第736話
旧四大天使である四人は、雷槍を構えるゼウスと交戦を始め、そしてその実力を大勢の神々に見せつけていた。
ゼウスの雷撃の弾幕が天使達を地に落とそうと拡散するが、やはりその弾幕は見当違いの方向へ飛んでいき、四人の体の端にすら掠る事無く外れていく。
『あぁ!!! 面倒くせぇ!!! テメェのせいで、どうにも気分が悪いんだよ!!!』
『それは大変ですねぇ! なら、ここらで一度死んで楽になってみては?』
『そいつぁお断りだッ!』
ニヤニヤとした笑みを崩さないラスプーチン。虚飾の大罪の名を冠する彼の言葉に苛立つゼウスではあるが、特に彼を執拗に狙う攻撃の悉くが全く当たらないのだ。
理由は至極単純。それこそがラスプーチンの有する嫌な能力。虚飾の大罪、それ即ちその見た目を偽る事と同義であり、宙に浮かぶラスプーチンが本当にその場所にいるかどうかさえ定かではない。
自身も含め、ありとあらゆるものの存在を偽るその力は、ゼウスの目に映る全てを偽物に変えることさえ可能なのだ。
だからこそ、ゼウスからしたらラスプーチンはまず真っ先に排除したい相手だった。
『私ばかり見ていてもいいんですかねぇ?』
『よく言うぜ!!! 他の連中とて、やろうと思えば貴様の力で隠せるっつぅのによォ!!!』
ラスプーチンの力の恐ろしさとはそれだ。人がいるところを『人がいない』ように見せることも出来るし、逆に誰もいない空間を『人が密集している』ように見せることも出来る。
目に見える情報が信用出来ない……虚飾の大罪とは、嘘と虚像で戦うラスプーチンに相応しい罪の名であるのだ。
回避行動を取る三人の動きに気持ち悪さを覚えたゼウスが、本能的に雷槍を振り返りざまに振り下ろす。
振り返った先にはこちらへ迫るカリオストロの姿があった…………が、雷槍の穂先がカリオストロの体を通り抜けたことで、ラスプーチンが作り出した幻像であると理解した。
当然ながら、そんな大きな隙が生まれていれば攻撃しないという選択肢は出てこない。
『はい! もういっぱぁぁぁぁつッ!!!』
『グガッ!?』
ゼウスの真横に姿を現したカリオストロが、思いっきり振り被った右の拳をゼウスの右頬に叩き込む。
その威力たるや、テュポーンが放った剛拳にも劣らない非常に重い一撃。ゼウスの体がよろめいてたたらを踏んだのが、その証拠と言えるだろう。
そこに、大鎌を片手で構えたノストラダムスが接近。ゼウスは近付けまいと空から雷を落とすが、何十と放たれたそれは彼の羽や髪の先さえ掠らずに地面を穿つ。
『……あんまりこっちばかり見てると、流れ弾が頭に当たるよ?』
『何言って――――ッ!?』
ノストラダムスがその言葉と共に急ブレーキを掛けて宙に留まると、ゼウスの頭上から一際大きな落雷が降り落ちて、狙いがブレたのかゼウスの頭に直撃していた。
当然ながら、ゼウスが狙っていた相手は眼前にいるノストラダムス。自分諸共、なんてことも一切考えていない。
『……テメェの目は、未来を見る目だったなぁ!』
今思えば、ラスプーチンとノストラダムスの二人は確実に繋がっていると分かる。この二人程、相性のいいコンビなどいないのだから。
人を欺き嘲笑うラスプーチンと、未来を見ることが出来るノストラダムスが組めば、彼らの望む未来を無理矢理手繰り寄せる事も可能。
何せ、望む未来の前提条件をラスプーチンが知ってしまえば、後はラスプーチンが嘘と虚像で人を操り、修正を加えながらその未来に繋がる展開を作ってしまえばいいのだから。
『テメェの予言書ってのも、大方他の連中に予言の内容を伝える手段の一つなんだろう!!! だから、テメェは肌身離さずその古ぼけた本を抱えてたってわけだ!!!』
そう言って、両手の爪に雷を纏って振り乱し、避ける隙間も無いくらいの密度で斬撃を飛ばすゼウス。
この攻撃がノストラダムスから逸れればラスプーチンが、回避したらノストラダムスが『自分が死なない未来』でも予知して動いているとわかる。
だが、その邪魔をする天使が一人だけ挟まる。具体的に言えばノストラダムスとゼウスの間、斬撃が通過する軌道のド真ん中にだ。
『まぁ、私もこの面々に並んで数えられる者なのでね。これくらいのことはさせてもらおうか』
そう言って、迫る斬撃に左の手のひらを伸ばして受けるサン・ジェルマン。まともに受ければ確実に死ぬだろうその攻撃は、サン・ジェルマンの手のひらに触れた瞬間にフッと消え去る。
最初こそそれが幻か何かかと目を見開いてサン・ジェルマンを見ていたゼウス。
だが、その後を追従する二撃目、三撃目と消し去っていくサン・ジェルマンを見て、確実に何らかの札を隠していると即座に理解した。
『貴様の力は――――ッ!?』
『大したものでもないさ。己の命を削って、受けた攻撃を綺麗サッパリ返すだけの凡愚だからな、私は』
音もなく近付いてきたサン・ジェルマンが杖を振る。明らかに魔法用の見た目であり、振ったと言っても当たったところでゼウスの鎧どころか素肌にさえ傷を付けられるか怪しい攻撃だ。
だが、ゼウスの有する生存本能が、その杖の攻撃を防げと全力で警鐘を鳴らし、ゼウスの意思より先に体が雷槍を生んで、盾として杖と己の体の間に差し込む。
――――その瞬間、雷槍に当たった杖からゼウスの体を尋常ならざる衝撃が通り抜けていく。
あまりの威力に倒れ込み、右手で地面をついて抑えてしまう程の強力な一打。辛うじて雷槍を差し込んでいたから軽減こそ出来ていたが、それでも腕の骨が軋み、ヒビが入った音が聞こえていた。
『テメェ、んな攻撃……いや、そういや死なねぇんだったなぁ…………!』
『頭が回る分勿体無いな。お前なら、クロノスの後を継いでより一層良い未来を作ることさえ出来たであろうに』
サン・ジェルマンが使える技はカウンターが殆ど。それ以外の技も、基本的には己の命を削って相手を攻撃するような諸刃の剣ばかりだ。
だが、他ならぬサン・ジェルマンの『不死の大罪』が、彼が死ぬことを許さない。刺しても斬っても裂いても焼いても、彼の命が尽きる事はないのだ。
先程のゼウスの攻撃を防いだのも同じ理論、同じ原理だ。装備や周りへのダメージをゼロにする代わりに、受けた本人の体力がそれ相応の削れ方をするという防御を行っただけ。
ただ、こうして削れた分の体力は存在しているわけで、サン・ジェルマンがカウンターの意思を持って相手を殴れば、そのダメージ分もカウンターのダメージに加算される。
だからこそ、ゼウスは本能的にサン・ジェルマンの攻撃を防いだのだ。自らが放った必殺の連撃を何発も受けたダメージを受けまいとする為に。
『ちょっとちょっと? なんか、僕の影がどんどん薄くなってる気がするんだけど?』
『不満そうにするんじゃない。第一、理不尽さで言えばカリオストロ。お前の方が大概桁外れだろう?』
『えぇ〜? それ、よく言われるけどさ〜。僕は正しいことをやってるだけなんだよ?』
『それでありとあらゆる制限を無視できるお前がおかしいんだと、何度言えば理解出来るんだ……』
サン・ジェルマンに絡むカリオストロの力も、ハッキリ言って他の三人に並ぶ能力。
自分が正しいと信じることで、一切の障害を受け付けなくなるその力。これがあるからこそ、カリオストロは一切の反動さえ受けずにゼウスを殴っていた。
そう、この行いが必要なものであると彼が思っていれば、必要なだけの力をカリオストロに与え、不要な制限……即ちデバフなどは完全に取り払う事ができる。
だからこそ、彼はテュポーン並の力でゼウスを殴ることが出来て、尚且つ反動のダメージも一切受けていなかったのだ。
それを『ゼウスを倒す為に必要』だと彼が望んだ為に、無茶が出来ているのである。
『さぁて、このままゼウスを張り倒して、そのまま冥府に叩き込んじゃおうか!』
『ほざけ!!! 木端の天使共が、調子に乗ってんじゃねぇぞ!!!』
――――ゼウスは猛々しく吠えながら、その額に一筋の汗を流した。
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