第668話
腕どころか頭まで使って天井を支えている巨人。厳しい顔ではあるが、その声は非常に穏やかなものだった。
「ラドンは?」
「足元にいるぞ。ほれ、起きろ。客人だ」
『んがっ!? ちょ、頭蹴るなって!?』
アレイスターさんがラドンという方の所在を聞くと、巨人はつま先で足元を二度三度と軽く蹴る。重そうな天井を支えているようだが、片足を自由に出来るくらいの余裕はあるみたいだ。
そんな事はさておき、蹴って目を覚ましたのは数え切れない程の頭がある大きな龍。頭と首の色はそれぞれ違っていて、何処ぞのファッションモデルが名言を放ちそうなカラーリングをしている。
「アマネ、下の龍がラドンで、上を支えている巨人がアトラスだ」
「はじめまして、アマネと申します」
「うむ。はじめましてだな」
『アマネ……あぁ! なんか聞いたことあるよ〜!』
そこからは簡単に自己紹介となったのだが、二人共かなり凄い存在である事が判明した。
まず最初に名前がわかったラドンだが、まぁ若干予想していた通り古代龍の一柱で、正式名称は『百頭の大口』万顎龍ラドン。
二つ名にある通り、通常時で既に百もの頭と首が生えているというとんでもドラゴンだ。八岐大蛇が可愛く見えてくる。
ただ、百もの頭と首がありながら、実際には体の何処にでも口を作る事が出来て、首を斬ろうとして近付いたら口になって食われた……なんてことも過去には起きていたらしい。
『なんか知らないけど、戦いたくない古代龍ランキング上位に入ってたね。戦うんだったら俺よりタラスクとかの方が嫌な相手だと思うんだけどなぁ……』
「よく言うよ。作った口からもブレス吐ける癖に」
ラドンと戦いたくない理由が正しくそれで、身体中に生み出した口は自由にブレスを吐く事もできる。
元々の大きさも何処ぞの怪獣王の四代目くらいはあるので、ブレスの破壊力もとんでもないものであることが容易に考えられる。
「因みになんですけど、古代龍としてなら若い方ですか、それとも古参の方ですか?」
『バハムートと同じくらい……あ、バハムートって知ってるか?』
「知ってますよ。最近結婚しましたし」
『――――――マ? え、ちょっと待って。それ俺知らんのだけど!?』
ラドンはバハムートと同じくらいの世代か。となると、古代龍として結構強い……いや、古代龍は大抵ぶっ飛んでるくらいに強いんだった。
さて、バハムートの結婚話でめちゃくちゃ騒がしくなったラドンは兎も角、時折持ち直しながら天井を支えているアトラスに触れていこう。
アトラスは見た目は巨人だが、経歴はティターン神族の一人。つまりは巨神と呼べるエーディーンの神だったそうだ。
「我の役目は黄金樹の守護でな。亡きクロノス様にも、その役目だけは絶対に果たしてくれと頼まれていたのだ」
「黄金樹、ですか?」
『このちっちゃい若木がそうだよ。俺も、アトラスの友としてこの木を守ってるのさ』
ラドンとアトラスが守っている黄金樹は、パッと見で普通の苗木にしか見えない、青々とした若葉を茂らせている細い木だ。
ただ、その詳細を聞くと中々とんでもない若木であると分かる。というのも、黄金樹の正式名称はアンブロシアと言うそうだ。
「アンブロシアは不死のリンゴとも呼ばれていてな。この若木は、接ぎ木などしていない純正のアンブロシアの幼木なのだ」
神々の食卓で振る舞われるのはアンブロシアを別の木々に接ぎ木したもので、種から育っているこの若木と比べたら力も劣る。
本当の意味で食べれば不死となるアンブロシアは、基本的にはクロノス神が管理していて、同じティターン神族ですら極一部の者にしかその在り処がわかっていなかったという。
「クロノス様は、もし私の身に何かあった場合はこの若木を運び、そして私の育てた黄金樹の果樹林は燃やしてくれと言われていた。それに従い、我が民の船にこの若木を乗せ、果樹林はプロメテウスが全て焼き尽くしたのだ」
そして、アトラスはゼウスらが若木を乗せた方舟を狙わぬように囮となり、多くの神々を打ち倒しながら頃合いを見計らって隠れようとした。
「だが、ゼウスの奴はこの船に目を付けてな。船の民を呪い殺して落とした後、大陸の山の一つを削って魔法を掛け、この船諸共黄金樹を潰してしまおうと企てたのだ」
今現在アトラスが背負っているのがその山であり、よく見てみると平坦な天井というより逆三角形の山の頂が下になっているのだと分かる。
この山には途轍も無い程の重量と重圧が加わる魔法が掛かっているらしく、アトラスとラドンは互いに交代しながらこの山が黄金樹を潰さないように支えているという。
「その魔法は解けないのですか?」
