第777話

 魔王軍が攻めに転じたことにより、各地点では魔王軍の精兵と連合軍の英雄や英霊達との激突が勃発していた。


『『誇り高き騎士団よ!!! 我が背を追い!!! 我等の敵を打ち払えッ!!!』』


 そう叫んで馬を駆り、己の騎士団を率いて敵中を突破するのは二人の親子。ガーター騎士団の創設者であるエドワード三世と、黒騎士団を率いる『ブラックプリンス』エドワード黒太子である。


 彼らの率いる騎士団はキャメロットの騎士にも劣らぬ勇猛さで魔王軍に突撃し、人狼や虎人の戦士達を次々と槍で突き、剣で斬り裂いていく。


『おーおー……流石は最期まで狂信者の糞共と戦い抜いた親子だねぇ。のんびりしていたら、こっちの戦功まで粗方掻っ攫われちまいそうだ』


 そんな二人の親子を見ながら、近寄る人狼や虎人を次々と直剣で斬り裂いていくのは、彼らの好敵手と呼ばれていたデュ・ゲグランという男。


 あの二人に劣らぬ軍略、知略を以て最期の時まで戦い抜いた騎士として知られ、今この時も兵の指揮を行いながら二人の親子が切り開いた魔王軍の傷を広げようと、モンスターまで使って戦闘を続けていた。


 ただ、それでも尚感嘆していたのは、数多の種族で構成された魔王軍に所属する兵士の練度の高さ。


 個々の実力は並の兵士や戦士の域を超えていて、その上で用兵や軍略に関しても理解出来ている将校が多い。


 これだけ大きな軍や組織ともなれば、その中で実力者や貴族のボンボン、何も知らない素人や新兵などなど、様々な実力や思想の者で玉石混交になるのが普通なのだ。


 だが、魔王軍の兵士や戦士に関しては一部の民兵らしき兵士を除けばかなり統率が取れていて、指揮官が倒れても継戦能力を安々と失わない。


『とはいえ、匹夫の勇の気が無いとは言い切れないようだな』


『おや、鬼一法眼殿。貴殿もあの親子のように体を動かしたくなったので?』


 スッ、と音もなく歩を進めて人狼の首を斬り落とすのは鬼一法眼。源義経を筆頭に数多の武人を育て上げた法師は、ここに来るまでに何人もの敵兵の首を落としていた。


『弟子が少々派手に暴れまわっているのでね。流石にアレの面倒までは見切れんのだよ』


 そう言って見つめる先には、サイボーグ化している弁慶の肩の上で高笑いしながら、思いっきり暴れさせている義経の姿があった。


 どうやら、サイボーグ弁慶をかなり気に入ったらしく、鬼人や牛人を掴んでは投げ飛ばし、背中の箱から大量のミサイルを乱射する弁慶の上でぴょんぴょんと飛び跳ねている。


『あー……ありゃ手ぇ出す方が良くない奴ですねぇ』


『だろう? お陰で他の者からもアレはどうなんだと儂に苦情を入れてくる。儂に言ったところで止められるもんでも無いというのにな……』


 そう言って首を振る鬼一法眼だが、僅かに口角を上げているところを見る限り、あの暴れ回る弁慶と義経の姿を面白いと思っているのは間違い無さそうだ。


 そんな中で、騎手を失い脳天に刀を突き立てられた黒竜が落ちていく。地面に落ちた時には頭から激突して、変な方向に首が折れ曲がってしまっていた。


『まさか、鞍馬殿まで乗り気とは思いませんでしたな。いや、今の御姿なら護法魔王尊、とお呼びした方が良いので?』


『どちらでも構わんよ。それと、乗り気ではなく儂もあの姫君に恩がある。本人は全く知らんだろうがな』


 ズッ、と竜の頭から刀を引き抜いたのは鞍馬。人の世では護法魔王尊の名で過ごしたこともあるかの天狗は、それを表すかのように顔に天狗面を被っていた。


 そのまま大太刀に付いた血を払うと、背後から迫っていた人狼を振り返りざまに袈裟斬りにして両断する。鬼一法眼もデュ・ゲグランも、己の首を取りに来た人狼を一太刀で片付けていた。


