第697話

 イベント開始から三日目の朝。前哨基地のプレイヤーに動きがあったという報告を聞き、私達は第二城壁の中央にある高い尖塔の上から戦場を見下ろしていた。


 木立の前に集まり始めているプレイヤー達。狙撃手であれば充分撃ち抜ける距離ではあるが、その他の一般的な遠距離攻撃では届かない位置に、大勢のプレイヤーが揃い始めている。


「着の身着のまま、って感じだな……」


「修復用の素材が足りてないんでしょ」


「素材持ってる人が抱え落ちしちゃったっぽいね」


「それに、生産職自体の数が少ないんでしょうね〜」


「ん。生産職と戦闘職で半々、くらい?」


 遠目から見てもわかるくらいに不揃いで、所々に損傷が見受けられる防具を身に着けたプレイヤー達。


 夜襲を受けたことで拠点を失い、蓄えていた素材や資材を失ったことで、自分達の使う装備を直そうにも直せない状況に陥っているのだろう。


 ただ、その顔に悲壮感というものは一つもない。あるのは、私達に一泡吹かせてみせるという強い意志だけだ。


「先頭にいるのは……やっぱりフロリアだね」


「隣にいるのは月華さんですね〜」


「エリゼもいるな。流石にこの状況でいがみ合ったりはしねぇか」


 プレイヤーの集団を率いているのは、翼の騎士団のリーダーであるフロリア。その両隣に控えているのが、その側近である月華というプレイヤーと、花鳥風月のリーダーであるエリゼ。


 ジッとこちらを睨みながら、ゾロゾロと木立の奥から集まり始めるプレイヤーが揃うのを待つその姿は、まさしく『団長』という名が相応しい程の威容を備えている。



――――それならば、私もその威に応えねばならないだろう。


 私の意識にその言葉が姿を現した途端、空気感が変わったことに気付いたのか、ユーリがビクッと驚いたかのように身動ぎ、目を見開いてこちらを見てくる。



「お、お姉…………?」


「どうかしましたか?」



 私が言葉を発した途端、雰囲気が変わったことに気付くエルメ達。ただ、静かに佇んでいたヒビキだけが、この私の姿を見た上で何も言わずにいてくれる。


「お姉、その雰囲気は色々と良くない」


「大丈夫ですよ。既に何回かコレで過ごしていますからね」


 今の私は同盟の旗印である歌姫だ。ただ歌えればそれでいいというプレイヤーではない。


 私は私の意志で、世界を繋いだ同盟の要として、プレイヤーの前に立つと今決めたのだ。


「ヒビキ! お姉、今まで何回――――」


「そんなのはわからないわよ。私はヒビキであってアマネじゃない。完全な同一人物ではないんだから」


 ユーリの言葉を遮り、ただ淡々と切り捨てるヒビキ。きっと、ヒビキから見ても今の私は良くないものだと理解しているのだろう。


「ユーリ、話は後で聞きます。今は、これから起こる未来の事だけを見ていなさい」


「お姉……今の自分の状況を分かってて――――」



 そんなユーリの言葉を遮るように、覚悟を決めたプレイヤー達の咆哮が戦場に轟く。


「ガラティア」


「全員、配置についています」


「なら、タイミングは任せるわ」


 私の指示に従い、ガラティアは尖塔から飛び下りて各所に控える戦力に指示を出しに行く。






――――何せ、今回の幕引きは彼らが行うのだから。














 前哨基地跡に集まっていたプレイヤーは、全員がその手に武器を持って、正門に対峙するように横並びになった。


「改めて見ても、中々の威容だな」


「えぇ、そうですわね」


 朝日により明るくなりつつある草原と、その奥に鎮座する城壁を携えた拠点。中華の楼閣門を目指して進んだ二日目は、城壁上の射撃兵達や防衛兵器により木っ端微塵に打ち砕かれた。


 そんな壁に対して、今回は着の身着のままの装備で形振り構わず突撃しようと言うのだ。我ながら馬鹿馬鹿しくて笑いが込み上げてくる。



「いいか!!! 私達が目指すはあの門の先、ただ一つだけだ!!!」



 私の号令に、プレイヤー達の表情があっという間に覚悟を決めた者の顔に変わる。


 男も女も関係無い。職業とて戦闘向きのものではないと理解していても、その手に持った己の得物を力強く握って、眼光鋭く前を向く。



「例え勝てぬとしても一矢報いよう!!! 私達の意地を、奴らに見せつけてやるんだ!!!」






――――オォォォォォォォォォォッ!!!!!









 プレイヤー達の士気は過去類を見ない程に高まった。後は、あの壁に向かって突き進むのみ!





「全軍、突撃ッ!!! 先に逝った者達の目に、私達の勇姿を刻み込めッ!!!」







 その言葉と共に、全員が叫びながら一斉に城壁を目指して突撃する。


 私もプレイヤー達から提供された馬に乗り、一番先頭に立って草原を駆け抜けていた。


 立ち止まることはもう出来ない。ここで止まれば後続に轢き殺されるだけだし、そうでなくとも既に敵の射程圏内に私達は足を踏み入れているのだ。


 だからこそ、私達は的を絞らせぬように全員で城壁に向かって駆け出している。







――――尤も、それもまた無意味な策でしかなかったのだが。









 キラッ、と何かが輝き、それと同時に物凄い発砲音が鼓膜を破りそうな勢いで耳を襲う。


 嘶きと共に倒れ込む馬。私の体もまた、急所こそ外れているが所々に強い熱を感じている。


 地面に放り出された私が、体を襲う痛みに悶えながらも顔を上げれば、私達が何をされているのかすぐに理解出来た。






――――私達は、撃たれていた。火縄銃と呼ぶにはあまりにも近代的過ぎる銃器によって。






 恐らく、背の高い草の中に隠れていたのだろう。立ち上がった金属質なスケルトン達が、その手に持った銃器を使い私達に弾をバラ撒いている。


 情け容赦無く放たれる弾丸は、駆け抜けているプレイヤーの体を次々と撃ち抜き、その命を食らっていく。


 エリゼも、月華も、名の知らぬプレイヤー達も、騎獣も、主人に付き従うモンスターでさえも。


 皆等しく、放たれる弾丸に貫かれ、血を撒き散らしながら倒れ、そして儚く散っていく。


 そんな彼らに追い打ちをかけるように、城壁から顔を覗かせた機械的な巨人達が、その手に持った巨大な銃器を連射し、私達を薙ぎ払う。


 空からはミサイルが降り注ぎ、爆音と土煙を巻き上げながら、走っていたプレイヤー達を木っ端微塵に吹き飛ばしていく。


 我々にはそのような兵器を使う戦車や戦闘機は無いというのに、随分と過剰な戦力を持ち出してきたものだ。いや、過剰戦力なのは最初からか。


 発砲音が止めば、血に濡れた草原には私以外に動く人影は見当たらない。



「最初から、無謀な負け戦だったか」



 思わず笑いが込み上げてくるような結果だ。結局、私達は何も出来ずに地面を転がり、そして壁一つ越えられぬまま終わろうとしている。


 だが、私にも団長としての誇りがある。何より、私の背中には先に逝った者達の思いも共に背負っているのだ。


 ここで止まる訳にはいかない。そう思い、痛む体を無理矢理起こし、流血が止まらないままの状態で、取り落とした剣を再び握り直す。


 スケルトン達は構えた銃を下ろし、何処ともしれない虚空を赤い瞳でジッと見つめている。舐められているのかと思ったが、どうやらそうではないらしい。



「――――貴殿のような総大将自ら前に出るとは、身に余る光栄だな」



 私の前に降り立ったのは、黒い鎧を身に纏った厳しい武将。名こそまだわからないが、その威容や佇まいから、単なる将でないことはひと目で分かる。



『生憎と、本来の総大将は一番最奥で待っているのでな。儂は、あくまでもこの場に於ける代理よ』


「代理、か。その割には、随分と凄まじい威圧感があるものだな」


『仮にも第六天魔王と呼ばれた身故、な』



 第六天魔王。ということは、私の前にいるのはかの有名な織田信長公か。それは、私達程度の実力では敵うわけもない筈だ。


 ふらつく体を無理矢理動かし、両手で剣を構えて信長を睨む。例え勝てぬとしても、その身に一太刀くらいは入れてやろう。



『最期に言い残すことはあるか?』






「――――遺すものなど、有りはしない!!!」








 既に、遺して託せる者は先に逝った。だからこそ、私は最後までお前達に抗い続けてやる。


 力強く握り締めた剣を振り上げ、信長に向かって斬り掛かる。スキルの数々が、瀕死の体と合わさり過去類を見ない最高速で、信長に向かって剣を振り下ろそうとし――――――







『――――――見事也。故に、眠れ』





――――――ァッ………………………………






 信長の手にとても大きな刀が握られ、右から左下に向かってその切っ先が動く。


 その瞬間、私の体から噴き出す赤い鮮血。


 四肢の力が瞬く間に抜け、私の口は気合の声ではなく掠れたような微かな声だけが漏れ出ていく。


 仰向けに倒れようとする私の体。空を仰いだ私の目に、私を見て叫ぶ仲間達の幻が映り出した。












――――皆、ごめんなぁ……私は…………誰にも、勝てなかった………………























『この戦い、我らの勝利である! 勝鬨を上げよッ!!!』



 オォォォォォォォォォォォォッ!!!!!

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