第776話

 魔王軍と連合軍の空中戦が始まった中、地上でも大きな動きが起き始めていた。


 というのも、本陣の守りを攻めで補うかのように、歩みの遅かった各軍団が前へ前進してきたのである。


 意気揚々と戦線に加わるのは、知らぬ者が見たら『ミノタウロス』などと称しそうな雄々しい角を生やした牛人達。


 体格も大きい彼らは、戦斧や戦鎚を担ぎながらショルダータックルで大型のモンスターを仰け反らせようと特攻する。


 跳ね飛ばされる連合軍の兵士やモンスター達。盾を構えたオークが盾と共に地面を転がり、ダイアウルフが背中に乗せたパルティアゴブリンと共に軽く宙に弾き飛ばされる。


 だが、そんな牛人の突進をライノオーガやロックトロルが正面から受け止めると、そのまま至近距離で牛人達の顔面を拳で殴りだす。


 しかし、腰回りの防具と肩当てのみの牛人の戦士は非常に頑強で、殴った拳がじんじんと痛む程。黒い表皮は鋼より硬いのか、飛んできた矢や槍を弾き飛ばしている姿さえ見られた。


「高々鉄や鋼の武器で、我等の体に傷を付けられるとでも思っているのかッ!!!」


 猛り狂う牛人の戦士が戦鎚を横に薙ぐと、直撃したヴァイキングが風に吹き飛ばされる木の葉のように宙を舞って飛ばされていく。


『怯むなッ!!! 例え鋼より硬いとしても生身の肉体!!! 何度も打てば傷付き血を流す!!!』


『ランツクネヒトよッ!!! オラニエ公に続けぇッ!!!』


 だが、それに恐れること無く挑むのは、オラニエ公ウィレム一世が率いるランツクネヒト。


 ツヴァイヘンダーと呼ばれる両手剣やカッツバルゲルと呼ばれる片手剣を構えた傭兵達は、自らの主君に遅れを取るなと果敢に攻めていく。


 振り下ろされるツヴァイヘンダーが牛人の表皮を削るように斬り裂き、ジワジワと無数の傷を刻み込む。


 そこにカッツバルゲルの刃が突き立てられ、その傷はどんどん深く重いものへと変わり始めていた。


「チィッ!? 鬱陶しいぞ、人間共がッ!!!」


 それを鬱陶しいと振り払い薙ぎ払おうとする牛人の戦士。だが、その得物である戦鎚が振り抜かれることはない。




――――何故なら、その戦鎚諸共縦にその体が両断されているのだから。






『ダッハッハッ! 見た目だけなら牛魔王とでも言いたいところだがなァ! この燕人張飛様の前にゃぁタダの木偶の坊よ!』


 大笑いするは『燕人』張飛。担いだ蛇矛が唸りを上げる度に、牛人の得物を斬り裂きながらその体まで真っ二つにしてしまう。


 縦に横にと、蛇矛の一閃が牛人を斬り裂いていれば、当然対峙することになる牛人の戦士達は多少なりとも怯むことになる。


『おや、この老いぼれを前に余所見とは随分と余裕ですなぁ?』


 そんな牛人の首を斬り落とすのは、リチャード一世に仕えし老騎士ウィリアム・マーシャル。


 その巧みな剣技はキャメロットの騎士にも負けず劣らず、そして時に放つ剛剣は重装兵を軽々と両断してみせる。正しく『獅子心王』を守護する最強の騎士とさえ言われていた。


『見事な剣技よ。我がスメラミコトでも、それ程の使い手は早々おらん。外つ国の猛者も侮れんな』


 そう言って牛人の腹を掻っ捌く足利義輝。剣豪将軍と呼ばれていた将軍に迫る牛人もいたが、そちらは彼の師でもある剣豪、塚原卜伝の一の太刀により頭を真っ二つにされていた。




