼差しが向けられた方向を見る。







『おっと、随分と物々しいもんだ』


『いやいや! 飄戸斎ひょっとこさい殿が言えた口じゃぁねぇでしょうよ!』



 そこに立っていたのは、長い槍を担いだ飄戸斎ひょっとこさいと呼ばれている男と、腰に刀を携えた飄々とした眼帯の男。


 その立ち振舞から、単なる酔狂や物好きの類ではねぇってのが一目でわかる。



「…………こりゃ、逃げられそうにはねぇわ」


『逃げる気もねぇだろう? そんな笑みを浮かべておきながら言ったところで納得なんざしねぇよ』




 やれやれ、すっかりバレちまってら。まぁ、前田の慶次に柳生の十兵衛殿が前にいりゃ、俺も馬鹿になっちまうってもんだ。



「…………柳生三厳殿とお見受け致します。私はヨツハ。流派は――――」


『新陰流、だろう? 動きを見れば分かる』



 おっと、先に出たのはヨツハの嬢ちゃんか。眼帯付けた柳生三厳だが、ニヤリと笑えばその眼帯を毟り取って懐に仕舞い、ヨツハの嬢ちゃんの前に出る。



「……両目、見えるんですね」


『何も知らねぇ奴なら、死角になる眼帯の方ばかり狙ってくるからな。尤も、嬢ちゃん相手にゃぁ不要な代物さ』


「そこまで評して頂けるとは、光栄の極みですね」





「やれやれ……こりゃ、楽に終わりそうにも無さそうだな。そうは思わねぇか、慶次殿?」


『まぁ、そんな事は言うな。折角の祭り、楽しまねば損というものだぞ?』


「カカッ! そりゃあそうだな!」








 さぁて、嬢ちゃんも俺も、二人を相手にどれだけ戦ってやれっかねぇ…………?

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