第705話
巨大兵器による攻撃は帝都に寸分の狂いなく着弾した。戦車の主砲に始まり、列車砲、航空戦艦のレールガン、巨大戦艦の電磁投射砲、そして衛星のサテライトレーザーと、高火力の一撃が帝国の中枢を完全に吹き飛ばしている。
帝国の中枢機能の破壊と、あわよくば主神の撃滅を狙った一撃。それは、敵の本城の喪失という形で成し遂げることに成功していた。
尤も、主神を狙い動いたものは彼らだけではない。各地に住まう神々もまた、己の仇敵である主神を討ち取るべく動き始めていた。
熱砂吹き荒れる砂漠の大地。嘗て主神の攻撃を受けて甚大な被害を受けていたこの地にて、遂に彼らは我が物顔で空を舞う天使達に対して蜂起した。
「グァッ!?」
「なっ!? こ、コイツら!?」
「敵襲! 敵襲ぅぅぅぅッ!!!」
いつものようなゆっくりとした哨戒任務。そう思っていた天使達を奇襲したのは、アラプトの治める地にて隠れ潜んでいた神々の軍勢。
『片端から撃ち落とせ! このアラプトの地は我々の地であると、空を飛ぶ害鳥共に知らしめろ!』
刃を手に取って指揮を取るのは、アラプトの軍神であるウプウアウト。未だに傷に血を滲ませる神は、オオカミの頭で高らかに声を張り上げ、弓を構える配下達に指示を出す。
空に向かい放たれる無数の矢。地上にはウプウアウトの配下である狼頭の獣戦士達が、弓を構えて矢継ぎ早に矢を乱射していた。
『殺れ! 堕ちた白鳥共を冥府に叩き込め!』
『喰らい尽くせ! 彼奴らは我が同胞を踏み躙りし悪辣なる外道共ぞ!』
混乱する天使達に追撃の指示を出したのは、戦神セトと破壊神セクメト。二柱とも、嘗ての戦の折に辛酸を舐めさせられたアラプトの主神である。
ツチブタのような生き物の頭部をしたセトの獣戦士が、ツチブタの姿をしたキメラのような獣に乗り、雌獅子の頭部で吠えながら突撃するセクメトの獣戦士が、地に落ちた天使達を次々と轢き殺し刃を突き立てる。
我が物顔が死相に変わり、大混乱の中で撃ち落とされ地に落ちて、そして地上で刃を持って待ち構える戦士達に屠られていく。
「チッ! 邪神の眷属共までこれ程の数が潜んでいたとはな!」
尤も、天使もただやられるだけではない。敵襲の報を受けて集まり始めた増援の大天使が、大勢の天使達を引き連れて戦場に集まり始める。
特に全体の指揮を取っている権天使。プリンシパリティと呼ばれている天使の存在が、乱れていた天使の統制を戻す一助となっていた。
『やはり、大人しく引いてはくれんか……!』
統制を取り戻しつつある天使達の姿を見て苦々しげに顔を歪めるウプウアウト。しかし、天を覆うような黒い大蛇の出現により、その表情は驚愕に歪められる。
『すまぬ、遅れた! ここまでかの神を連れてくるのに時が掛かってな!』
『グハハハハハ! 遅参した分、しっかり働かせてもらおうではないか! ここに来れておらぬラーに変わってなぁ!!!』
アヌビス神が連れてきた大蛇。その神の名はアポピスと言い、太陽神ラーの最大の敵としてその名を轟かせている闇の神。
大笑と共に吐き出した黒い闇が満ち始めると、そこから現れるアポピスの眷属である蛇頭の獣戦士達。湾曲したサーベルを両手に持った戦士達は、首をくねらせながら地上の天使を斬り裂いていく。
「は、羽が、重く……!?」
「ひっ!? や、ヤダヤダヤダ!?」
「し、死にたくなッ!?」
闇がもたらしたのは獣戦士だけではない。天使達の翼に纏わりついた闇は、その羽根にこびりついて重さを増し、飛んでいた天使達の体を重力を以て地上へ引き摺り下ろす。
落ちた天使が迎える末路は目に見えて分かる。地上には落ちてくる天使を待ち構える獰猛な獣戦士達が、ギラギラとした目で武器を手に唸っていた。
そうなれば、落ちた天使がどうなるか。言わずとも誰もがわかることだろう。
『アヌビス! アポピスまで引っ張り出してきたのか!?』
『安心しろ! 引っ張り出したのはアポピス神一柱のみだ! 後の者は自主参加となる!!!』
『そういうことだ、アラプトの軍神。我々は、友の為に戦うだけであるからな』
思わぬ援軍にライバルであるアヌビスに軽い怒声を浴びせ掛けるウプウアウト。
しかし、アポピスに続いて現れた黒い神の出現により、それ以上の二の句を告げずに、ただ大口を開けて呆然とするしか出来ていなかった。
『さぁ、羽虫狩りの時間だ。諸君、思う存分に己の神威を振るうといい!』
そう言って黒い波動を放つは、悪神ダエーワの長であるアンラ・マンユ。波動は瞬く間に天使達の身を飲み込み、苦悶の声を吐き出させながら天使達を黒い泥に変えて地に落とす。
追従するのは、アンラ・マンユを主として仰ぐダエーワ達。獰猛な笑みを浮かべた彼らは、己の権能を全開にして天使達を次々と屠っていく。
