第767話

 データ組が運営の権限の大半を奪取したことにより、この世界の根幹に関わる部分。特にプレイヤーやNPCのデータ関係に関しては完全に掌握していることにより、運営が運営じゃなくなっている今現在。


「それで!? このサーバー、何万人くらい受け入れられそうなの!?」


『予定として十万人で、実際にはその中で素行が悪そうな人を予め隔離するから、参加希望者のうち十一万から十二万くらいは希望欄から減らせるかも!』


「あぁ……これで漸く他の支部の嘲笑に耐える生活が終わりを迎えるのね……!」


「つっても、バレたら一発アウトなのは変わらないんスけどね」


 裏で頑張って作業していたデータ組の報告に、喜色満面の笑みを浮かべる主任。開発班の人の冷水さえ跳ね除けた主任には、何を言っても効き目が無さそうだ。


「どうせなら、お姉を全面的に出したPVを撮影したらいいのに」


「……それは諸刃の剣なんスよね。アマネさんの歌声を使うと、ほぼ間違いなく参加希望者の数が跳ね上がりますから」


「確かに、アマネさんの歌声を聴いてしまえば魅了された人が大勢集まってきそうですね~」


 タダでさえ今は参加希望者の予約で一杯なのに、そこにさらなる予約を追加したら、データ組の助力があるとしても拡張が追いつかなくなってしまう。


 これまでのイベントのPVは私抜きで、その状態でも相当な人数の予約が殺到したわけだから、もし私が歌うPVが公開されたら、その時点で今までとは比にならない規模の予約が殺到することになるだろう。


『アマネにはそれ関係の話も進めて欲しい。流石にそっちの伝手は無いからさ』


「新規プレイヤーの参入ってなると、フランガ王国とマルテニカ連邦が一番影響を受けるだろうね」


「それと、入植地という意味では隣の旧帝国領か。一から開拓するというのも、一部のプレイヤーが興味をしてしているからな」


 ユーリとフロリアの言う通り、新しくプレイヤーが増えるとなったら、初期地であるフランガ王国とその次に足を運ぶことになるマルテニカ連邦には話を通した方がいいだろう。


 いきなり何万人ものプレイヤーがフランガ王国に来たら、その時点で王国内がプレイヤーでパンクしてもおかしくはない。


 第一陣にそのような影響が無かったのは、ベータ版から製品版となった際のボーナスを得ているプレイヤーと、完全新規のプレイヤーで半々くらいの比率だったから、ベータ版経験者によるルート作りが成されていた。


 ただ、第二陣にはそのベータ版に参加していたプレイヤーが一切居らず、第一陣のプレイヤーがある程度サポートしたり道筋を立てないと、ほぼ確実に周辺地域をパンクさせて終わることになる。


「ウチのクランホームをプレイヤーに開放するっていうのも、そう考えると悪くない策なのよね」


「ん。師事出来るかどうかは別として、歴戦の猛者達とある程度の場所まで一緒に旅出来れば、それで自立する術を得られる」


「それが一番丸く収まりそうだな……てか、推定で十万人近くの異界人が来んのかよ……」


「最初期からいる異界人は大体マルテニカに行けるのが幸いしてるね。それはそれで、新たに現れる異界人の対処は大変そうだけど」


 この世界のルールや常識などを知らないプレイヤーが万人単位で来るのだから、今のうちから体制作りを始めないとフランガ王国が根幹からプレイヤーの影響で傾いてしまう。


 まぁ、今回の会議でフランガ王国のティリエラ王女が来ると聞いているし、彼女に予め伝えておけばきっとフランガ王国の方でも動いてくれるだろう。


「取り敢えず、今回はそろそろ日が暮れる。アマネは先に大聖堂で司教なりシスターなりに取り次いで、ゆっくり休んでくるといい」


「それじゃぁ、アマネの護衛は僕に任せてくれ。これでも一応、キャメロットの王族に連なる者だからね」


「じゃ、俺達はユーリ達が泊まれる場所を探すとすっかな!」


 ということで、私とモードレッドは大聖堂へ向かい、他の皆は一夜を過ごす宿を探しに行く。主任と開発班の人はログアウトしたのか、いつの間にか跡も残さず帰ってしまっていた。
















