第774話

 獣魔軍と盾役とで前線の乱戦が始まり、徐々にこちらが向こう側に押し切る形で戦列が前へ前へと進み始める。


 それを見て向こうも体勢を立て直すのか、一時的ではあるが前に出てくる敵兵の数が減った。


 代わりに見えるのは、重装に身を包んだ3m近くある背丈の鬼人の戦士達。悪鬼軍の兵士である彼らはその手に大きな戦鎚や戦斧、大剣を片手で持って、猛り吼えながら戦列を組んで突撃してくる。


 人狼よりも体が大きく重装の戦士達だ。幾らヴァイキングやスパルタ兵、島津家の武士であっても、彼らを弾き飛ばすのは不可能だろう。


 そう思って彼らを見ていたのだが、ヴァイキングは手斧を投げて牽制し、スパルタ兵は槍を顔面に向けて投げた後、剣を抜いて前に駆け出していく。


 そして島津家のバーサーカーは止まることを知らないのかそのまま前に走り出し、猿叫と共に鬼人達に斬り掛かっていた。


「うーわぁ……なんでアレで止まらないんだろ……」


「寧ろアレで止まるくらいならバーサーカーなんて呼ばれていないわよ」


 ヒビキにはそうツッコまれたが、島津家のバーサーカーに突っ込まれた戦列は大混乱。敵が怯むどころか逆に猛って槍や刀を振り上げながら突っ込んできたのだから、戦列が乱れない方がおかしい。


 そしてヴァイキング達も焦れったくなったのか、両手斧を持った戦士達が次々と叫びながら鬼人達に斬り掛かる。スパルタ兵はもう既に距離を詰めて剣を突き刺しにいっている。


 で、そんな様子を見ていて我慢出来なかったのか、物凄い勢いで走っていった脳筋達が居てですね……


「あれは見なかったことにした方がいいの?」


「馬鹿だ馬鹿だとは思ってたけど、なんで盾役を飛び越えて敵の戦列ふっ飛ばしてるのよ……」


 振り下ろされた魔剣が闇を爆発させ、大勢の鬼人の戦士や混ざっていた人狼の兵士を宙に舞い上げる。


 戦列に躍りかかって派手な一撃をブチかましたのはゴリアテ。カオスの力を使って生み出した闇の鎧を身に纏い、ティルヴィングに闇を纏わせて振り回すその姿はどっちが魔王軍だと言いたくなる程。


 そして、それを見たせいか他の兵士や英霊達も次々と戦列を半ば無視して突撃していき、モンスターもそれに当てられてどんどん前へと突き進んでいく。


「あーもうめちゃくちゃだよ……」


「めちゃくちゃなくらいが丁度いい。敵の数に対して自軍の数が遥かに多いからな。後でぶつくさと文句を言われるくらいなら、早い者勝ちで戦ってもらった方がハッキリ言って気が楽だ」


 うるさいヤツは殴り倒せば静かになるしな、とオデュッセウスが最後にボソッと言っていたが、まぁ確かに一人一殺は狙えない数的な差もあるからその方がいいのか。


 そんな話をしている間にも、前線の鬼人達が次々と大型のモンスターに弾き飛ばされ、空いた隙にどんどん兵士や騎兵が突っ込んで駆け抜けていく。


 中には戦列から孤立してしまっている鬼人や人狼の集団もいるようだ。囲まれて尚、せめて一人でも多くの敵を倒そうと、周りにいる兵士やモンスターに特攻を仕掛けている。


「……私は後ろでのんびり観戦してるよ」


「総大将は前に出ないのが普通だぞ」


 私に普通を求めても……いや、なんで普通を破壊する側になってんだ。私は至って普通? の歌姫だよね。


……あ、待って。なんかすっごい色々と意味のない葛藤やら何やらが噴出してきた。抑えろ、私……!













 そんなアマネの葛藤は兎も角、乱戦状態になった戦場はかなり混沌とした状況になっていた。


 何せ、英霊とそうじゃない兵士が入り乱れている中をモンスターまで駆け回っているのである。気を抜けば衝突事故さえ起こりそうな危険地帯は、敵も味方も周りの警戒を欠かせないのだ。


『猛れ戦士よ!!! 我が背を追い、我等の敵を打ち倒すのだ!!!』


 咆哮のような号令と共に突進する猪笹王の後ろを、数多のイノシシ系のモンスターが追従して、魔王軍の戦列に大きな穴を開ける。


 その破壊力は凄まじく、人狼どころか鬼人の戦士の重装さえ破壊して宙に打ち上げていた。


『やれやれ! 戦象ってのは知ってるが、暴れイノシシがここまで凶悪なのは初めて知ったな!』


 そう言って人狼を斬り捨てるのは、イスカンダルに仕える将校であるパルメニオン。ダレイオス三世の戦象隊を間近で見たことがあるからこそ、猪笹王の突撃にも驚愕と合わせて理解を示していた。


『なんだ? イノシシが凶暴で凶悪なのは有名な話だろう! 少なくとも、昔戦ったカリュドーンはそうだったぞ!』


『いや、あのバケモンみたいなイノシシとそこらのイノシシを同列に語るもんじゃないだろ……』


 最初にそう言ったのは、鬼人の戦士の頭に槍を突き刺したメレアグロス。嘗てカリュドーンというイノシシを狩れと言われ、ゼウスらの玩具にされた英霊の一人である。


 彼が実際にカリュドーンを狩ることは無く、ゼウスが適当にアレがそうだと言ったイノシシを狩り、そして神を謀ろうとしたと言われて呪い殺された英霊の感覚は、どうやらかなり狂ってしまっているらしい。


 現に、後日本物のカリュドーンを目の当たりにして死に掛けたアンカイオスは、巨大な両手斧で魔王軍の虎人を真っ二つに叩き割りながらメレアグロスの言葉を否定していた。


『ふむ。私の時はイノシシが居らなかった故に、ウシに火を付けて帝国の賊軍共を蹴散らしたな』


『なんだその凶悪な戦法は……?』


 槍に人狼を突き刺したまま、騎馬で駆けていた木曽義仲もまた、彼らの話を聞いてそこに混ざる。尚、槍に刺さった人狼は息絶えたのか、暫くしたら塵となって消えていった。


 因みに今回の戦いに於いては、ウシ系のモンスターは火を付けなくても率先して敵に突撃を繰り返している。下手な騎兵よりも破壊力があるので、敵戦列を破壊する破城鎚のような役割を果たしているようだ。


『おっ! 噂をすれば、アレはダレイオス三世の戦象突撃だ!』


『おお! なんと勇ましい!』


 そして、そのウシ系のモンスターに負けない程の戦列破壊能力を有しているのが、ダレイオス三世も騎乗している戦象隊。


 その突撃は、巨体を誇る鬼人の戦士を牙で次々と打ち上げ、太く逞しい脚が人狼を踏み潰す。中には悪鬼軍の者らしき小柄な鬼人も混じっているようだが、戦象隊はそんなものを気にすることなく歩を進めていた。


『戦象の破壊力は凄まじいな……まぁ、アンタんところの重装騎兵も大概なんだが』


『スメラミコトの武士ならば、あの手の技能は身に付けているのが基本的だぞ?』


 この戦場で戦列を破壊しているのはモンスターや戦象だけではない。実は、スメラミコトの武士達も強力な突撃を以て敵戦列を破壊していた。


 筆頭は武田家と上杉家。そして本多忠勝は単騎駆で暴れているし、源氏の源為朝は剛弓で魔王軍の重装兵を次々と射抜いている。


 ただ、島津家のバーサーカーが特に猛威を振るっていることもあり、モンスターや戦象よりは少々インパクトに欠けているらしい。


『……おっと、敵の後続が突っ込んできたか!』


『ありゃ猪人とでも言うべきかね?』


 そんな話をしている間に、獣魔軍の兵士らしき猪の姿をした魔族が大盾と斧を持って乱戦に参戦してくる。姿形に関しては、アマネ側だとオーク系のモンスターに似ていた。


 ただ、オーク達が咆哮に近いものしか叫ばないのに対して、猪人はしっかりとした言葉を発して突撃してきている。


『とはいえ、あの程度の重装では大した敵にもならんな。ほら、北のヴァイキング共に良いようにやられている』


『赤毛のエイリークが前に出ているな。ま、ハッキリ言って相手が悪過ぎる。我々とてヴァイキングと正面から戦おうとは思わんぞ』


 猪人の大きさは大半が2m近くあり、その体と同等の大盾を構えて前へ進んでいた。


 しかし、ヴァイキングの戦士はそんな大盾をまるで木の板を壊すかのように戦斧や戦鎚で叩き壊し、衝撃で体勢を崩した猪人を縦にかち割って正面から次々と叩き潰している。


 その中でも一番派手で豪快なのは赤毛のエイリークと呼ばれているヴァイキング。愛用の片刃の戦斧を横に薙げば、それだけで真っ二つに割れた盾と共に五、六人の猪人が宙を舞う。


 動揺した猪人が後退りするが、後続はそんな猪人を前に押すので逃げることも出来ない。


 結果、ヤケクソと言わんばかりに突撃した猪人から、次々とエイリーク達ヴァイキングの獲物として無惨にも斬り裂かれていく。


 それ以外の場所に向かっている猪人は比較的善戦しているようではあるが、スパルタクスの盾で顔面を殴られて倒れていたり、マルテニカ王国時代の皇帝の一人であるカリギュラの拳打を食らって倒れていたりと、相手によってはかなり無惨なことになっていた。


『さて、我等ももう少し前に出るか』


『だな。ここらの雑兵は粗方刈り取られたようだし、もう少し奥で派手に暴れるとするか』


『ヴァイキング共のように暴れて、魔王軍に我々の武を忘れられぬようにしてやろうか!』






――――そうして、英霊達は続々と前へ進み戦線を押し上げていく。迫る魔王軍を次々と押し潰していきながら。

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