黒い砂を浴びてカラカラに乾き、ミイラとなって地上に落ちていく天使。その身に狂気を宿し、目を血走らせて仲間を襲う天使。
サルワやアエーシュマのような武闘派は、端の天使を次々と肉塊に変えて、統率する権天使の首を狙って突き進む。
「な……ば、馬鹿な!? 何故、何故ここまで邪教の神々が集まって!?」
「んなもん、ダチをやられて黙ってられる程、俺等が大人しい手合じゃねぇからだよ」
狼狽えて身動きの取れない権天使の妄言を一蹴するアエーシュマ。
そのまま大剣を振り下ろして袈裟斬りに両断すると、募る苛立ちのままに剣を振り回して、逃げ惑う天使達を次々とバラバラにしていく。
『我らも負けてはいられんな! 全軍、突撃! この地が我らのものであることを、彼奴らに知らしめてやるのだ!』
ウプウアウトの号令に、咆哮で応える獣戦士達。アヌビスの眷属であるジャッカルの頭の獣戦士達も加わり、落ちてくる天使達は次々とその身に刃を突き立てられて息絶えていく。
『オイオイオイ……マジで役に立たない天使共だな!』
そんな様子を遠くから見ていたのは、この地を下賜されていた主神の一柱、ヘルメス。
盗賊が崇める神である事から分かる通り、黄金の国や宝石の国とも呼ばれているアラプト王国を財貨目的で専有していた。
勿論、専有していたというのも主神側で勝手に行っていることであり、大半が砂漠であることに多少の不満は抱えていたが、大量に産出される黄金の山でそれを飲み込んでいた。
しかし、この反乱が起きた時点でその不満は隠される事無く吐露されている。
己の身を守る為に派遣してもらっていた天使達が、見るも無惨な有り様で狩られているのだ。時間稼ぎをしているだけマシだと言うことも、ヘルメスの頭は全く理解していない。
『持ってけるだけ貰ってくか……ったく、何の為の警備兵なんだよ……』
ブツブツと文句を言いつつ、隠していた黄金や宝石を取りに行こうと飛び上がるヘルメス。
ヘルメスの履く靴はタラリアと呼ばれている空を飛べる靴。隙あらば他者の財貨を盗み、虚言で他者に罪を被せるヘルメスには、正しく鬼に金棒というのが相応しい程の神器。
だが、鬼は金棒が無くとも強いが、単なる盗人が履物を失ったとしたら? それも、荒れた道を素足で走った経験など知らない男がそうなったとしたら?
――――――――ズシャッ!!!
『ッギィァッ!?』
飛び上がった瞬間、足先に強い熱と激痛が襲い掛かったヘルメス。本来ならば浮き上がっている筈の体は重力に従い、ザラザラとした砂の上にドスッと落ちて微かに砂を巻き上げる。
『あ、アガァァァッ!? ぼ、僕の足がッ!? 足がァァァァァァッ!?』
尤も、砂は暴れ狂うヘルメスによってより一層巻き上げられていた。
それも当然と言えば当然で、ヘルメスの足は脛の半ば辺りから削り取られたかのように無くなっていた。
『――――随分と喧しい盗人だな。それも、自らの行いが招いた報いだと言うのに』
『――――だっ、誰だ!? 誰が、僕の足をッ!?』
怒りと激痛に顔を歪ませたヘルメスを見下ろすのは、黄色の衣を身に纏った風の神。手に書を持ったその神を、知る人は『黄衣の王』ハスターと呼ぶだろう。
『ニャハ〜……ハスティー、相変わらず容赦無いニャァ……』
『こうするように頼んだのはお前だろう、ブバスティス。いや、こちらだとバステトというのが正しいか?』
『どっちでもいいニャァ。ウチとしては、音楽友達のハスティーが気に入ってる歌姫を駄目にされただけで、充分コイツをしばき上げる名分になるのニャ』
その黄衣の王の側にいるのは、猫耳をピコピコと動かしている黒髪に日焼けした肌の美少女。アラプトではバステトと呼ばれている神が、ポリポリと頬を掻きながらヘルメスを見ていた。
『まぁ、トドメはお前達の役目だ。我は、あくまでもこの地に間借りしているだけの居候だからな』
『それは色々と助かるニャァ。ってことで! メジェドさま〜! 派手に一発かますのニャ〜!』
バステトの呼び声に応えたかのように現れるのは、白いシーツを被ったような見た目のアラプトの神。メジェドという名の神は、その双瞳をヘルメスに向けてジッと見つめている。
『や、やめてくれ! か、金ならやる! 幾らでもやるから!』
『その金は元々ウチラの金ニャ。潔くとっとと死んどくといいのニャ』
――――やっ、やめろ! やめろォォォォォォォ…………
耳に残るような不快な断末魔が止んだ時、砂の上には黒ずみ炭化した人型の何かが転がっていた。
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