『こちらの士気も高いですが、向こうも戦力差の割に士気が挫けないですな』


『向こうはまだハッキリと終戦を知らんのだろうからな。大方、ここで魔王軍が倒れれば魔界の非戦闘員まで刈り尽くされるとでも思っているのだろう』


 虎人や牛人など、帝国ならば迫害の対象になっているであろう種族の特攻を見て、彼らはその結論を出す。


 彼らの状況は背水の陣。それも、負ければ故郷も家族も全てが失われる決戦の場での陣だ。必然的に、彼らは死力を尽くしてこの軍を退けようと考える。


『敵軍全てが死兵ですか。門は開いているのに逃げないのも、それが関係しているのでしょうなぁ』


『開けた門を閉じられないとは考えられん。恐らく、退けば騎兵隊に雪崩込まれて閉じられなくなるとでも考えておるのだろうよ』


 スメラミコトの武田軍や上杉軍、伊達軍など、騎馬隊を有する武士は多い。


 更に、戦場にはチンギス・ハーンの誇る弓騎兵隊が縦横無尽に駆け回っており、素早い動きで毒矢を放ち魔王軍の歩兵を弱らせ討ち取っている。


 また、キャメロットの騎士も騎乗している者が多く、馬のいない騎士や武士も、騎獣になれるモンスターが背中を貸す形で騎兵となって戦場を駆けていた。


 現に今も、ワイルドハントでその武威を示していたヴァルデマー王とテオドリック王も、槍騎兵を率いて虎人と人狼の混成部隊を蹂躙している。


『向こうの意思なんてどうでもいいだろ? 俺達がやるべきは、姫さんを狙う敵を全部ぶっ倒す事だけなんだからな』


 色々と話しながら戦う中で混ざってきたのは、ジョン・ホークウッドという名の男。コンドッティエーレと呼ばれていた傭兵集団をまとめ上げていた隊長でもあり、こういった荒事にも慣れている歴戦の傭兵である。


 幅広の両手剣を片手で振るい、昔海賊から奪い取ったという短銃で頭を撃ち抜くその戦い方は荒くれ者と言いたくなる程。


 今は彼一人で戦っているようだが、他の傭兵達も似たような戦いをしているらしい。時折、彼と似たような短銃を発砲する傭兵が散見された。


『隊長殿の言う通りですね。我等はあの姫君に勝利を捧げねばならないのです。そこに余計な私情を混ぜ込むべきではない』


『それに、動くとしたら我等より先にその姫君が動くだろう。不完全燃焼気味の者の為にこの場を用意したようなものであるし、頃合いを見て一石……いや、一曲歌い上げるだろうさ』


 戦う手を止めない彼らは、次々と現れる魔王軍の兵士達を片っ端から斬り捨てていた。


 今でさえ後続の兵士達が続々と戦場に出てきて、競い合うように敵を討ち取っているのだ。そうでもしないと、自分達の戦功があっという間になくなってしまう。


『っと、アレは落ちてきそうですね』


『アルベリコの奴がそれで死に掛けて騒いでいたな。周りに注意を払わんと、巻き込み事故でやられちまいそうだ』


 彼らはそう言うと、直ぐ様左右に飛び退いて横の鬼人を斬り倒す。その直後には飛び退く前にいた場所に黒竜が墜落していたので、あのまま飛ばずに戦っていたら下敷きになっていただろう。


 現状、魔王軍の兵士に討たれる者よりも討たれた騎獣やモンスターの下敷きになって、そのまま力尽き倒れる者の方が数的に上回っている。


 ダレイオス三世の戦象や魔王軍の竜騎士がそれに該当するのだが、巨大な彼らの亡骸はそのまま質量弾として敵味方問わず押し潰す凶器になっているのだ。


『スケルトン共が飛んできた死体にふっ飛ばされて飛び散ったのは見ていて爽快だったがな! ふっ飛ばされる側にはなりたくねぇもんだ!』


 ホークウッドの言葉に同意するように剣を振るう彼らの横を、大きなイノシシのモンスターが吹き飛ばされて通過する。


 どうやら、魔王軍の牛人に蹴り飛ばされたらしい。後続の兵士達がボウリングのピンのように吹き飛んでいたが、そんな事は知ったこっちゃないとホークウッドは下手人の牛人を睨みつける。



……が、下手人は既にドゥルヨーダナが振り下ろした棍棒によって頭を砕かれていて、残った体もそのまま武器として投げ飛ばされているところだった。


『仇討ちなんて言葉もあるが、これでは仇がどれかさえわかりそうにないな!』


『知らんうちに仇を討っている事の方が多そうだ!』


 新たに現れ始めた死霊軍のスケルトンを斬り裂きながら、武士や騎士達は未だに剣を振り続ける。






――――戦線は、徐々に魔王軍の本陣に向かって移動し始めていた。

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