第703話
ディルガス帝国のフランガ王国に対する宣戦布告。歴史を遡れば例がないという程ではないが、ある意味介入するいい口実にはなり得る。
「叔父上。軍も騎士団も、既に支度は終えております!」
「少し待て。今回は隣国ノルドも同盟国として参戦するからな。なら、船に乗せてまとめて帝国領に送り出した方が早い」
マギストス王国は今回の宣戦布告を機に帝国を表舞台から退場させることに決めた。いや、他の同盟国もそのつもりで動いている。
宣戦布告を受けたフランガ王国の動きは定石通りだが、同じく盗賊被害を受けているマルテニカ連邦やケーニカンス獣王国は、既に軍を動かして逆侵攻の構えを取っているからな。
それに、植民地化された領地の解放にも各国が船を出す形で動き始めている。
「陛下! ヴェラージにて、南部奪還作戦が始動したとのこと!」
「そうか。東部の軍はヴェラージと連携して帝国軍を殲滅しろ」
「また、東部諸島群及び中央諸島群の奪還作戦も始動! スメラミコト、レン国、そして海賊船団が海上の軍艦と交戦を始めています!」
初戦はそこか。帝国は嘗てレン国やヴェラージ、アラプト王国の領地であった島々を侵略し、今に至るまで植民地として領有していたからな。
スメラミコトは元々島国であることもあり、大量の船舶に人を乗せた上で帝国の船舶や海軍基地、植民地の制圧を行うことになっている。
ヴェラージの南部はもっと分かりやすい。彼処は本来ヴェラージの領地なのだから、この機に乗じて解放作戦を行うのは当然のことだ。
「この流れは止めてはならん。ローラン、指揮は任せるぞ」
「ハッ! 我が友の為、このデュランダルと共に勝利を刻みましょう!」
そう言って、ローランは意気揚々と部屋を出ていく。今回の宣戦布告に歌姫の名を出した途端、不承不承の貴族共が掌を返して兵を挙げる事に賛成したのだから、最早誰が国主なのかわからんくらいだ。
まぁ、軍部や兵を出した貴族の士気が高い分には問題無いだろう。ただ、一番問題なのは…………
「各地のスタンピードに関しては干渉するな。この場に関しては敵ではなく味方だからな」
「ハッ! 承知致しました!」
国内全土で発生しているスタンピードに、一度は各地の貴族や都市部の住人に混乱が起きた。ただ、それが都市部を無視して南に進んでいったことにより、今は落ち着きを取り戻しつつある。
西と東で向かう方向は分かれているようだが、どうやら直線距離で近い方を選んでいるらしい。
飛行可能なモンスターはそのまま空を飛び、水棲のモンスターは大海を泳ぎ、そして陸上で活動するモンスターは大型の水棲モンスターの背に乗って移動しているようだ。
近海では早々目撃されることのないアスピドケロンの背中を船とし、多種多様なモンスターがその背に乗って海を渡っているという。
「報告! アラプト王国軍が海軍を動かして帝国海軍と開戦! また、近海のモンスターがそれに同調して帝国海軍の軍艦を攻撃している模様!」
「やはりそうなったか。ローランにも伝えておけ。今回は制海権も得られているとな」
「報告! 東部山脈地帯の一部が突如として爆発! 巨大な鋼鉄の城が出現し、中から巨人も姿を現したとのこと!」
鋼鉄の城……確か、ゴーレムの作る秘密兵器というものがあった筈だ。前にローランから聞かされていたが、とんでもないものを隠していたな……
「城の動きは?」
「帝国の方角に砲を向けながら、徐々に南下しています! 進行方向に障害物はありませんが、怯えたモンスターが逃走する可能性が――――」
「無いな。逃げるも何も、国内のモンスターの多くが同じように南下しているからな」
この規模のスタンピードはコレが世界初だろう。世界全体でモンスターが同じ目標に対してスタンピードを起こしているのだから、その目標が無くならない限り止まることは無いとも思うしな。
まぁ、鋼鉄の城に関してはもう気にしなくてもいいだろう。街道を壊したら責任持って直してもらうことになるだろうが、言ってしまえばそれだけの事。
「帝国の動きはどうだ?」
「軍部に関しては動きが見えていますが、帝都に関しては依然としてお祭り騒ぎのままでしょう。帝国貴族は良くも悪くも肥え太っておりますから」
人の財貨を喰らい続けて肥えた帝国は、上層部に行く程動きが鈍くなる。開戦の報はまだ軍部、それも端の方で止まっているだろうし、上が動きを見せるのは当面先の事になるか。
理想を言えば、上に情報が行き渡る前に抵抗不可能にしてやりたいところだが……いや、各地のモンスターも戦力に加えれば不可能ではないか?
