第734話
スルトのダーインスレイヴと、ゼウスの雷槍が正面から激突する。ダーインスレイヴの刀身からは炎が迸り、ゼウスの雷槍は黒雷を弾かせる。
二度、三度と己の得物を交わす二人。だが、ゼウスがスルトの胴に蹴りを入れ、思わず身を強張らせたスルトの顔面に拳を叩き込み、スルトは大きく後ろに吹き飛んだ。
ただ、その最中に追撃を防ぐ為、闇雲に振るったダーインスレイヴの剣先が、ゼウスの鎧の表面を削って傷を付けていた。
『オイオイ……この鎧まで壊そうとすんじゃねぇよ』
脳が揺れたのか、思うように動けず起き上がれないスルトを見下ろしながら、腹の辺りに付いた鎧の傷を軽く触るゼウス。
この他にもゼウスと交戦した神々等が付けた傷が幾つも付いていたが、その神も大半がゼウスに蹂躙されて戦闘不能、或いは戦線を離脱している。
『灰燼残さず焼け果てろ!!!』
『ソイツぁお断りだッ!!!』
クトゥグァの黒炎がゼウスの全身を包もうと、視界を埋め尽くす程の業火となって襲い掛かる。
しかし、ゼウスはそれを二本の指に雷を纏わせて横薙ぎにすると、業火は上下に割れて風圧であっと言う間に火の粉に変わる。
尤も、それはゼウスに隙を生ませる為のブラフ。実際には、その炎の中に潜り込んでいたクトゥグァが、漆黒の鎧のド真ん中に黒炎を纏わせた拳を叩き込んでいた。
『――――だから、壊そうとすんじゃねぇっつったろうがッ!!!』
『――――ガッ!?』
ジュウ……と音を立てて鎧を焦がす黒炎。それを見たゼウスは、その顔に怒気を浮かべて拳を握り、黒雷を伴ってクトゥグァを上から叩き潰した。
その際にも炎を噴出させることで拳を焼こうとしていたようだったが、周りを覆う黒雷が代わりに焼け落ちて、ゼウスの拳自体には火傷一つ付けられない。
地面に大の字でうつ伏せになったクトゥグァに、雷を纏わせた足で踏みつけてとどめを刺そうとするゼウス。
だが、背後から放たれた高圧の水流がゼウスの背に直撃し、押されたゼウスは踏み込んだ足をクトゥグァの向こう側に下ろした。
『――――鬱陶しいぞ、ゴミ共がッ!!!』
その下ろした足を、雷を纏わせたまま回し蹴りで後ろに振り抜くゼウス。
横に振り抜かれた足の軌道に沿って、雷は巨大な雷刃となって分離し、水を放った下手人であるティアマトに向かって障害物を消し飛ばしながら突き進んでいく。
ティアマト自身、無数の水球を当てて打ち消そうとしていたが、海の女神でもあるティアマトは水属性を司るが為に、ゼウスの雷属性とは非常に相性が悪い。
迫り来る雷刃を前に、腕を交差させて防御の姿勢を取るティアマト。彼女が避ければ、雷刃はそのまま大地を削りながら突き進み――――直線上にある、アマネ達のクランホームを飲み込んでしまう。
勿論、その雷刃を受ければ良くて真っ二つ。悪ければ塵一つ残すこと無く自らの身体は消え去るだろうと理解しているティアマト。
だが、既に一度は死んだ身であるが故に、ここで死んでも構わないという覚悟は決めていた。キングゥも、己の手で守らずとも既に立派な大人になっていたのだから。
『――――ったく、ホントに無茶ばっかしやがる……』
『――――えっ?』
迫る雷刃を目を閉じて身を強張らせていたティアマトだが、その耳に忘れた事など無い大切な人の声が聞こえ、閉じていた瞼を開いてその背中を見つめる。
振り返った顔は、ティアマトの伴侶であるアプスーのもの。雷刃を水の膜で受け止め、ゆっくりと溶かすように飲み込んでいくその力は、正しくウォルクの主神と呼べる代物。
『よ、久し振りだな…………今まで、会いに行けなくて済まなかった』
『……ホントに、アナタなの…………!?』
優しげな面持ちで、ティアマトをそっと抱き寄せるアプスー。ほんの僅かな再会の時間ではあったが、それだけでティアマトは目の前の男が自分の夫である事をすぐに理解した。
『下がっててくれ。俺は、必ず戻ってくる』
『……えぇ、わかった。だから、生きて帰ってきて』
アプスーの言葉に従い、その場から離れていくティアマト。ゼウスと戦う戦場からは離れていくが、行き先がアマネ達のいるクランホームである辺り、大人しくしているつもりがないのが一目でわかる。
『……お前、どうやって俺の雷を』