「……どうやら、相当な強者が揃っているようだな」




 その様子を見ていたのは、牛人達の頭領にして獣魔軍の軍団長である、ガルズロウという片角の戦士。


 嘗て魔界の竜を討った際に失った右の片角が特徴的なその戦士は、牛人の中でも一番と呼ばれている程に表皮が硬く、そして龍をも絞殺する筋力を有していた。


 そんな戦士でもあるガルズロウは、次々と己の配下にして鍛え上げられた戦士達が散っていく姿を苦々しい思いを抱きながら見ていた。


 それは牛人の戦士達が無念にも散っていく姿に哀れんでいるのでも、戦士達を屠る者共が図に乗っているように見えたからでもない。


――――今の自分は戦士ではなく軍団長。故に、彼らのように戦士として容易に命を捨てるような戦いに身を投じ、戦場で果てることが出来ないからだ。


 ギリッ、と右手に持つ金砕棒の柄を握る音が響く。軍団長としての責務が無ければ、戦士としてその金砕棒を振り上げて数多の敵を打ち砕いていた事だろう。


「ガルズロウ様! エルトリルム様より『各軍団の軍団長に指揮を任せる。この戦場で私の指揮は届き切らない』と!」


「……そうか! なら、私もまだ戦士として戦うことが出来る!」


 だが、伝令の悪魔族が運んできたその一報を耳にした途端、その表情は一転して喜色に溢れたものに変わる。



「ガルズロウ! 久々に戦功勝負と洒落込もうではないか!」


「ブンブル! 上等だ! アッサリ逝ったら思いっきり馬鹿にしてやろう!」



 猪人の軍団長にして頭領のブンブルもまた、片牙の折れた顔でニンマリと笑いながらそのような事を言う。互いに前で戦えなかったことに不満を抱いていたからな。


 諌める者は周りにはいない。状況の悪さを考えれば、有数の戦士である我等の参戦を止めようと考える者はそう多くない。


 ブンブルは担いだトゲ付きの棍棒を何時でも振り下ろせるようにしながら、丸い大盾を正面に向けて突撃していく。


 そして私もまた、金砕棒に力を込めながら焦らず急がず前へ進み、今も戦い続ける戦士達の前に出るように歩き続ける。





「――――ウォォォォォォォォォォォッ!!!」





 咆哮と共に振り抜かれる金砕棒が、ライノオーガの立派な角をへし折りながら脳天を砕く。


 横合いから飛び掛かったサーベルタイガーとケルベロスゴーレムも、返す形で振られた金砕棒にその身を打ち砕かれて吹き飛ばされる。


 空から狙おうとしたアルゲンタヴィスは辛うじて避けたものの、追従していたロック鳥の首がへし折られて墜落した。


「獣程度に討たれる程、私は弱くないぞッ!!!」


 アリドピテクスの顔面を金砕棒で突き砕き、ロックトロルを金砕棒を振るう剛腕で叩き潰す。


 軍団長として、そして牛人の長として荒れ狂うガルズロウの姿は、正しく魔王軍の将校に相応しいもの。


 周りの英霊達も挑みたいと狙いを定めているが、体の大きいガルズロウには大型のモンスターのヘイトが集まりやすい。


 ブンブルも体は大きめだが、ガルズロウと比べれば頭一つ分は背が低い。まぁ、その分横にはズドンと大きいのだが。


 何にせよ、ブンブルの方も棍棒を振り回して次々と足軽や槍兵を蹴散らし、飛び掛かるオオカミの群れを粉砕しているのだから、軍団長としての武勇を示していた。




――――だが、それも長くは続きそうにない。何せ、敵には数多の英雄や英霊達がいるのだから。






『ほぉ~? 中々楽しめそうな相手がいるじゃねぇの。しかも、得物が棍棒ってのも悪くねぇな』



 ブンブルの姿を見てニヤリと笑うのは、獅子の毛皮を使ったマントを羽織るヘラクレス。


 その手には大剣ではなく、嘗て獅子の魔獣を殴り倒した時の棍棒が握られており、同じく棍棒を使うブンブルを前にして獰猛な笑みを浮かべていた。


「――貴様、相当な強者とお見受けする! 我は獣魔軍が軍団長の一人、ブンブル!」


『アルゴノーツの戦士、ヘラクレスだ。悪いが、アンタにはここで倒れてもらうぞ』


 ブンブルもその茶色の肌で分かる程の実力者。この世界で大英雄と呼ばれているヘラクレスを前にして、ブンブルは臆することも恐れることもなく堂々と対峙していた。


 それに少しばかり羨ましい視線を向けたガルズロウの前にもまた、彼と戦うべき強者が姿を現す。





――――ヴォォォォォォォォォォォォッ!!!





 咆哮と共に振り抜かれた戦斧が牛人の戦士を一振りで五人も両断し、縦に振り下ろされた一閃で三人の戦士が左右に分かれる。


 他の牛人の戦士が怯み後退りする中、ガルズロウはその咆哮と威容から、その戦士の姿を目が飛び出さん限りに見開いて、裂けそうな程に口角を上げていた。


「どうやら、私の相手も向こうから出向いてきてくれたようだ」


 ガルズロウは金砕棒に力を込めて前に進む。それに反応したのか、戦斧を持つその強者もまたそのガルズロウに目を向ける。


 邪魔するな、道を開けろ。互いにそのような覇気を発していたのか、牛人の戦士達は慌てて横に退いて道を開ける。





「――――我が名はガルズロウ! 貴殿の名をお聞きしたい!」


「――――俺は、ミノス王が子、アステリオス!」






 アステリオスもガルズロウも、名を名乗り終えるやいなや、ドンッ! と地面に大穴を開ける程の踏み込みと共に、一息で振り被った得物を振り下ろす。








――――ゴォァァァァァァァァァァァッ!!!!!









 両者の得物が衝突した時、その衝撃は周囲の牛人や鬼人、英霊やモンスターを吹き飛ばす。


 互いの得物をぶつけ合う二人の顔には狂喜の笑みが浮かんでおり、その上で衝突の度に周りには甚大な被害を撒き散らす。








――――何にせよ、この二人の周りからはいつの間にかモンスターも魔王軍も近寄らなくなっていた。

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