第768話
法王陛下との対談を終えた私は、大聖堂の一角に設けられた客室で一夜を過ごし、何事もなく翌朝を迎えていた。
寝ている間に来ていたユーリ達のメッセージを流し読みつつ、用意された朝食を食べ終えて会議場となる広間へ向かう。
「ここから先はアマネだけで行ってくれ。何かあれば、隣の部屋からすぐに駆けつける」
「大丈夫ですよ。頼りになる騎士がいるのなら、万が一のことも早々起こりませんでしょうから」
モードレッドと若干の歌姫モードで話しつつ、広間の中に私一人で入る。モードレッドは隣に用意されている護衛用の控室で待機することになる。
とはいえ、帝国が滅びたお陰で暗殺者が来るようなことはもう無いし、帝国の使者が交渉の場で剣を抜くようなことも、交渉相手を殺そうとするようなことももう起きない。
「……っ! あ、貴女は!」
そんな事を考えながら広間に入れば、奥側の席に三人の女性が座って仲良く歓談している姿が見え、その内白い服に身を包んだ女性が私を見て驚愕の声を漏らす。
まぁ、その女性が誰なのか検討はついているし、何ならフランガ王国で一度会ってもいる。というか、あの人が聖女様で間違いはないだろう。
「あまり言葉を交わした訳では無いですけど……取り敢えず、お久し振りです、と言った方がよろしいでしょうか?」
「と、とんでもありません! あの時は、私の身代わりにしてしまい申し訳ありませんでした!」
近くの席にお邪魔させてもらうと、聖女様は私を見て椅子から立ち上がり、すぐに大きく頭を下げて礼をする。
初めて会った時から薄々わかってはいた事が、やっぱり聖女様は純真無垢というか、かなり素直な部分が多いらしい。一応、聖女の身分は聖教国では軽くない筈だが、そんな事を気にすることもなければ戸惑うこともなく頭を下げている。
「マリー、先に名前を名乗らないと……」
「あっ!? そ、そうでしたね! 私は聖教国の聖女で、マリアステラと申します!」
私が席に座っても頭を下げっぱなしの聖女様に、そっと耳打ちするティリエラ王女。それで名前を名乗っていないことに気付いたのか、慌てて頭を上げて名前を名乗る。
聖女様の名前はマリアステラ。ティリエラ王女はマリーと呼んでいたが、多分これは愛称なんだろう。
「御存知かとは思いますが、私は歌姫のアマネと申します。ティリエラ王女もお久し振りですね」
「あ、あぁ、そうですね。まさか、闘技大会で名工と共に観戦していた貴女が、反帝国を掲げる同盟の旗印だとは思いも寄りませんでした」
緊張からかちょっと硬くなっているティリエラの姿にちょっと笑いそうになるが、もしかしたらこの歌姫モードが圧を掛けてしまっているのかもしれない。
そう思って少し気を緩めると、明らかに雰囲気が変わったのを感じたのか、マリーもティリエラもちょっと目を見開いてこちらをジッと見つめていた。
「流石に御偉方が集まる席だから、それ相応の雰囲気で過ごそうと思ってたんですよね。ただ、ちょっと圧が強かったかな?」
「あ、そういうことか……」
「確かに、歌姫の名が本物の王族が名乗る名のように感じましたわね……」
そう言って胸を撫で下ろす、水色の肌の女性。魚の鱗やヒレらしきものが見えているから、多分オルンテス共和国の方なのだろう。
「さて、私はアマネ様とははじめましてですね。オルンテス共和国の女王でアローネと申します」
「はじめまして、アローネ様。オルンテス共和国には一度足を運んだことがありましたが、サンゴの王城が実に美しかったことを覚えております」
「え、そうだったのですか!?」
私がオルンテス共和国を訪れていたことを知って驚くアローネ。多分だけど、オルンテス共和国の衛兵達の間ではそれなりに伝わっていて、女王であるアローネにまではその情報が届いていなかったのではないかと思われる。
まぁ、歌姫とはいえプレイヤー。彼らからしたら異界人と呼ばれている人間なわけだし、一々それで上に報告していたら、ハッキリ言って普段の業務に支障が出てしまうだろう。
「……今度から、異界人であっても高位職の者はリストにまとめるなり何なりして、私に報告するように義務付けましょうか」
「当面はそれでいいんじゃないですかね。暫くしたら、
「御冗談を………………冗談、ですよね?」
さて、それが冗談で収まるかどうかは私にはわからない。少なくとも、英霊達に鍛えられたりモードレッド達に鍛えられたりすれば、ほぼ確実に上位の職業にクラスチェンジ出来るのではないかと思っているけどね。
「――おや、少し待たせてしまったか?」
「いえ、私共が早過ぎただけですよ。それと、お久し振りですね」
「そうであるな。アマネがスメラミコト、そして我が国レン国にまで来たのがつい先日のことのように感じられるのにな」
そんな中、広間に到着したのはスメラミコトの将軍徳川慶喜公と、レン国の武則天様だ。
自国の様式に合わせた和装姿の慶喜公に、礼装である赤を基調とした金糸の刺繍が施されたチャイナドレスに身を包んだ武則天様は、最後に会った時から変わらず息災であったようだ。
「おっと、これは少しばかり出遅れたか?」
「いえ、我らもつい先程来たばかりでしてな。先に来ていたのはこちらの美姫達で御座いますよ」
「おぉ、そうだったか! 遅刻でもしたかと無駄に焦ってしまったわ!」
続いて入ってきたのは、ウォルクの王であるギルガメッシュ。金を基調とした衣服は、その派手さでギルガメッシュの威風を支える引き立て役に成り果てていた。
「やれやれ、若人は元気で良いですな。儂など、そろそろ腰が痛くて早く倅に代替わりしたいところですぞ」
「かのヴェラージの国王が何を言う。寧ろ、代替わりがしたいならばこの場にその倅を出席させればよい話であろう?」
「おっと、流石にアラプトの女帝には通用しないか。まぁ、外交面はある程度鍛えられておるからな。儂不在の時の内政を経験させれば、すぐにでも倅に座を明け渡す事ができるだろうさ」
「それも、己が現役の間は譲る気がなかろう?」
「そりゃ当然よ! 尤も、仕事は倅にどんどん押し付けるつもりでいるがな!」
次に入ってきたのは、アラプト王国のクレオパトラ様とヴェラージのアクバル王。
クレオパトラ様は美しい装飾品を身に着けたエジプト風のドレス姿で、アクバル王は孔雀の羽根のような意匠の礼装に青いターバンを巻いた姿で来ている。
「ハッハッハッ! 少々出遅れたようだが、その分面白いものが見れたな!」
「私としては、そのアクバルの御子息に少々同情しますけどね。何せ、私もワシントン前大統領に色々と押し付けられた身ですから」
そして、二人の会話を聞いていたケーニカンスのライオネル王が笑い、マルテニカ連邦のリンカーン大統領が苦笑気味にそう答える。
ライオネル王は黒に近い紺色の礼服を纏い、その金に近い色合いのたてがみと合わせている。正直に言うと、見ていて夜明けの太陽のイメージが脳裏に浮かんだ。
そしてリンカーン大統領は黒いスーツ姿。黒の蝶ネクタイにスーツ、黒の革靴で完全にリンカーン大統領だとわかるような服装をしている。
「あらあら、皆様お揃いで」
「これは少しばかりのんびりとし過ぎたかな?」
「言ってもまだ始まる時間の前だ。遅過ぎるということはないだろう」
最後に入ってきたのは、キャメロット騎士国のグィネヴィア女王陛下と、ノルド皇国のイヴァン陛下。そしてマギストスのカール大帝ことシャルルマーニュ陛下だ。
グィネヴィア女王陛下は白銀のドレス姿で来ていて、イヴァン陛下は青の礼装。シャルルマーニュ陛下は藍色の礼服で堂々と広間に入ってきている。
「こうして平和な時に、名のある皆々様と一堂に会する事ができたのは幸いですね」
「だな。尤も、今はその平和な時を完成させる為にこうして揃ったわけだがな」
そう言って笑うライオネル王。他の皆も、私の言葉を聞いて柔らかな笑みを浮かべている。
「さて、少々早いが人も揃ったわけであるし、未来に向けた会議を始めるとしようか」
――――こうして、シャルルマーニュ陛下が会議の開始を宣言した事により、後に『王皇会議』と呼ばれることになる大きな会議が始まることとなった。
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