そんなことを考えていると、すぐにまた次の報告を持って伝令が駆け込んでくる。これが一人の少女を中心として行われていると言ったら、一体誰が信じるというのだろうか。
「ほ、報告! ノルドの巨人族、蜂起! 帝国に向かい、進軍を開始したとのこと!」
「巨人族か。確かに、過去の戦の折には巨人族は帝国の主神らと戦ったと聞く。此度の戦で引導を渡すつもりでいるのだろう」
「また、黄金の龍が北に向かって飛び去ったという情報も!」
「黄金の龍……ファフニールか。龍もまた主神に恨み持つもの。飛び去ったということは、戦の為に帝国に飛んだということか」
全て知っている側からすると、この慌てようが酷く滑稽に見えて笑いそうになってしまうな。
ノルドの巨人族はラグナロクの折にこの地から帝国の主神を追い出した立役者であるし、ファフニールは自らが守護する都市を滅ぼされた恨みがある。
どちらもこの戦の際に蜂起する理由があるし、それらが無くともアマネの友であると言うしな。アマネが害された時点で、彼らの参戦もほぼ確実と言って過言ではなかった。
「何が動いても基本的には味方だと思え。こちらの大陸で帝国に与する輩は事前に排除した。いるのは全て帝国に反旗を翻す同胞だけだ」
果たして帝国の本土がどれだけの被害を受けるかわからないが、恨み辛みと怨嗟しか残らぬあの地を好んで治めたいとも思わない。
そもそも、帝国の地は良くも悪くも皆兵が成立しているのだ。戦えぬのは肥え太った上層部の貴族や聖職者、王族や大商会の主程度のもの。
それ以外は今日を生きる為に半ば賊のようになっていて、隙あらば旅人も商人も殺し、財貨や品々を奪い取っては己のものとする。
それに一切の身分差は無く、老若男女問わずに武器を手に取っては、獲物が隙を晒すのを虎視眈々と狙い続けているのだ。
故に、帝国の市民や農民は全てが民兵。碌な訓練もしていないとは言え、女子供や老人までその手に武器となるものを持って襲い掛かってくるのは、帝国軍を『賊軍』と称する大きな理由の一つであると言えるだろう。
「帝国と言えば、尖兵たる天使の話を全く聞かんな……読みが正しければ、天使共も各地の神格やモンスターの攻撃を受けて、防戦一方になっていると考えられるが……」
帝国からしたら、フランガ王国に対する奇襲を成功させたとでも思っているのだろうが、本当に奇襲を受けているのは帝国軍そのもの。
それが神の使いとして専横と堕落に耽る天使にも言えるのであれば、正しくこの状況は好機と言えるのだがな。
「報告! 鋼鉄の城、発砲! 砲撃は、海を越えて帝国領に向かい発射されたとのこと!」
「何? まさか、ここからでも届くと言うのか?」
「沿岸部に移動した上での発砲のようですが、近海で活動する海軍の軍艦が、通過する砲弾の軌跡を目撃したと!」
やれやれ……もし砲撃が帝都に着弾したとしたら、帝国軍は指揮系統を完全に失うことになる。
この地から海の向こうの帝国領に砲撃したとして、何処に当たるかは不明。帝都に命中したら、という可能性の話ではあるが、何方にしろ帝国の基盤を揺るがす一大事になることには間違いあるまい。
「各国との連携を第一とせよ。最早、ここに座している我では指揮を取り切れん。流局的に動く戦場に上手く適応せよ!」
「はっ!」
しかし……出来ることなら、我もまた戦場に赴きたいものだな。ジョワユーズを振るい、敵将を討ったあの頃が懐かしくなるわ……
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