『なんだ、知らねぇのか? ――――真水は、雷を通さねぇんだよ』
そう言って、無数の水流の槍を生み出して撃ち出すアプスー。
それを迎撃しようとゼウスも細かな雷槍を生み出して放つが、真水の槍は迫る雷を弾き飛ばし、その質量を乗せた一撃を何発も漆黒の鎧に当てていく。
『チッ!!! なら、直接殴って沈めるだけだ!!!』
そう言って、己の手に雷槍を生み出して振り回し、迫る真水の槍を物理的に壊していくゼウス。
己の武器で殴れば物理攻撃として槍を破壊でき、尚且つ雷槍から雷を飛ばしてアプスー自身を狙うことも出来る。
そんなゼウスの頭上から急降下する黒い影。剣身に黒焔を纏わせたサタンは、ゼウスの目を狙って突貫していた。
『――――残念だが、貴様の影が見えているぞ!!!』
尤も、空の太陽がサタンの影を地面に投写していて、ゼウスは空から迫るサタンに気付いていた。
左手に持ち替えた雷槍を盾の形に変え、ゼウスは右手に雷を集中させた光線を放とうと空に右掌を突き出す。
――――しかし、その雷は放たれる直前で弱まり、みるみるうちに霧散してゼウスの手から……いや、全身から雷が抜けていく。
『な、これは――――!?』
『『真水は電気を通さない。なら、海水は?』』
驚愕するゼウスにその言葉を投げ掛けたのは、腹を抑えながらも右手を突き出したクトゥルフと、そのクトゥルフを労りながらも左の人差し指を向けるアナヒット。
いつの間にかゼウスの足元には大量の海水が満ちており、足に纏わりついた海水はゼウスの身体を覆っていた雷を受け入れ、大地に流していたのだ。
直ぐ様クトゥルフとアナヒットを排除しようとするゼウスだが、雷槍の盾も海水に雷を吸われて弱まり、貫通した真水の槍がゼウスの全身を打って動きを鈍らせる。
『――――ッシャァァァァァァァァァァッ!!!』
そこを狙うサタンの剣が振り下ろされる瞬間、ゼウスは己の膂力に物を言わせて足元の拘束を破壊。後ろに仰け反って転がるような形で、顔を狙ったサタンの剣を回避する。
尤も、顔には当たらなかっただけで漆黒の鎧には傷が付いており、首の下辺りから左胸を通る縦の傷を刻み込んでいた。
だが、しくじったといえばしくじったこの奇襲。即座にサタンは翼を広げて退避するが、ゼウスが置き土産に残した地中の雷撃が炸裂し、上方向に向かって大量の土塊と岩石、そして細かな雷を飛ばす。
水で雷を受け入れて吸い込むことが出来たとしても、土や岩までは抑えることが出来ない。辛うじて危険なものは回避したサタンだが、何発かその飛礫を受けたことで動きは鈍っている。
『――――鬱陶しいコウモリモドキも、とっとと死んでおけッ!!!』
そこに迫る、巨大な岩塊。地面を抉り取ったゼウスが投げた飛礫は、横合いから放たれたアプスーの水の槍を受けて尚、その体積を変えずにサタンを押し潰そうと迫る。
だが、その岩塊の前に立ち塞がるルシファー。鞘に納めたサーベルを抜き放つと、岩塊は縦に斬り裂かれて二人の左右を通過していく。
――――尤も、その時には既にゼウスはクトゥルフとアナヒットの方向と、アプスーが飛んでいる方向にも飛礫を投げていて、ルシファーの眼前にはゼウスの拳が迫ってきていた。
避け切れないと判断したルシファーは素早く障壁を張り、サタンもまた不得手ではあるが黒いバリアを張ってゼウスの攻撃を受けようとする。
その瞬間、二人の張った障壁を揺らして砕き、僅かばかり威力を落とした拳が二人の体に重い一撃を打ち込んだ。
吹き飛んだ二人の体は地面を跳ね、反り立っていた岩盤に直撃したことで停止する。
『――――テメェの裏切りは忘れねぇでおいてやるよ、ルシファー』
『――――死ね。世界を食い潰す寄生虫』
死に体のルシファーの言葉に頭の血管を浮き上がらせたゼウス。傲慢の大罪を担うルシファーに、ゼウスはそれ相応の報いを与えるべく動き出す。
その手に生み出した雷槍を巨大な戦槌の形に変え、両手で掴むとそれを大きく振り被るゼウス。
明らかに過剰なその一撃は、地に落ちたルシファーの命をサタン諸共叩き潰そうと振り下ろされ――――
『おっと、それはイケませんねぇ?』
――――誰もいない、空の土地を叩いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます