第685話

 初めてこの世に生まれた時、我々は『人』という獣に飼われる畜生として一生を過ごすのだと思っていた。


 我らとて畜生として生きる事を甘んじて受け入れようと思ったわけではない。出来るのであれば、この自由な世界を駆け回り、そして青い空を羽ばたいてみたいという憧憬の念を抱いていた。


 だからこそ、我々は同じような意志を持つ同胞達と共に人の手から抜け出し、そして大自然という過酷な世界にその身を投じたのだ。


 柵の中では感じることのなかった死の危険。人の下でそれが無かったというわけでもなかったが、より身近なものとなった事で我々は外敵に怯えながら生き延びる生活を過ごす事になる。


 勿論、これは大自然という世界で生き抜く為には必要となるものだ。草を食む者達の多くが、同じような生き方で生き延びているのだから、それが普通なのだと。


 それを聞いて、我はその生き方で細々と生き続けることに本能的な拒否反応を抱いた。外敵に怯えながら生き延びる生活など、あの『人』の作りし柵の中の生活と何ら代わりはしない。


 野生という世界でただ生き延びるだけ、と宣う同胞達に我が意を示した。その瞬間から、我々はこの世に生きる全てに対して挑む反逆者となったのだ。


 我々を良き獲物とつけ狙うキツネ共を鉤爪で引き裂き、群れとなって牙を剥くオオカミ共の脳を嘴で貫き、我らを再び『畜生』として捕らえようとする人を群れで追い立てて。


 時には各地に隠れ潜む同胞達を迎え入れ、人の柵の中に捕らえられた同胞達を救い出し、我々は数多の外敵に対して我々の強さを見せつけていた。


 ただ、そんな中で、だ。唯一、我々の生きた中で越えられなかった壁が、眼の前に聳え立っている。


 嘗て、我々の中に驕りというものがあった頃。数多の異界人と呼ばれし者共の住処を荒らし、その多くに我々が踏破した傷跡を刻み込んでいた。


 その中で、唯一我々の爪も嘴も傷跡を残すことが出来なかった場所。それが、我々の眼の前に広がるこの大きな住処だ。


 初めてここの『主』と会った時、我々はその主の弱さを見て嘲笑を隠し切れなかった。あぁ、コレはまた他の異界人の住処と同じように、大した苦労もなく傷跡を残せるだろう、と。


