第747話

 カオスが命を懸けてゼウスを拘束し、それによりエルダーゴーレムの放ったレーザーも背中に直撃。極光と黒煙が二人を包み込む。


 最初の威力と比べればかなり落ちているものの、その後も半分くらいの太さになったレーザーを照射し続けているので、ゼウスにかなりのダメージを与えていてもおかしくはない。


――――その想像を覆すように、レーザーをバラバラに引き裂いて砲塔に雷槍が突き刺さる。


 相当な力を込めて放ったのだろう。収束していたレーザーを正面から押し退けた雷槍は、そのまま砲塔を貫いて爆発。エルダーゴーレムもそれに巻き込まれ、全身のヒビを一層増やしながら爆炎に飲み込まれていく。



『――調子に乗るなよ、クソ共が…………!!!』



 煙の中から姿を現したゼウス。漆黒の鎧は外れていて、地面に残骸である鎧の部品が散乱している。


 特に背中を覆っていた装甲は軽く溶けており、留め金が壊れなければそのままゼウスの肌を焼いていただろう。


 とは言え、漆黒の鎧は完全に壊れ、残るのはゼウスの腰回りに巻いた上等な白い腰布と、その布の端からチラリと姿を見せる小袋のみ。


 だが、その状態であってもゼウスから放たれる覇気に衰えは見られない。寧ろ、怒気が混じった分より一層威圧感を増したとも言える。


『貴様らの思うような勝利など、一欠片たりとも与えはせん!!!』


 バチバチと、指先に雷を纏いながら怒髪天を衝く咆哮を以て周囲に残る神々を威嚇するゼウス。


 そんなゼウスの四肢を、何十もの蔓が縛り上げ、更には頑丈な鎖がゼウスの体を拘束する。


 蔓を伸ばしたのは、既に死に体になり掛けていたタネ・マフタ。そして、傷付いた神々の治癒に回っていた木花咲耶姫の二人。


 大地から伸びた蔓はゼウスの雷に焼かれながらも、その膂力を抑え込む程の圧倒的な強さを利用して動きを止めている。


『――――オーディン!!!』


『――――元々はフェンリルを縛る為に作られた鎖だからな!!! グレイプニルの力、その身を以て思い知るがいい!!!』


 そして、ゼウスの体を縛る強力な鎖であるグレイプニル。ロボやジェヴォーダンのようなフェンリルの牙を封じる為に作られた最強の鎖は、ゼウスの雷を受けても溶ける事もなく首を締めていた。


