第667話
アレイスターさん曰く、ここは嘗て逃げたエーディーンの民が暮らしていた方舟で間違い無いらしい。
「滅びた理由は唯一つ。この船に乗せていたとある果樹を疎ましく思った主神が、民を呪い殺した上でその木を壊そうとしたからさ」
「呪い……それは、もしかして黒の……」
「……あぁ、その通りだよ。多くはこの方舟で果てたけど、地下水脈に落ちた者は流され海に放られるか、入り組んだ水流に体を振り回され、そのまま息絶えたよ」
方舟は墜落した時点でかなりの損傷があり、空いた穴には呪いで狂った避難民が落ちて、そのまま地下水脈に流されたという。
この方舟で亡くなった者、流され海に放られて溺死した者、流れる途中で幾度となく体を岩壁に打ち据えて息絶えた者。方舟の避難民は、老若男女問わずここで命を落とした。
「主神がそれ程疎んだものとは一体……」
「それは、奥に行けばわかるだろう。ま、洞窟を見つけた時点で知る権利は充分だ。案内するよ」
そう言って、アレイスターさんは大通りの奥へ案内してくれる。ガーゴイル達も、妖精や精霊に集られながらも一緒についてきてくれるようだ。
「ここは居住区って認識でいいですか?」
「軍人向けのだけどね。奥が一般市民の居住区さ」
成る程、襲撃の際はエーディーンの兵士がすぐに対応できるよう、敢えて兵士の居住区を入り口に近い方に設けたのか。
良く考えたら、武装したガーゴイル達も向こうの居住区がテリトリーみたいだし、戦力という意味では入り口の方が高いのかもしれない。
「一応言っておくけど、市民の居住区も防衛戦力は未だ健在だ。迂闊なことをすると、すぐに敵対されて叩き出される羽目になるよ」
「だそうですよ、モルガン様」
「……まぁ、アマネには関係のない話だろうからな」
ぶっちゃけ、私がいるなら基本的には問題無いだろうけど、自由奔放な妖精や精霊達に関してはその迂闊なことをやらかす可能性が高い。
なので、責任者としてモルガンには妖精や精霊達の面倒をしっかりと見て欲しいところ。結構落ち着いてるみたいだから問題無いとは思うけどね。
「一応、ここから先が市民の居住区になってる。向こうと殆ど差はないけど、徘徊してるのはちょっと変わってるから」
「あ、本当ですね。なんか、ガーゴイル達よりも近寄りやすい見た目のような気がします」
市民の居住区を警備しているのは、ガーゴイルと比べて怖さや恐ろしさが抑えられた子達。
野生のモンスターも混じっているらしいが、それも含めて子供が集まってもあまり怪我などしないような体をしている気がする。
例えばセントリースタチューという兵士の石像は、武器こそ持っているもののうっかり触らないように穂先を上に向けていたり、剣の類は鞘に納めて刃を出さないようにしている。
衛兵なので武器は槍や剣が殆どで、隊長クラスの個体がハルバードのような戦斧寄りの武器を使っているくらいだ。
「私がここに来た時には既に無人となっていたけどね。彼らはここの守護者として、未だにここを守り続けているんだよ」
「その割には、守護者じゃない子も多いみたいですけどね」
「まぁ、割と居心地良いからね、ここ」
精霊達に撫で回されているスペクターハウンドは兎も角、オブシディアンゴーレム等のモンスターはこの近くに住んでいたのがここに住み着いた子達だ。
まぁ、まずは元々の住人であるスペクターハウンドから触れていこうか。スペクターハウンドは元々番犬だった子達が、死後に亡霊となって現世に留まり続けたアンデッドだ。
霊体ではあるが攻撃方法は牙による噛みつきで、攻撃時にHPではなくMPを削る。そのMPが無くなると、HPが代わりに減っていくらしい。
盾役等の職業だと、ステータスが防御特化になりやすいのでMPの総量は増え難い。故に、スペクターハウンドは盾殺しの名で知られているという。
そんなスペクターハウンドだが、オブシディアンゴーレムとはかなり相性が悪い。というのも、オブシディアンゴーレムは特性として属性攻撃等のダメージを極端に軽減するのだ。
打撃などのダメージは通るが、少しでも属性が付与されていると半減どころじゃないレベルで軽減されて、掠り傷どころか『何かしましたか?』状態になるという。
「ヒビが入ると防御力は下がるんですね」
「とはいえ、この体にヒビを入れる事自体がかなり難しいぞ。元々、ゴーレム系は打撃か魔法で攻めるのが基本だからな」
スペクターハウンドの攻撃は物理攻撃ではなく精神攻撃に近いみたいで、オブシディアンゴーレム相手だと何のダメージも与えられない。
まぁ、物理特化なゴーレム系はゴーストのような霊体相手に敵対することは殆ど無い。尤も、フレッシュゴーレムのようなアンデッド系にも片足を突っ込んでる種類ならば攻撃出来るそうだが。
「向こうにいるのはロックサラマンダーか」
「このサラマンダーはサンショウウオの方のサラマンダーなんですね」
火の精霊であるサラマンダーに囲まれているのは、岩の甲殻に覆われたロックサラマンダー。軽自動車サイズのオオサンショウウオで、気性はかなり温厚だ。
こっちのサラマンダーは精霊ではなくモンスターで、岩を主食とする鉱山地帯の厄介者らしい。
何でも、縄張り意識が強い個体と弱い個体でばらつきがあるのと、ジッとしていると岩にしか見えないことで、うっかりツルハシを当てて敵対してしまう事があるんだとか。
大半の個体は大人しく、うっかりが無ければ敵対することも稀。噛みつかれるとタダでは済まないが、移動速度も遅いので逃げるのも難しくはない。
「ただ、おっとりしているので坑道の途中で昼寝をして道を塞いだりするみたいですね……」
「それは確かに厄介者だな」
乗ったりしても嫌がる個体は少ないみたいだが、狭い坑道だとそもそも乗れるだけのスペースがなかったり、急に動き出して最悪ぺしゃんこという場合もある。
そう考えると、採掘を行う鉱夫達にとってはかなり邪魔なモンスターなんだろうね。
「わわ!? か、枯れ木が動き出しました!?」
「その子はペトリファイドトレントだってさ」
おっと、シルキー達が枯れた街路樹に近付いたら、それが動き出してめちゃくちゃビックリしている。
この枯れ木はペトリファイドトレントというれっきとしたモンスターで、珪化木となった木がトレントになったものらしい。
分類的にはアンデッドと植物系モンスターとで半々らしく、火のダメージは半減する。じゃぁ聖なる属性や光属性なら効くのかと言われたら、こちらも半減らしい。
ペトリファイドトレントの弱点属性は水属性。元植物なら回復とかしそうなものだが、既に化石みたいな状態なので、水を受けるとふやけて崩れてしまうそうだ。
なんか、これだけ聞くと亀のジョウロで水を掛けられて戦闘になる、見た目だけ木なモンスターっぽく感じられるね。こっちの見た目は完全に天然物の木に見えるけど。
「ほら、あんまり遊んでいると時間が無くなっちゃうからね」
「いや、もうこの先の広場でゴールだよ。でも、ちょっとビックリな人がいるから、あんまり大きな声は出さないでね?」
おや、いつの間にかここの奥にもう着きそうになっめいたらしい。まぁ、一切の戦闘もしていなければ、探索で時間が掛かりそうなところも案内役のお陰で大幅にカット出来てるから当然と言えば当然か。
アレイスターさんの歩く先には、目を見張る程の大きな門が聳え立っており、直近で開けられた形跡は欠片も見当たらない。
その門の前に立ったアレイスターさんが、軽く手を合わせて光を溜めると、そこから魔法陣が瞬時に描かれた後、黄色い破片を散らしながら砕けて消えていく。
「はい。入り口はこっちね」
「……え? そっちですか?」
てっきりこの凱旋門レベルの大きな門が開くのかと思っていたが、開いたのはその一番下。
隠し扉か通用門か、どちらかは分からないが非常口レベルでちゃちくなった扉は、横にスライドしてアッサリ私達を通れるようにしてくれる。
「……なんかこう、色々とツッコみたい要素が多過ぎるんですけど」
こういう時にはヒビキがキレの良いツッコミをしてくれるはずなんだけどね。生憎と自宅療養中なので、今度連れてきた時にやってもらおう。
「――――おぉ。これまた大層小さな客人だな」
そんな緩いことを考えていたら、何かを支えている厳しい巨人が、その赤い双眸で私達の事を上から見下ろしていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます