第773話
襲来した魔王軍の軍勢は、思った以上に数が多いように見えた。いや、正直に言うと呼び出した味方の数が多過ぎてちょっと分かり難くなってるけど。
「……見たところ、五百万はいるか?」
「ゴーレムっぽいのも見えてっからなぁ……なんかこう、種族的に頭数を数えんのが結構ムズいな」
魔族の見た目は人型が多いが、アンデッドやリビングアーマーらしき者まで混ざっているので数えるのが中々大変。
とはいえ、多めに見積もる事は大して悪くない。過小評価より過大評価の方が、外れた時に大変嬉しいものになる。
「先陣は?」
「ラグナル・ロズブローク王が右翼、左翼は島津家の武士達。中央はスパルタのレオニダス王が務める」
「俺は真ん中に混じって突っ込ませてもらうぜ。ま、先に一発デカいの撃ち込んでからだけどな」
モードレッド達が自分達の混ざる軍を何処にするか話している間に、戦場に一つ目の動きが起こる。
――――ォォォォォォォォォォォォッ!!!
ヴァイキングやスパルタ兵など、盾を構えた戦士や兵士達が一斉に魔王軍に向かって叫ぶ。その中には盾役のプレイヤーも混じっていた。
これはタウントという、盾役なら必ずと言っていい程習得しているスキルで、大きく叫ぶことで相手のヘイトを自分に集中させる、挑発のような効果があるスキルなのだ。
それを一斉に放った結果、魔王軍の兵士達がそれに反応したのか、隊列を気にする事無くワラワラとバラけてこちらに向かって駆け出してきていた。
「……思った以上に統率が取れてねぇのか?」
その様子に疑問を浮かべるゴリアテ。軽く挑発するだけのつもりであり、ここまで大きな成果が挙げられるとは思っていなかったからこそ、彼の口からそのような言葉が出てきていた。
ただ、補足するとすれば魔王軍は今回の戦争の為に志願兵を募っており、民兵や屯田兵と呼べるような農民や市民上がりの兵士を大勢抱えていた。
勿論、そのような志願兵には軍隊での訓練は疎か団体行動の経験すらまともになく、今回のような簡単な挑発にも反応してしまう程には練度が低い。
また、魔王軍も魔界という狭い世界の中で一国のみで暮らしてきていたことで、国対国の大規模な戦争の経験にも乏しかった。
それ故に、魔王軍が他国との戦争を行うのがこれが初めてであり、訓練や盤上では想定し切れない大軍を前にして、魔王軍の将校でさえこの状況に混乱するのを避けられなかったのだ。
「ぶつかる前に派手に、だったな」
「乱戦になるのは想定済みだからね。大魔法や範囲攻撃は、乱戦になる前に派手にぶっ放さないと撃つ暇が無くなる」
そんなモードレッドの言葉に応じたかのように、遠距離攻撃を主とする部隊が次々と攻撃を始める。
狙うのは敵陣後方と駆け出してきている有象無象の烏合の衆。弓兵が矢を放ち、砲兵が砲撃を始め、銃を持った射撃兵が次々と弾を撃っていく。
これにより、次々と倒れ地面に転がっていく魔王軍の兵士達。特に足の早い獣魔軍の兵士は軽装歩兵が多く、矢弾に貫かれて討ち倒された者が多かった。
ただ、その死体は徐々に光の粒となって消え去っていく。予め戦場に張られた結界は問題無く動作しているようで、今頃倒された魔王軍の兵士達は神々と共に空から戦場を俯瞰している事だろう。
「……うっわぁ。投石の威力エグ過ぎ」
「完全に頭が弾け飛んでるね」
そんな中でユーリが引いていたのは、英霊の兵士達が行っているスリングを使った投石。
鍛えられた彼らの肉体は霊体になっても顕在で、小さくとも拳大の石を振り回して投擲すると、その石は簡単に落ちること無く真っ直ぐ飛んでいく。
するとどうなるかと言えば、こちらに向かって前傾姿勢且つ四足歩行に近い走法で駆けてくる獣魔軍の兵士達の頭に直撃して、それは綺麗な赤い花を咲かせていた。
中には花が咲かず後ろに首が折れてしまった者もいて、その凄惨な姿にウッとなっているプレイヤーが多い。
というか、死体が消えるのにちょっとだけ時間が掛かるから、後から飛んでくる石に当たってズタボロにされちゃってるよ。
「……矢や砲撃より、直線的な投石や射撃の方が効果が高いな」
「どうやら、山なりに撃っているものは当たる前に敵に通過されてしまうようだな」
龍馬とオデュッセウスが言う通り、よく見てみると矢や砲撃の被害はそこまで大きくはなく、直線的な投石や銃による射撃の方が敵に痛手を与えたり討ち取っていたりしているようだ。
ただ、想定以上だったのは獣魔軍の足の速さ。獣人より亜人に近い見た目の人狼や虎人などの移動速度は、四足歩行に近い走法だからなのか下手な騎兵よりも速い気がする。