 大聖堂へ向かうと、私とモードレッドは出迎えてくれた司祭やシスターの人達に、大聖堂の一番上にある法王の部屋へと案内された。


「まさか、法王様が直接会いたいって言ってくるとは思いませんでしたね」


「当代法王陛下はかなりの御高齢と聞いている。それこそ、何があっても良いように後任を予め決めておく程だとね」


 聖教国の法王は既に齢百を越えていて、近々二百に達するのではないかと囁かれている程の御高齢だ。


 なんでも、血筋として人間とエルフのハーフであるらしく、母方のエルフの血が残っているお陰でここまで長生きが出来ているらしい。


 そんな事を考えていると、法王の部屋に詰めていた側近らしき女性が、ゆっくりと扉を開けて中に入るように促す。


「失礼致します」


「よく来てくれたね、アマネ」


 部屋の中で待っていたのは、光の守護龍である人型のランティラストと、そのランティラストの隣でお茶を入れるシワだらけの老爺。恐らく、このお爺さんが法王陛下なのだろう。


「さ、座ってくれ。モードレッドも」


「では、遠慮無く……」


 華美なソファーに座っているランティラストに促されて、私も対面に置かれたソファーにモードレッドと一緒に腰を掛ける。


「……どうぞ。キャメロットから頂いた紅茶ですよ」


「ありがとうございます」


 それとほぼ同じくらいに、法王陛下も温かな湯気を漂わせるティーカップを私達の前に出してくれる。


 その香りはとても良く、キャメロット産の高級品であることがそれだけですぐに理解出来た。


「……美味しい」


「ふふ、それはよかった。ランティラスト様にはよくお出ししていますが、若い歌姫様に趣向が合うかどうかがわからなかったのです」


 柔らかな笑みを浮かべる法王陛下。そこから感じられるのは、孫娘を見つめる祖父のような温かさ。


 モードレッドも同じような感覚を抱いているのか、その雰囲気がかなり緩いものに変わっている。


「改めて、私はこの国の法王でアルドマートと申します。そして、我が教徒の不始末に関わりなきアマネ殿に蹴りをつけて頂いたこと、誠に申し訳なく」


「いえ、お気になさらず。何れにしろ、帝国とは雌雄を決する時が来ていたでしょうから」


 遅かれ早かれ、帝国は更地になっていた。そう考えれば、偶々私がその時を刻む時計の針を早めただけであって、私に謝るような必要性は無い。


「では、これは私の曾孫の身代わりになったことの謝罪として受け取ってくだされ。貴女があの孤児院で逃がしてくれた彼女は、私の曾孫なのですよ」


「……もしや、あの時の聖女様の!」


 ニッコリと笑う法王陛下の姿を見て、私の中で色々と合点がいった。自分の身内を救われたとあれば、確かにこうした場を設けて御礼の一つは言いたくなるものだろう。


「既に息子や孫娘は先に逝ってしまいましたが、孫娘が生んだ彼女には未来を見ておりました。故に、彼女まで喪えば、私は己の無力さを許すことが出来なかったでしょう」


 法王陛下の子や孫は、皆ゼウスらと帝国の魔の手によって先に亡くなっており、忘れ形見とも呼べる若き聖女だけが、法王陛下の親族であると言えるのだとか。


 その聖女様もまた、法王陛下が崩御した際には将来の伴侶である婚約者と共に国政を執り行う者となり、聖教国という国の未来を担う立場になるんだとか。


「まぁ、崩御と言っても二十年くらいはまだ余裕で働けるんだろう?」


「そうでございますね。私の身命に終の時を与えられるであろう帝国とその神も、既に過去のものと成り果てましたからな」


 ランティラストの言葉にそう返す法王陛下。確かに、帝国とそこの悪神がいなくなれば色々と寿命も延びるというものか。


 とはいえ高齢なことには変わりなく、流行り病や急な病により亡くなる可能性もなくはない。それ故に、明日予定されている会議には曾孫である聖女様が出席するのだとか。


「まだ私が尻拭い出来るうちに、彼女にもそれ相応の経験を積ませてあげたいですからね」


「そうですか。では、明日の会議を楽しみに致しましょうか」


「是非、そうしていただければと思います。特に、今回は彼女の親友であるフランガ王国のティリエラ王女もいらっしゃる。未来ある若人の慌てふためく姿を、裏でこっそり見させてもらいますよ」


 そう言ってにこやかに笑う法王陛下。後でランティラストから聞いた話だけど、法王陛下って隠形や隠密の技能が高いらしく、今でも自国の諜報部隊の指導をすることがあるらしい。


…………法王陛下って、もしかして今の立場になる前って……いや、考えるのはやめておこう。下手なことを考えると消されそうだ。特にこの国が。

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