第704話
帝国が宣戦布告を行った。その情報が、アマネを害されたという一報と共にもたらされた時、遂にその巨城が己の心臓部を動かし始めた。
激しい駆動音と共にキャタピラが回転を始め、細かい岩を砕きながら急な斜面を駆け上がって、そしてこの巨体を隠す蓋を副砲で破壊する。
蓋となる山の斜面を破壊し、太陽が照らす世界にその鉄鋼の巨体を晒す。見る人によっては、この巨城は『山が動いた』と言い表されるような威容を漂わせていた。
アチラコチラに点在する砲が鈍った体をほぐすように回り動き、転輪がキャタピラを回して南へ向かい車体を運んでいく。
この城を攻撃する敵はいない。副砲や対空砲は、敵軍の天使との戦闘を想定して備え付けた代物だったが、近辺にはその天使もいないようだ。
『イグニッションフレアより、座標情報共有。目標地点、ディルガス帝国、帝都』
沿岸部に向かい進んでいれば、大気圏外から地上の座標を送っているイグニッションフレアより、ディルガス帝国の帝都の座標情報が送られる。
敵の本拠地には帝国の王族、及び主神が豪華絢爛なパーティーを行っているらしく、昼夜問わず享楽的で堕落した存在であることをありありと示している。
――――尤も、彼らがそんな生活を満喫できるのはコレが最後だ。今ココで、世界の歪みを正すことになるのだから。
マギストス王国の沿岸部に到着したと同時に、主砲の向きをディルガス帝国の方向へ向ける。
狙うのはただ一つ、敵の本拠地にして中枢部である帝都の中心。王族や貴族が集結している、帝国の城のど真ん中だ。
ギガンティック・ノヴァが地上部に出た時、他の地点でも巨大兵器達がエンジンを駆動させて、アマネを害した敵を討つ為に動いていた。
帝国から遥か南西の地。魔大陸と呼ばれている大陸でも、一つの巨大兵器が大勢の兵士やモンスターに見送られながら、ゆっくりとその翼を広げて空を舞い始める。
「嘘だろ……あの巨体で飛べるのかよ……」
「下手なドラゴンよりずっとデケェのになぁ……」
空高く飛んでいくその姿を目に焼き付けるウォルク兵達。ケーニカンスに繋がる転移陣が遥か北にあることで、嘗ての都市という珍しいものを観光出来たが、それ以上にとんでもないものを目に焼き付けてしまっていた。
大翼を広げて飛ぶその船の名はスカイ・アトランティス。嘗てこの地にあった方舟は、その身に翼を得て敵を討つ為に空を舞う。
文字通りの航空戦艦が空を飛び、その周囲には輸送機の数々が追従して飛行する。目的地は、帝国の本拠地にして中枢部である帝都。
機体後方のジェットエンジンの轟音と共に、雲を散らしながら主砲の射角を調整するスカイ・アトランティス。
当然ながら、この航空戦艦にも帝都の座標は共有されている。そして、ヤマト同様の超兵器も内蔵しており、その砲口は真っ直ぐ帝国の中心である帝都の方向を向いていく。
一方、帝国と同じ大陸に存在する巨大兵器は、煙突から大量の煙を吹いて広大な森林の中から姿を現す。
それは、巨大なバンパーを有した巨大列車。ドゥーラ・ティタノマキアと呼ばれているディーゼル機関車が三両の戦闘用車両を牽引し、進行方向には錬金術の応用で作り出された線路が敷かれる。
通行後は敷かれた線路はポロポロと崩れて消える仕様の為、環境問題的にも悪くない。煙を吹いているのも単なる様式美で、実際は魔法でそれらしい演出をしているだけである。
但し、そんな遊び要素も含まれている装甲列車の戦闘能力は巨大兵器に名を連ねるだけのものがあるのだ。
一両目、牽引しているディーゼル機関車は分厚い装甲に覆われており、バンパーも守る為というよりは敵を轢き潰す為に備え付けられた鈍器と言った方が正しい。
二両目には巨大な列車砲が繋がっており、大口径の砲にはギガンティック・ノヴァに引けを取らない破壊力を有している。
何しろ、その砲に装填されているのは3200mmの徹甲榴弾。射程距離も非常に長く、マルテニカ連邦の大森林からでも帝国の帝都を狙撃する事が出来た。
三両目には対空攻撃用のミサイルを搭載した貨物車両もあり、最後尾の四両目は空母車両と呼べる滑走路を有した車両も繋がっている。
そして、イグニッションフレアから共有された座標の情報に従い、列車砲は角度を変えて帝国に向かい砲口を高く持ち上げていた。
その砲口が火を吹いた時、帝国の中枢部は完全に崩壊することが確定するだろう。
帝国領から北東の海の底。潜航していた巨艦は、決戦の為に深海から浮上し、水飛沫を周囲に撒き散らしながら大海のど真ん中に姿を現す。
夜の海にてフライング・ダッチマンを海の藻屑に変えた戦艦アビスフォート・ヤマト。この鑑もまた、アマネを害された事により帝国の主神に一泡吹かせようと、海底より姿を現していた。
周囲には僅かな敵艦が航行中。しかし、旧式の大砲しか乗せていないガレオン船で、ヤマトの重厚な装甲を抜くことなど出来はしない。
ガレオン船の射程圏外から艦砲射撃で航行する軍艦を次々と沈めつつ、前面の砲門を開き照準を帝国の本拠地である帝都に合わせる。
帝国の帝都に放つのは? 当然、フライング・ダッチマンを海の藻屑に変えた最高火力、4600mm電磁投射砲である。
試験運用時よりさらなる改良を施されたその一撃は、微かに波の飛沫で掛かる海水を蒸発させながらもその時を今か今かと待ち望んでいた。
星の瞬く宇宙より、その衛星は神より高い視点から地上を俯瞰し続けていた。
仮想敵国であった帝国の全てを上空より監視し、帝国の拠点全てを空から網羅した星海の監視者は、今も尚帝国の首都である帝都を見つめ続けている。
尤も、既に他の同胞である兵器達が攻撃準備に入っているのは百も承知。故に、この衛星もまた帝都を見つめつつも攻撃の準備をしていた。
ドーナツのような円形の衛星が動き出す。円形の蛍光灯のように三段に連なった輪が回り、表面には大量の反射パネルが展開される。
そのパネルが収束させるのは、宇宙に浮かぶ太陽の光。中心に集められるに連れて熱量を増す光線は、中心部にあるカメラレンズのような場所で蓄えられてより一層熱を増していく。
イグニッションフレアは衛星としての機能面から情報収集を得意としているが、それでも巨大兵器の一つに数えられる兵器。
五つある兵器達は、破壊力という意味で最大級の力を有しているのだ。それこそ、何れ来たる決戦に於いて、敵の首魁に手傷を負わせる事を目標として。
――――そして、砲火は轟音と共に放たれる。
ディルガス帝国帝都、その帝城。まだ日も高い内に開かれた宴会で、肥え太った体を揺らす貴族や聖職者達は下卑た笑みを浮かべて美食と美酒に舌鼓を打っていた。
「いやはや、フランガ王国等という小国の雑言も漸く止まりますねぇ」
「左様、左様! 聞けば、今は本国には未熟な小娘……おっと、失礼! 姫君が一人で指揮を取ることになっているようですぞ?」
「聖教国を名乗る臆病者の背教者共が崇める聖女とか言う平民もいるようですしな! 下等な者共は寝台の上で鳴き踊る才能だけあれば十分だというのに!」
腹を揺らし、顎の肉を弛ませた貴族や聖職者の口から出るのは、下卑た欲望に満ち溢れてギトギトに塗りたくられた下衆な言葉のみ。
一応、そのような男共とは離れた場所には高貴な身分であることを笠に着た貴族女性達が集まっており、男共に負けぬ欲に塗れたマウント合戦を繰り広げている。
そんな中、一番高い場所にあるバルコニーにて、帝国の皇帝と好々爺は料理を楽しみながら歓談をしていた。
「いやはや! 相変わらず城の料理人はいい腕をしておるのぅ!」
「お褒めに預かり恐悦至極。忙しなく働いている料理人達も、ゼウス様がそう言っておられたと言えば無休でも働き続ける事でしょうな」
上物のワインを飲みながら、よく焼けたステーキを切り分けて口に頬張る皇帝。多少白髪が目立つ歳ではあるが、その顔の内側には隠し切れない程の野心が秘められていた。
尤も、ゼウスがその皇帝の野心に興味を向けることはない。どんな野心があろうとも皇帝は人であり、神である自分には遠く及ばないと理解しているからである。
「ゼウス様がこの地を見守り続けていたお陰で、我が国はより一層繁栄の未来を歩もうとしております」
「そうかそうか! なら、この料理もより一層美味いものになるんじゃろうなぁ!」
ゼウスの興味は美食と美酒に集中していた。帝国の趨勢に大きな興味は無いが、贅沢をさせてもらっていることに対する何らかの恩恵は与えてやってもいいだろうとは考えていたのだ。
だからこそ、ゼウスは帝国の繁栄に大小問わず手を貸していた。敵国に神がいればそれを討つように指示を出し、従わぬ民がいれば粛清に手を貸すこともあった。
「さぁ! 我々の未来は明るいのです! 今日はいつも以上に楽しみましょう!」
「カッカッカ! そうこなくちゃ面白くない! この城の蔵を空にするつもりで、今日は思う存分呑ませてもらうぞ!」
そう言って、皇帝とゼウスは大きく笑い、その手に持つワイングラスをカチンとぶつけ合う。
――――その瞬間、帝都は眩い光に包まれ、爆音と共に大地を揺るがす巨大な爆炎とキノコ雲を生み出した。
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