第696話

 まだ月が空に輝く夜。各地から逃げ出したプレイヤー達は、着の身着のままの状態で追手に怯えながら、どうにか前哨基地跡に集まり始めていた。


「回復頼む! 拠点が落ちてるから、ここで死んだらもう戻れねぇんだ!」


「それはウチもだっての! いいから大人しくそこで待っとけって!」


「あ、あの! 私、回復使えるのでちょっと待っててください!」


「クソッ! 碌な資材も素材も残っちゃいねぇな!」


 夜襲の際に負った傷を癒やすプレイヤーに、壊れた装備を少ない素材でどうにか直すプレイヤー。前者も後者も、人が足りないせいで応急処置と言うのがやっとのレベルだ。


 生産職を多く抱える『働く男達』を筆頭とした生産系のクランは、生産職特有のステータスの低さから逃げ遅れた者も多い。


 その上、本来ならば前哨基地跡に運ぶ予定だった資材や素材の多くが焼け落ちたか、もしくは討たれた事で抱え落ちになったことで、簡易的な修復さえ難しい状況に陥っている。


「直せるだけ直しとけ! それに、こうなっちまったらもう終わりだからな!」


「明日の朝日を拝んで終わり、か」


「攻撃されなければそうなるんだろうね……」


 既にこの状況で自分達が勝てると思っているプレイヤーは一人もいない。


 たった一日。それだけで、自分達は攻め込んだ相手に蹴散らされ、あっという間に自分達の拠点を失っているのだ。


 レベル差がどうこうの話ではなく、最早状況的にも勝てる要素は一つたりとも残されてはいない。


「仲間割れ……ってのも、なんか違うよな」


「まぁなぁ……ここまで一緒に抗ってると、今更クランメンバーじゃないからって戦うのも、なぁ……」


「俺等で争ったところで、意味なくね?」


「何もかんも失っとるし、確かに無意味やな……」


 今回のイベントの醍醐味はクランVSクランの戦いだった筈だが、それも今となってはその趣旨を外れていて、プレイヤーVSアマネ達とNPCの構図に成り果てている。


 そうなった現状で、プレイヤー同士の戦いはハッキリ言って完全に無意味。他のプレイヤーに勝ったところで、最終的には根切りにされて終わるだけなのだ。


「……もう、あの拠点を目指して特攻するしか方法無くね?」


「まぁ……それしか方法無いよな」


「千人になるかならないかだからな。戦力差も考えたら、人数を割く余裕なんてねぇし……」


 プレイヤー達の答えは自然と一つにまとまった。どうせ勝てないというのなら、せめて最後くらいは抵抗らしい抵抗でも見せてやろう。


 そんな雰囲気が漂えば、プレイヤー達の行動力というものは凄まじくなる。


「騎獣連れて来れてる奴いるか?」


「逃げ出した奴なら何頭か連れてきたぞ」


「バフは事前に掛けてていいだろ」


「残ってたって仕方無いし、生産職も支援職も全員突っ走るか」


「いいねぇ。あ、馬は大手クランの強い人に乗ってもらうべ。その方が絵面良さそうだし」


 残っている材料で装備を直し、持っている予備の装備を見直して使えるものは使い、足りないものは出来る限り補給するか代わりの物を用意する。


 誰かが指揮をしなくても、プレイヤー達は自らの意思で抗おうと装備を整え始めていた。



「フッ……派手な号令は要らなそうだな?」


「先程までしょぼくれていた団長が言えた口ではないでしょうに……」



 この前哨基地跡に辿り着けた大手クランのリーダーは二人のみ。フロリアとエリゼ以外は、皆拠点を枕にして討ち死にした。


 だからこそ、統率の取れていないプレイヤーに号令を掛けて、一時的にでもその指揮を得ようと考えていたのだが…………どうやら、杞憂だったようだ。


「出るなら明日の朝だな。どうせ向こうからしたらいつ攻め込んできても変わりはしないだろう」


「そうですわね。なら、思う存分に朝駆けというものを楽しませてもらいましょうか」


 そう言って、二人もまたプレイヤー達の輪に入り、明日の夜明けに備えて準備を始めていった。

















 その頃、アマネ達の待つクランホームには、各地から回収してきた様々な色合いのクリスタルが次々と運び込まれていた。


「丁寧に扱えよ! 折角綺麗な状態で分捕ってきたんだ。後々彫像にでも加工してやろうぜ!」


「よっ、と……しかしまぁ、統一のない色だよなぁ……」


「まぁ、こんだけ数があって色が揃ってる方が可笑しいだろ」


 海賊や騎士、傭兵等、様々な人達が運び込まれてくるクリスタルを並べながら、形こそ同じなのにバラバラな色をしているそれらを見て若干の苦笑を浮かべている。


 硬度もそれなりにあるクリスタルが、そこらの石にぶつかって傷付くようなことは殆ど無い。が、それを抜きにして整った形状の物は綺麗に並べたくなるのが性らしい。


「ひのふのみの……今で大体四十ってとこか」


「下の方にはまだまだあるからな。多分百は超えるって話だぞ」


「異界人もかなり多かったよなぁ……」


 今回回収してきたクリスタルの数はゆうに百を超えていて、損壊したものは現状一つもないという辺り、襲撃した者の腕の良さが窺える。


 そんなクリスタルが並べられていく様子を旧館の屋上から眺めているのは、このクランの総大将として控えていた歌姫。



「…………お姉、落ち着かないの?」


「ん……いや、落ち着かないっていうか、ね」


 屋上に上がってきたユーリに言われて、少しばかりどう言い表すか悩む。が、それもまたすぐに答えが見つかり、私の口がそれを口ずさむ。


「明日が、私の出番だから」


「えっと、それって…………」


「終わらせる覚悟を決めてるんでしょ?」


 言い淀んだユーリに代わり応えたのは、もう一人の妹であるヒビキ。私の影であるが故に、私の考える事を一番近く考えて答えられる、数少ない理解者。


「このイベントを壊したのは私だからさ。それ相応の責任は取らないと、ね」


「イベントをシッチャカメッチャカに掻き乱したのはお姉の責任じゃないでしょ?」


「――――私の責任じゃなかったとしても、原因の一つであることには違いないから」


 本来なら、このイベントで起きる戦いの全てがプレイヤー同士のPVPになる筈だった。


 それを根底から覆してしまったのがウチのクランであり、そしてそのクランを作り上げたのが私なのだ。


「多分だけどさ。このままの私で終われるって気がしないんだよね」


「それは…………」


 運営が見ている中で、こんな大それた事をやってしまったのだ。ゲームバランスという意味でも、私の存在を許してもらえるかは怪しいところ。


 この世界はそのままかもしれないけど、その世界の中から『私』が消え去る事になってしまうことも、ハッキリと有り得ないって否定が出来ない。


 それが、今の私の状況なのだ。そして、その私によって大勢の人の晴れ舞台も消してしまっている。


「出来る限り、頼んではみるけどさ。ほら、私がやっちゃった事って色々と取り返しがつかないし?」


 ファンタジー世界に近未来的兵器まで持ってきてしまったし、世界観を完全に無視した兵器系のモンスターの存在というのは、きっと運営的にも許容出来るような存在ではないのだろう。


「だから、皆がこれまで通りに生活出来るように、それだけはしっかりと伝えておくよ」


「……お姉は? もし、この世界に居られなくなったら、その時はどうするの?」





――――この世界に居られなくなった時、か。






 正直に言えば、初めてこの世界に来た時点で、この世界に私の居場所というのは無かった。


 人の声が私を殺しに掛かってくる世界で、何不自由無く生活出来る筈がない。そんな未来を、この世界はアッサリと覆してくれた。


「……私は、さ。色んな出逢いに恵まれたからね」


 過去を振り返れば、私の為に集まった大勢の友人達との出逢いが、私に本来得られる筈の無かった未来を作ってくれたのだ。


 だから、これだけは誰に聞かれても胸を張って言える。私は、私は――――






「――――この世界に来れてさ。ホントに満足してるんだよ」






 だからこそ、私は最後まで見届けなくてはいけないんだ。







――――この戦いの、終焉というものを。

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