「まぁ、敵が迫るのは想定内。射撃や投擲は全て後方を狙うように変えるぞ」
『テメェラぁ! 派手に一発ブチかましてやっぞぉッ!!!』
オデュッセウスが杖を高く掲げると、気合の入った号令と共に魔法を使える者達が、一斉に様々な魔法を敵陣に向かって撃ち放つ。多分、号令を出したのはマギストスの将校だろう。
魔王軍もそれに応じるかのように魔法を放ってきていたので、前線が混乱する間にも後方ではキッチリと次善の手を打っていたようだ。
但し、こちらの魔法は敵陣の魔法使いが展開した障壁にヒビを入れたり破壊していたりするのに対して、魔王軍の魔法はこちらに痛手を与えられてはいない。
それどころか、一部の魔法は障壁に当たった途端に弾き返され、元の軌道を描いて魔王軍の魔法使いの元へ戻ってしまっている。
「流石、カーバンクルの魔法障壁。魔法反射の話は聞いたことがあったけど、味方になると大規模魔法も怖くなくなるなぁ」
ロビンが言った通り、こちらに張られた障壁はカーバンクル系のモンスターが使える反射障壁。元々はアルビオンのある周辺の森にしか住んでいないカーバンクルだが、実はアルビオンを攻めた後に赤やら青やら緑やらといっぱい現れては懐かれたもので……
そんな彼らの反射障壁は、額の宝石の色に応じた属性にのみ有効。しかし、虹かと言いたくなる程には色が揃っているので、ほぼ確実に魔法は反射出来てしまう。
これにより更に被害を受ける魔王軍。但し、魔法の多くは彼らの障壁と大きなゴーレム達によって遮られているので、人的被害はそこまででも無さそう。
「そろそろ乱戦が始まるか。んじゃ、ちょっくら暴れてくらぁ!」
「どれ、俺も島津家の者共と斬り込みに行くかな」
そんな事をしている間にも、獣魔軍の兵士達がある程度の距離にまで接近してきていて、本格的な前線の兵士同士の衝突が起こりそうだ。
ただ、こちらの前線には盾を構えたヴァイキングにスパルタ兵。そして刀を抜いて獰猛な笑みを浮かべる島津家の武士達がいる。
そんな彼らの選択肢は唯一つ。守りを固めるのではなく、突撃してくる敵に対して自分達も突撃する。それだけのことなのだ。
――――ウォォォォォォォォォォォッ!!!
咆哮と共に突撃する盾役達。獣魔軍の兵士達は、急に突撃してきた盾役に反応出来なかった者から次々と顔面を盾で殴られ、ゴキッと首をへし折られながら盾に自分の体を押し飛ばされていく。
勿論、突撃してきた盾役から盾を踏み台にして後ろに飛び退いたり、突撃を避けるために上に飛んで盾役を飛び越した者もいた。
しかし、飛び退いた者は体勢を立て直す間にも間合いを詰められて盾役に襲われているし、飛び越した者は空中で射撃の的になるか、盾役の第二波や第三波に巻き込まれて次々と散っていく。
だが、それも向こうが盾役の突撃を予め察知していれば回避出来る攻撃であり、現に獣魔軍の後続は盾役の回避ではなくカウンターによる撃滅を狙っている。
「……とはいえ、彼ら相手にそれは無茶だと思うんだよなぁ」
一般的な兵士であれば、彼らのカウンターを受ければ呆気なく討ち取られることも想像に難くない。
しかし、彼らが対峙している盾役はヴァイキングとスパルタ兵。自分の命を狙ってきているとなれば、嬉々としてそれに応じて殺しに掛かる。
ヴァイキングは飛び掛かる人狼を盾で殴り、頭蓋骨に向かって手斧やメイスを振り下ろし、スパルタ兵は盾で一人目を上に跳ね上げた後、長めの槍で後に続く二人目を貫く。
敵の勢いを完全に打ち砕いて跳ね返している前線に続いて、更に後続の歩兵や槍兵やプレイヤーも突撃していく。
「最初はこちらが優勢。前線が衝突したことで、向こうもそれなりの手を打ってくる筈だ」
「とはいえ、引っ張り出せたのは獣魔軍と悪鬼軍の雑兵程度。本隊の実力は戦場にてお手並み拝見となるだろうね」
遠目から見た限りでは、向こうにもテイマーかそれに似た職業があるのか、魔界のモンスターらしきものを手懐けて騎獣としている者が見える。
それが戦線に出てきたら、モンスター達も本格的に戦場で暴れ始める事になるだろう。
「……ところで、島津家の方は盾とかなかったと思うんですが?」
「……鎧の肩当てを使って弾き飛ばしていたな」
どうやら、島津家の武士は盾の代わりに鎧の肩当てに相当する部分で人狼達を弾き飛ばしていたらしい。島津バーサーカーってやっぱり防具いらなくない?
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます