第695話

 翼の騎士団のクランホームに討ち入ったのは、揃いの青い羽織を着た新選組。外には万が一の為に高杉晋作が率いる奇兵隊も控えている。


 ただ、討ち入りに関しては新選組が譲らなかった為に、奇兵隊はのんびりと観戦することと相成った。


 そんなことはさておき、討ち入った新選組は臆すること無く翼の騎士団のクランホームに突入し、武器を構え応戦しようとするプレイヤーを次々と斬り捨てていく。



「クソッ!? 新選組までいるとか聞いてねぇぞ!?」


「ウチは池田屋じゃないってばー!!!」



 翼の騎士団の建屋は三階まであり、二階から正面玄関に集まる新選組に向かって、家具や資材を投擲して抵抗するプレイヤー達。


 しかし、その程度の妨害で屈するような者は一人も居らず、降ってくる家具や資材を碌に見もせず両断するくらいの芸当をサラッと熟しながら、次々と拠点内へ踏み込んでいく。



「このっ――――ギャッ!?」


「やれやれ。他愛も無いな……」


「そう言ってやるな、伊東。そもそも、殆どの異界人の実力は妹御以下だからな」



 永倉新八に諌められる伊東甲子太郎。拠点内でプレイヤーをアッサリと斬り殺した新選組の参謀は、つまらなそうに斬り捨てたプレイヤーの死体を乗り越えて、新八と共に部屋を巡る。


 他の隊士もそうだが、プレイヤーのレベルや実力は新選組の隊士とは比にならない程の差があるのだ。


 例え相手が重い全身鎧に身を包んでいたとしても、剣の腕で鎧諸共斬り裂いたり、ほんの僅かな兜と鎧の隙間から見える喉を斬り裂いて仕留めたりと、圧倒的な実力差を以て敵を斬り伏せることが出来た。


 だからこそ、新選組でも上位の使い手である甲子太郎や新八等の隊士からしたら、プレイヤーの相手はハッキリ言ってあくびが出る程簡単なものなのだ。


「結晶の場所はわかってるのか?」


「まだだ。って言っても、ここから異界人を片っ端から斬り捨てて追い出しちまえば、後は楽に探せるだろうさ」


 翼の騎士団等の大手クランの内部に忍び込む事だけは調査部隊も避けていたが、これは人数が多い分居残り組やリスポーンしたプレイヤーの数が多くなる為に、それらのプレイヤーとうっかり遭遇して事が露見する事を避けたからだとか。


 片付けてしまえばそれでいいだろうとも思っていたが、相手は無限の命を有するプレイヤーであるが故に、例え仕留めたとしても暫く経てば蘇って襲撃された事を広めようとする。


 そうなれば、隠されている結晶の位置を別の場所に置き換えるような対策をされる可能性もあった為、調査部隊の安全策に理解を示したのだ。


「とはいえ、隠せる場所もかなり多そうだからなぁ……」


「床下、天井裏、柱や壁の中。タンス等の家具類も確認しなきゃならんし、隠し扉があればその先に例の結晶が置かれている可能性もある。誰かが見つけていれば、後はかなり楽なんだがな」


 今回の夜襲に於いて、襲撃している者達にはクランホームに置かれているクリスタルの回収が義務付けられている。


 ぶっちゃけ、回収しなくても壊すだけでクランに得点が入るのだが、それだとなんか負けたような感じがするということで、いつの間にか無傷で持ち帰る事が全員の共通認識になっていた。


 そういう意味では、火計も実はそれ程悪い手ではなく、クリスタルの耐久値的な意味で単なる火程度で損傷を受けない事も功を奏して、拠点を焼き討ちにしてもその焼跡に残った瓦礫の中から発掘して回収出来るのだ。


「まぁ、適当に斬りながら探すとするかね……」


「そうしとけ。何事も地道にやるのが一番だ」














 地上はもう駄目だろう。隠し扉からクリスタルを安置している地下室に入ったが、此処もいつ彼らに見つかってもおかしくはない。


「団長、ここももう危ないです。早く此処を出る準備をしてください」


「……ヨツハ。残る団員は?」


 苦々しい表情を浮かべる団長。単なるプレイヤーなら兎も角、新選組を名乗る相手と正面から戦って勝てない事は彼女自身、十分に理解していた。


 だからと言って、この劣勢の戦いから逃げるということもしたがらない。勝ち戦でも負け戦でも、戦えるなら戦うというのが団長であるフロリアの気質なのだから。


「一番隊隊長のゲイルドさんが、盾役全員で廊下に並んで遅滞戦術を行っています。二番隊と三番隊は、正面玄関での戦いに身を投じて、そのまま……」


「四番隊と五番隊は拠点内で敵と交戦しているのは把握しています。ただ、その他の部隊は……」


「恐らく、大なり小なり新選組に斬られているかと。探せば何処かに残存する隊員はいるでしょうが、隊長となると討たれた可能性の方が高いと思います」


「…………そうか」


 団長の補佐をしている月華つきはさんと私の言葉に、より一層気を落とす団長。このイベントが始まってから、色々と予想外の展開が続いていた。


「なら、私からの最後の命令だ。生き残っている団員を全員連れて、前哨基地に向かえ」


「…………団長は?」











「――――私は、翼の騎士団の団長だ。上に立つ私がそそくさと逃げたら、先に逝った者に顔向けできない」




 そう言って、地下室に設置しているクリスタルを軽く撫でると、微かな笑みを浮かべてこちらをジッと見る団長。


 戦国時代風に言うのなら、城を枕に……ってところだろうか。団長としての誇りを垣間見ると同時に、絶妙な不器用さに思わず笑いそうになってしまう。



「そうですか。なら、私はここに残りますよ」


「……付き合わなくていい。これは、あくまでも私のワガママみたいなくだらない矜持だ」


「そんなの今更です。寧ろ、そのくだらない矜持が好き過ぎて、私達は貴方の後ろを歩き続けていたんですから」



 前々から団長が「今の自分は皆の長に相応しいんだろうか」と、そんな言葉を零しながら一人で鍛錬しているのを知っている。


 ハッキリ言って馬鹿みたいな悩みだ。団長に相応しくないと言うのなら、今よりもっと早い段階で団長の座から引き摺り下ろしている。


 でも、誰も彼もそれを口に出さないどころか、団長の事をクランのトップとして認め、前を歩くことを許しているのだ。


 その時点で、クランの団長という肩書や役職に見合わないなんてことは無い。残念な団長は、それが今一つ理解出来ていないんだけどね。



「私もお供しますよ。何せ、貴方の参謀なんですから」


「悪いな、月華。この礼は必ず――――」






「では、団長は任せます。月華さん」


「えぇ、任されました」







 パチン、という電撃の音と共に、驚愕に顔を歪めた団長が崩れ落ちる。


 その体を持ち上げる月華さん。クリーム色の長髪と華奢な体という一見して非力そうな姿だが、下手な前衛よりも力がある。ウチでは見た目詐欺と呼んでいるが、それを口に出すと締められるのでやめておこう。



「な、ぜ……?」


「言ったでしょ。私『は』ここに残るって」


「私もお供すると言いましたが、何処にとまでは言っていませんからね」



 そのまま、団長を担いで隠し通路の奥に消えていく月華さん。通路は裏の壁の一部に設けた隠し扉に繋がっているので、月華さんなら上手く目を盗んで抜け出すことも出来るだろう。


 まぁ、新選組と戦いたい、という思いが無いわけではない。ただ、それ以上に団長をここで失うわけにはいかないというのが、その思いを上回った。それだけの話なのだ。


 その為だけに、私はそこまで上手くない芝居をして、そして月華さんに団長を託して、時間稼ぎの足止めをすると決めた。



「……余韻に浸るのは終わったか?」


「……えぇ、お待たせ致しました」



 ずっと前から、この部屋の前で待っていた一人の男。薄暗い廊下から姿を現したその男は、新選組の青い羽織を着て、長い刀を肩に担いでこの部屋に入ってくる。



「団長を見逃してくださり、ありがとうございます」


「ま、覚悟決めた相手に横槍入れて水ぶっ掛けるような真似は出来やしねぇからな」



 ハッキリ言って悪人面。新選組の隊士と言うには、些か癖も強そうだし非道な手も使ってきそうな、明らかに強いと分かる侍。


 ただ、そんな様相の男でも場の空気を読むことは出来るらしい。



「あの団長さんを追ってもいいんだぞ?」


「いいえ。私は、此処に残るって約束しちゃいましたからね」



 そう言って、脇差を抜いて構える。勝てる未来は見えないが、そもそもここが死地なのだから未来など見えなくて当然の話。



「翼の騎士団所属、ヨツハ」



「……覚えておこう。んで、ガラじゃねぇがこの矜持にも付き合ってやるさ」




 相手の男も、担いでいた抜き身の刃を肩から下ろし、ニヤリと笑いながらその口を開く。




「――――新選組元筆頭局長、芹沢鴨」
















「――――いざ!!!」




「――――尋常に!!!」







――――――――――勝負!!!!!




















「――――芹沢さん、此処にいたんすね」


 俺が刀を納めていると、漸く来やがった錦の奴が、飄々としながら廊下の奥から歩いてくる。


「遅ぇぞ、錦」


「いや、酷いなぁ……これでも真面目にやってたんスよ? 隠れてる残党とかいないかな〜って……」


 ニヤニヤとした笑みを浮かべて語る錦。それが、俺の顔を見た途端に黙り、そして真剣な眼差しに切り替えて改めて口を開く。


「芹沢さん、その傷は…………」


「慣れねぇ事はするもんじゃねぇな。ま、ヤキが回っただけかもしれねぇけどよ」








「……そうっスか。満足出来たようで何よりですよ」





「知るか。それと、何もしてねぇんだからコイツはお前が担いで持って帰れよ?」






――――そう言って笑う芹沢鴨の頬には、とても小さな切り傷が微かに血を滴らせていた。

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