 そこに加わる、明王達の羂索けんじゃく。悪鬼羅刹を縛り上げる縄は、抵抗しようとするゼウスの四肢をギシギシと軋ませる程に締め付ける。


 蔓、縄、鎖の拘束は、ゼウスの膂力を以てしても容易に千切り捨てることの出来ない堅牢な枷となって、消耗しているゼウスの体を完全に固定していた。



『今こそ好機!!! 我らの怒りを、その身に刻め!!!』



 そう言って、天沼矛を構えるイザナギ。ゼウスとの戦いでその服も鎧も焦げ付いたボロ切れになり掛けているが、その目には未だに強い闘志が宿っている。


 それに呼応するかのように、傷付き倒れていた神々も、最後の力を振り絞り得物を構え、そしてそれぞれがその得物をゼウスに向かって投擲する。



『焼き尽くせ、我が極炎!!!』


『斬り裂け、我が暴風!!!』


『飲み込め、我が海流!!!』



 クトゥグァ、ハスター、クトゥルフの放つ魔法が、ゼウスの身を焼き、斬り裂き、飲み込もうと轟音と共に迫っていく。



『穿て、バイデントッ!!!』



 傷を抑えながらバイデントを掴み取ったハデスも、渾身の力を込めてその槍をゼウスに向かって投擲する。


 声こそ出していないが、その後方では大きな弓を二人で引き、一本の巨大な矢を放ったアポロンとアルテミスの姿もあった。





『――――我らも、共に』





 遥か遠くの島。巨大な山が聳え立つ一つの孤島で、英霊と神の声に突き動かされた者達が、最後の兵器の照準を合わせて光線を放つ。



『ぶっ壊せ、ミョルニルゥッ!!!』


『貫け、グングニルッ!!!』



 トールの投げたミョルニルは雷光を纏い、オーディンの投げたグングニルは紫黒のオーラが尾を引きながらゼウスに向かって飛んでいく。



『やれッ!!! 巨悪に、終焉の矢を放てッ!!!』


『――――穿てッ!!! ガーンディーヴァッ!!!』


『滅びよッ!!! ブラフマーストラッ!!!』


『消えよ!!! パシュパタストラッ!!!』


『大人しく逝けッ!!! バルガヴァストラッ!!!』


「終われッ!!! ナーラーヤナストラッ!!!」



 マーラが開いたヴェラージと帝国を繋ぐ門。開かれたそれは、ヴェラージにて矢をつがえていた大勢の神々や英雄達の射線をしっかりと確保していた。



『いい加減ッ!!! 死にやがれッ!!!』



 イザナギが投げた天沼矛に追従するように、スサノオの持つ生弓矢から一本の矢が放たれ、空を斬り裂いてゼウスに迫る。



『塵一つ残さんッ!!!』


『極光に焼かれろッ!!!』



 アンラ・マンユは、隣に立つラーと共に魔法を放つ。二人の力が合わさったその魔法は、黒い太陽となってゼウスの体を焼き尽くそうと突き進む。





 当然だが、四肢を拘束されているゼウスが四方八方から放たれるその渾身の攻撃の嵐を避け切れるわけがない。


 その上、今は己を守る鎧も失っており、神々の攻撃を受ければ直接己の体を壊し尽くそうとするのが目に見えてわかる。


『グ――――ガァァァァァァッ!!!!!』


 グレイプニルに首を絞められたゼウスが、憤怒の形相で無理矢理拘束を引き千切ろうと、より一層強い力を込めながら咆哮する。


 だが、仮にその拘束を全て破り去ったとしても時既に遅し。ゼウスの身に迫る攻撃は目と鼻の先にまで近付いていて――――














――――巨大な爆炎と黒煙で、再びゼウスの体を完全に包み込む。


 エルダーゴーレムが放ったレーザー以上の爆炎と黒煙は、余波で周りを囲む神々が思わず腰を落として耐えないといけない程の爆風を生み出していた。


 時折煙の中から飛んでくる瓦礫の中には、千切れたグレイプニルらしき鎖の破片や焼け焦げた植物の蔓などが混じっており、その威力の凄まじさを物語っている。


 これには流石にあのゼウスも息絶えたか、仮に生きていたとしても瀕死の重傷を負っているだろう。




――――そう思っていた神々の体を、黒煙を吹き飛ばした無数の雷撃が貫き、煙の中心で仁王立ちになる巨大な神の姿がゆっくりと顕になっていく。





『ハァ……ハァ……!!! 万策尽きたなァ、虫ケラ共が…………ッ!!!』





 雷撃を受けて地に倒れる大勢の神々をゆっくりと見回すゼウス。


 その体には無数の火傷や裂傷、痣が付いていて、片目に関しては流血して完全に見えなくなっている。


 だが、その状態でもゼウスは堂々と立っていた。身体中の傷から血を流していながらも、その黒い覇気を絶やすこと無く滾らせていたのだ。


『覚えていろ……貴様らを片付けたら、お前らの住処全てを、俺の手で直接ぶっ壊しに行ってやろう……!』


 憎悪と悪意に満ちた笑みを浮かばせながら、怒気を覇気に混ぜ合わせたゼウス。肩で息をしているが、依然としてその狂気は留まるところを知らない。




――――だからこそ、その狂気が生み出した油断がゼウスの命運を分けることとなった。









『――――――――――アァ?』









 ズッ、と胸に突き刺さる小さな槍。何処となく聖なる力を纏っているようなその槍は、ゼウスの心臓にその穂先を突き立てていた。


『ハハ……助かりましたよ、次代の吸血王』


「漁夫の利を得るような形になってしまって申し訳ないんだけどね」


 膝をついたラスプーチンの隣に立っているのは、次代の吸血王であるルジェ。


 彼がこの戦場に姿を現したのは、彼の持つ父から受け継いだ一振りの槍が、ゼウスを討ち取る鍵となると言われていたからである。



『――――こ、れは、き、さま……』



 仁王立ちになっていたゼウスの膝が折れていき、ゆっくりと地面に崩れ落ちていく。


 ルジェが投げた槍の名はロンギヌス。数多の聖人を貫いたその槍には『神殺し』の力が溢れんばかりに込められていた。


 ロンギヌスに心臓を貫かれれば、幾らゼウスの生命力が強いと言えど、神殺しの力を以てその鼓動を止めることも容易い。


『……ゼウス、貴様の栄華も、これで終わりだ』


『……貴様のような巨悪が、二度とこの世に生まれんことを願おう』






 吹き飛ばされていたカオスと、そのカオスに肩を貸したテュポーンは、生命の灯火を消していくゼウスに対して、その言葉を最後に残した。




































『――――支度をせよ。私も、己の使命を果たす時が来たのだ』





『――――ハッ!!! 承知致しました!!!』

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