第775話
見誤った、そうとしか言いようがない。我々とて魔王軍として訓練を重ね、他国には早々容易く負けぬ軍勢となったという自負はあったが、敵の戦力がわかっていないのに何故そのような自負を抱いたのか。
前線に向かった獣魔軍の人狼族や猪人族、悪鬼軍の鬼人族が次々と討たれていく姿を見て、各軍団長が居ても立っても居られずに前線に向かうのを何故止められなかったのか、ハッキリ言って今も悔やんでいる。
「連中、とんでもねぇぞ! 体格差なんてお構い無しにぶん投げてきやがる!」
「一人で挑むな! 必ず複数人で戦え!」
志願兵の練度の低さを考慮し切れなかった我々にも落ち度はあるが、それ以上に敵軍の練度の高さにも瞠目してしまう。
向こうとて乱戦に持ち込んでいる以上、戦列らしい戦列にはなっていない。その上、モンスターさえもが戦場に乱入していて、今もこちらの軍を削り続けている。
それなのに、向こうの兵士は皆精兵揃い。いや、一人一人が将校なのかと言いたくなる程の連携力の高さで、各軍団の部隊を次々と撃破しているのだ。
「敵騎兵隊が抜けてきます!」
「こちらも騎兵隊で応戦しろ! それと、槍持ちは騎兵の撃退に回せ!」
私の指示に、伝令が直ぐ様獣魔軍と死霊軍へ走っていく。獣魔軍は騎獣を多く有しており、死霊軍にはアンデッドの騎兵隊が存在している。
敵軍にはアンデッドも混じっているようだが、こちらもそのアンデッドと比べて実力的には劣りはしない筈だ。それに、こちらは軍としての鍛錬を長年積んできている。
……そう思っていたのだが、向こうのアンデッドも相当な実力者揃いのようだし、ヘタしたら死霊軍よりも練度が高いような気がするな。
「エルトリルム様! 獣魔軍の騎獣が敵軍のモンスターと交戦! ボスクラスが混じっているようで、かなり押されています!」
「チッ! こちらは向こう程種類が多いわけではないんだがな!」
こちらの騎獣はネザーヴォルフと呼ばれる巨大なオオカミが多い。人狼が騎手として乗っていることが多いのだが、群れで行動する習性が軍としての動きにも組み込めて使いやすい種なのだ。
ただ、敵軍には馬に乗った騎兵だけでなく肉食のモンスターも多く混じっている。ネザーヴォルフも弱い種ではないが、ボスクラスのモンスターを相手にするとなると分が悪い。
『……エルトリルムよ。どうやら、全体の指揮は不可能と思った方が良い』
「敵の総数も多いし、練度も高い。下手に指示出すよりかは、各軍団長に臨機応変に対応してもらった方がまだ戦える」
流動的というにはあまりにも展開の早過ぎる戦場に後手に回っている姿を見られ、ザックラークとメルドアがそう進言する。
正直に言うとそれが一番楽だ。それに私は臨時の元帥として抜擢されたが、何方かといえば前線で剣を振っている方が性に合っている。
「……すまんが、各軍団長に現場の指揮を任せる。これは私の手に余る」
『それでいい。どうやら、儂も久々にこれを使わねばならん戦場であるようじゃからの』
そう言うザックラークの手にはいつもの杖は無く、代わりに巨大な大鎌の柄が握られていた。
「爺さんがソイツを出すの、久々に見たな」
『余程の手練れが出なければ出すつもりはなかったんじゃがな。この状況で使わんという選択肢はないじゃろ?』
今も尚、前線で同胞を討ち取る敵軍の猛威を見れば、出し惜しみして勝てる相手ではないのだと一目でわかってしまう。
『悪魔軍の魔竜共も出すべきじゃろうな。敵の射撃や魔法を加味しても、空から援護してもらわんと持ち直すのも厳しく苦しい』
「それならもう準備してる! 獣魔軍と騎士団で飛べる連中も集めて、一気に投入するつもりだ!」
ザックラークの要請は既にディオニレアの方で受理していて、獣魔軍の飛行可能な騎獣や騎士団所属の空戦を得意とする騎士達にもその範囲が広げられていた。