「解いたらゼウスに勘付かれるよ。幾らここがキャメロットの領域であると言ったところで、ゼウスらにとっては何の障りにもなりはしないのさ」
アレイスターさん曰く、解けたら掛けた本人であるゼウスに何らかの反応が返されるらしい。となると、その魔法を維持した上で押し潰そうとする山を押し留める何かが必要になるのか。
それもずっと維持する必要は無くて、ゼウスと雌雄を決する時や決した時には、魔法を解くなり何なりしてしまえばいいわけだしね。
「取り敢えず、アトラスさんもちょっと疲れてるでしょうから、今一時的に交代出来る人を呼びますね」
「呼ぶったって、この山を支えるってなると生半な奴じゃ力不足だぞ? 私もどうにか軽減出来ないか試していたけど、術式が邪魔で殆ど打つ手が無かったし……」
アレイスターさんも色々と手は尽くしていたみたいだが、ゼウスの掛けた魔法を維持した状態だと出来ることが無かったらしい。精々、アトラスやラドンの疲労回復が早くなる術式くらいだったそうだ。
だが、私には言っちゃなんだけどめちゃくちゃ大勢の伝手がある。頼りにしてばかりになってしまうが、かといって出来る事があるのに何もしないのはそれはそれでどうかと思ってしまう。
『ということで、支える役の人と術式の構築とかしてくれる人を招集します!』
「よし! メッセージを送ったから、これで誰かこっちに来てくれるはず――――」
私がそう言った瞬間、眩い光と共に現れるアトラス並の巨人。いや、単純な大きさではアトラスより僅かに上回っているか。
「久し振りだな、アマネの嬢ちゃん。城作りに手ぇ貸せねぇ分、こっちで働かせてもらうぜ」
「ユミル様! お久し振りです!」
現れたのはノルドの山に住む巨人達の先王ユミル。ラグナロクという大戦を乗り越えた肉体は、アトラスが支える山に手をつくと、そのまま一気に筋肉を隆起させて天井の山を支える。
「――ははぁ。こりゃ随分と重いな。俺一人でも支えられはするが、少々骨が折れるか」
『ならば、我らも手を貸してやろう。アマネと縁を結んだ友として、な』
山を支えたユミルの言葉に応じたかのように現れたのは、巨大化したアンラ・マンユ。それに続いて、スメラミコトのアラハバキやトラロック神の力を宿すエルダーゴーレムも現れる。
「よし! 彼奴らが抑えとる間に、こちらも術式を組み上げるとしよう!」
『ミシャグジ殿、そちらはお任せしよう。我はこちらの術を組み上げるのでな』
『ふむ。これがかの国の神の術か。強くはあるが、些かつまらんな。反転させるのも難しくはあるまい』
「……マジかよ。主神クラスの神格が、あっという間に集まったのか」
山を支える人達が集まったので、その間に重くなっている山をどうにかする術者系の神様が集まり始め、次々と魔法陣を描き組み合わせて、大きな術式を作り始める。
ヴェラージ、スメラミコト、そしてクトゥルフ系の神が先んじて集まり、遅れてレン国の仙人や仏界の御仏達がその補助をする。
「アトラス殿。ここは我らだけで支えられる。貴殿も暫し休むといい」
「あ、あぁ、済まんな」
「治療はウチの神々に任せて欲しいっすね。アマネ様のお陰で、スメラミコト組は力が溢れまくってるっすからね〜」
ユミルの言葉を受けて、ゆっくりと地面に腰掛けたアトラス。その周りには、力を有り余らせているスメラミコトの医療や治癒の力を司る神々が集まり始めていた。
「術はコレで十分か。試しに少し力を抜いてみてくれんか?」
「どれ…………うむ。確かに軽くなってるな」
『後は支えとなる柱も幾らか伸ばして、そちらにも術を決めるとするか』
『どうせかの国を潰すまでの術だ。十年くらい保つ程度の効力で充分だろう』
家屋の梁のような石柱が、山が落ちないように抑える形で伸び、それを補助する柱が次々と生えて堅固な屋根となる。
ユミル達は既に山から手を離していて、邪魔にならないように端っこに避けているくらいだ。きっと、何の問題もなくここの工事は終わるだろう。
「こんなもんじゃの。まぁ、何かあればまた呼んでくれれば良い」
『黄金樹に関してもサンプルが欲しいのでな。育ったら一言声を掛けてくれ』
「皆さん、お疲れ様でした!」
『あぁ、そうだ。後でアマネの拠点に足を運ぶつもりなのでな。先にそれだけは言っておくぞ』
――――こうして、黄金樹を守るための補修は終了したわけなのだが、クランホームに色々な神様が来訪するフラグが建っちゃった気がめちゃくちゃするのは気の所為……じゃ、ないよね。
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