 結果として、我々のその侮蔑は大きな間違いであったと気付かされた。


 草をかき分け現れる多くのオオカミやオオトカゲ、そして我らの知らぬ獣達に襲われ、我々は碌な抵抗も出来ずに屠られ、そして多くの同胞を失い逃げ帰る羽目になった。


 その時の屈辱たるや、群れの長と呼ばれた己の不甲斐無さと合わせて、この喉を潰したくなる程の怒りに苛まれたものだ。


 それ以来、我らはこの住処に対して幾度となく傷跡を残すべく挑み続けた。例え越えられぬとわかっていても、せめてその地を守る獣の一匹や二匹は地に沈めてやろう、と。


 ただ、そんな我らに突きつけられたのは、訪れる度に堅牢になっていく不落の住処の存在。


 群れを率いて攻める度に、守衛の獣達はより一層多く現れ、見慣れぬ獣がその中に加わり、そして仕留めることも出来ずに同胞が散っていく。


 腹いせに別の異界人の住処を襲ったこともあるが、そんなことをしても我らの内に宿る憤りが晴れることはない。


 ただただ同胞を散らせているだけの己に疑心を抱くことも多々あった。もっと早く散っていれば、無駄に同胞の命を散らすことはなかったのではないかと。


 そんな我が未だに群れの長でいられるのは、偏に我が長であることを他でもない同胞達が望んだからだ。


 人に飼われ畜生として命を散らすだけの我々に、野に生きる獣に怯えるだけだった我々に、一族の誇りというものを宿してくれたのは、他でもない貴公であるのだ、と。


 それ以来、我々はこの住処を守る『壁』を越えることを目的として、幾度となくこの『壁』に挑み続けた。


 時には獣を退け、新たな獣に阻まれながらも、日に日に高くなっていく『壁』を乗り越えんと戦い続けていた我々。


 その『壁』が堅牢になっていく程に散っていく同胞の数は増え、そしてそれ以上にその『壁』に挑む同胞が増えていった。












――――そして今、新たな『壁』となった住処を前にして、我々は住処の主の姿を待ち侘びていた。


 既に千を越え、万に至る程になった我が群れ、我が同胞が一堂に会する。


 その間にも、我々はその堅牢になった住処をしっかりと目に焼き付けていて――――






――――住処の奥に座す、主の姿を目に映した。






 相も変わらぬ雰囲気のまま佇んでいる主。思えば、その有り様を変えることのなかった主の強さは、我々の尺度で計り知れるようなものではなかったのかもしれない。


 そんな思いを抱いた己を鼻で笑うと、我は開戦の鬨の声と共に反転し、この『壁』を狙う慮外者が住まう地へ駆け出していく。


 後に続くは歴戦の猛者達。幾度と無く『壁』に挑み続け、獣の爪牙を掻い潜って生き延び続けた、死に損ないの我が朋友。


 勿論、先陣を切るのは我の役目だ。群れの長たる我が前に出ずして、どうすれば後に続く者は我の背を追えるというのか。


 草原を駆け抜け、生い茂る木々を越えれば、そこには下見をしようとしている慮外者共が我らの姿を捉えていて――――



「なっ!? に、ニワ――――」



 我らを見て叫ぼうとした敵の喉を、足の爪で一閃して仕留める。後に続く者も、混乱して動けぬ敵の喉を切り裂き、頭蓋を砕いて一撃で仕留めていく。



「てっ、敵襲ッ! 敵襲ゥゥゥッ!!!」


「な、なんだ!? に、ニワトリの群れ!?」


「オイオイオイッ!? なんで公式イベント中に襲撃イベントが発生してんだよ!?」



 ぞろぞろと出てくる敵を見て、同胞達は雄叫びを上げて突撃していく。武器と呼ばれる爪牙を剥き出しにした敵は、ハッキリ言ってヌルい相手だとしか言いようがない。


 剣と呼ばれる武器を構えた敵は、我らを斬ろうと乱雑にそれを振り回し、そして隙だらけの喉に爪を突き立てられてそのまま引き裂かれ息絶える。


 飛んでくる矢は飛んで避けるか足で蹴り落とし、振られる武器は避けてから、隙だらけの急所に爪や嘴を突き立てる。それだけで、敵は容易に屍を晒すのだ。



――――ケェェェェェェェェェェェッ!!!



「うわっ!? え、詠唱がっ!?」


「どわっ!? 何処狙ってんだテメェ!」


「クソッ!? コイツ、スキルの発動を妨害してきやがる!!!」



 我が同胞であるトウマルの一声が敵の魔法やスキルの発動を掻き乱し、その隙にキンパの足の一閃が真空波となって敵の一団の腹を掻っ捌く。


 戦場に響くトウテンコウの鳴き声は、敵の探知を完全に無意味なものへ変え、ドン・タオが足を地に打ち付けて大地を揺らし、敵の体勢を崩す。



「駄目だ! 拠点にいる奴らだけじゃなく、他のところから来てる奴らも全員呼び寄せろ!」


「クソがッ! 始まる前にニワトリ共に潰されてたまるかよッ!」



 苛立ちを見せる敵に爪を煌めかせて飛び掛かる島津軍鶏達。我らに火を浴びせ掛けようとした敵には、火無鶏ヒナイドリの雄叫びがその火を完全に掻き消してしまう。


 そうして隙だらけとなった魔法を使う敵に、西側の地に住んでいたキングブロイラーという巨体の同胞がタックルを仕掛け、そのまま巨体を用いて敵の胸を骨諸共押し潰す。


 敵は混乱の渦中にあり、最早まともな統制も取れてはいない。アヤム・セマニがその体を使って敵の目を奪っていることもあり、所々で同士討ちまで起こっている程だ。


 そして、その混乱中の敵陣に向かい強襲を仕掛ける大和軍鶏隊。武士と呼ばれる者の使う武器のように鋭い爪が、次々と敵の首を斬り裂いて血を滴らせる。



「大手クランの連中はまだなのか!?」


「翼の騎士団も花鳥風月も何やってんだよ!」


「ヒッ!? こ、こっちに来るなぁ!?」



 怯えた様子の異界人が杖を振り回したので、その隙を突いて頭蓋を蹴り砕く。ケピョ、などという聞き慣れぬ鳴き声が聞こえたが、人の鳴き声とは一体幾つ種類があるのだろうな。


 空からは飛べるようになった同胞が急降下して敵の支援部隊を強襲し、こちらの支援部隊である奏彩矮鶏を襲おうとした敵が、逆にその矮鶏の群れに襲われて屍に変えられる。


 ただ、依然として敵の増援は湧き続けていて、時偶練度の高い者がこちらの同胞を討ち取っている。







 が、それで止まるような我らではない! 我らは、夜明けを告げる誇り高き冠を抱きし種族であるが故に!






 異界人共よ! 止められるものならば止めてみせよ! 我らは、貴様らの前に建つもう一つの『壁』であるぞ!!!

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