ただ、敵にも飛行可能な戦力がいると考えた方がいいだろう。それが騎手を乗せた騎獣なのかそれともモンスターなのかは分からないが、少なくとも安々と制空権を渡してもらえるような相手ではないということはわかっているのだから。
「……私も少し前に出る。あの様子では、直接本陣を狙う敵が現れてもおかしくはあるまい」
「俺等だけじゃ不安……って話でもねぇな」
状況の悪さは誰もがわかっている。軍団長も将軍も実力者ではあるが、押し寄せる敵軍の猛威を前にするとそのまま押し切られる可能性も充分にあり得るのだ。
「リシェーラのゴーレムも前に出す。各軍団で有している最高戦力も秘密兵器も、出せるものは全て出し尽くさなければ、我々に勝つ可能性は現れない」
「ったく、辛い役目だねぇ。既にアズラースのおやっさんは前に出ちまってるが、俺も真面目にやらねぇと呆気なく逝っちまうだろうしなぁ」
ボリボリと乱雑に頭を掻くメルドアも、今回の戦いが自分の墓標になるかもしれないと考えているらしい。
英雄クラスは一人二人持っていく。そのような覚悟を言葉の中や眼光から感じ取れるが、それもまた下手を打てば逆に犬死になる危険性も孕んでいる。
だが、だからといって後方で腕を組みながら踏ん反り返るような真似は性に合わない。というより、そのような輩は上官だろうと誰だろうと、まず真っ先に味方が邪魔だからと速攻で排除する。
故に、元帥だろうと将軍だろうと後ろで仲間が死んでいく姿をただ呆然と眺めているわけにはいかないのだ。
「エルトリルム! 竜騎士の準備が出来たぞ!」
「よし! なら一度敵軍の後衛を狙え! それと、出来るならば敵の後続を断つ為に進行方向に火を!」
「よっしゃ! お前ら、聞こえてたな! 敵を思いっきり燃やしてやれ!」
ディオニレアの号令に魔王軍の竜騎士達が猛り、黒い竜達が咆哮と共に飛び立っていく。
狙うは敵軍の後方。味方を守る為に竜達は炎を溜めて天高く舞い上がり、そして地に集まる数多の敵をその赤い双瞳で睨みつけていた。
だが、竜騎士達の侵攻を安々と許すような連合軍ではない。空を飛ぶ竜達の姿が見えた時点で、御預けを食らっていたワイバーンを筆頭とした亜竜が次々と空に舞い上がる。
それに続いてロック鳥のような大型の鳥系モンスターが飛翔し、更にそれよりも小さな鳥系モンスターや虫系のモンスターも迎撃の為に空を飛ぶ。
「どうやら、敵も制空権を取りに来たようだ!」
『ペルセウス様! 我らも参りましょう!』
「あぁ! 行こう、ベレロポーン!」
ペガサスを駆り、竜騎士を討たんとペルセウスとベレロポーンという二人の英雄が、己の得物を構えて空を走り抜けて竜騎士へ迫る。
「よっしゃーッ! 私達も行くよ、ヒポ君ッ!」
それに続くのは、ヒポグリフを駆るアストルフォ。その後方からは、グリフォンに乗った騎士達が追従するように空中戦に身を投じていく。
勿論空に向かうのは彼らだけでなく、聖教国が有する天馬騎士団もペガサスに乗って駆けていき、背中に何も乗せていないグリフォンやペガサスが地上の武士や騎士を拾い上げて、空中戦の舞台へと連れていく。
それにより起きるのは、魔王軍と連合軍による激しい空中戦。魔王軍のドラゴンのブレスとワイバーンのブレスが入り乱れ、すれ違いざまに騎手が長槍の一撃を狙う。
そして、翼を焼かれたことで落ちていくドラゴンやワイバーン、ロック鳥などが地上で戦う軍勢の上に降り注ぎ、さらなる被害を与えていた。
――――だが、一つ言えることがあるとすれば、空の戦いもまたアマネ達の想定内であり、その上で魔王軍をどんどん追い詰めていた。
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