第763話
ちょっとブカブカになった革鎧を身に着けたホルスタウロスは、クルリとその場で回って自分の体を興味深そうに見回している。
どうやら、自分の体が変わったことにちょっと驚きつつも興味津々であるらしい。
でも、少し体を動かしたら飽きたのか、そのまま再びアステリオスを見て抱き着こうとし、その手に持った戦鎚が邪魔なことにどうしようかと顔を顰めさせていた。
「……えっと、こうすればいいカ?」
アステリオスも最初はどうしようかと困惑していたようだが、ホルスタウロスに敵意がないことを理解すると警戒を解き、ワタワタしているその体を片手で抱っこして持ち上げる。
そして、そのまま片手だけで肩にホルスタウロスの体を軽々と乗せて、持っていた戦鎚を代わりに持ってあげてもいた。
「お〜!」
両手が空いたことでニパッと笑うホルスタウロス。そのままアステリオスの頭をギュッ抱き締めているのだが、革鎧越しでも分かる胸部装甲が後頭部にモロに当たっているように見えるのは、多分私の気の所為ではないだろう。
「……アマネ、またやらかしたわね」
「やらかしたとは失礼な……ちょっと後押ししてあげただけですよ?」
「それで種族を歪めてる時点でちょっとの範疇を超えていると思うんだよな」
先程までぐっすり寝てたと思ったのに、私の歌で起きたのか全員が私とアステリオス、そしてその上に乗っているホルスタウロスに目を向けている。
「お姉……ちょっとのレベルがおかしくない?」
「種族も変わってるし二つ名まで付いちまってるんだが?」
友人帳のページ内容が切り替わっているのだが、ホルスタウロスから改めて『白牛の乙女』ウィンという名前に変わってしまっている。
真っ白なショートヘアが可愛らしい少女になったからか、ホルスタイン特有の白黒は無くなってしまったようだが、アステリオスを慕っているみたいだし別にいいよね?
「人になったばかりで喋ることに慣れていないのね。まぁ、アステリオスと一緒に過ごしていれば、自然と言葉を覚えていくでしょう」
『それにしても、とても綺麗な肌ですね。髪も肌も美しい白ですよ』
ジャンヌの言う通り、ウィンの容姿は悪い連中が湧きそうな程に美しく愛らしいものになっていた。帝国の貴族が生きていれば、彼女を捕まえようと考える輩が絶対に出てくると言える程だ。
ただまぁ、既に帝国の人は滅びたし、仮に手を出そうものならばウィンの戦鎚が唸りを上げるだろう。その前に、アステリオスが片っ端から轢き潰しそうだけどね。
『仲睦まじいのはいいことだ。守るべきものが出来ることは己にさらなる力を与えてくれるからな』
そう言って、ブリュンヒルデとリビングモーフから頭を出したアスラウグを見るシグルド。英雄の言葉の重みってホントに凄いね。
何にせよ、アステリオスにウィンという可愛らしい女の子がくっついているので、色々な意味で春が訪れるのは間違い無いだろう。
「……ところで、私も仮眠をとっても大丈夫ですかね?」
「あぁ、うん。問題無いよ。何かあったら起こすから、ゆっくり眠っておきな」
さて、モードレッドの許可も貰ったので、眠気で頭が痛くなってきた私はモーフの中でぐっすり眠らせてもらおうか。
多分、時間にして一時間くらいだろうか。ぐっすりと仮眠をとらせてもらった結果、私の頭は物凄くクリアになっている。
「おや、おはよう。よく眠れたようだな」
「えぇ、ぐっすり眠らせてもらいました」
リビングモーフの中から出てくると、読書中のオデュッセウスがサブストレントに背を預けながら目覚めの挨拶をしてくれた。
「……他の皆は?」
「異界人がアベンジャーと呼んでいるモンスターが湧いたものでな。現地の者が襲われる危険性があったので、アマネの守役となった私以外全員で倒しに向かっている」
どうやら、プレイヤーの誰かがアベンジャーを湧かせてしまったらしい。流石にノルドで出てきたアベンジャークラスではないだろうが、それでもそれ相応の強さがあるのだろう。
周りを見てみれば、他のプレイヤーや英霊達がそのアベンジャーがいると思わしき方向へ、百鬼夜行の中から離脱して移動する姿が目に入った。
「まぁ、ここの面々なら相手が何であっても問題は無いですかね」
「そうだな。竜殺しの英雄たるシグルドや吸血王の子孫であるルジェ、神の転生体たるゴリアテ。他の者も十分な使い手である以上、単なる獣がその命を奪うことなど出来はしないさ」
アステリオスとウィンの姿も見えないので、二人も一緒にアベンジャーをしばき倒しに行っているのだろう。
パワータイプの近接役が充実しているのだから、並大抵のアベンジャーではそのまま力押しで討ち取られると思う。
「それよりも、アマネは集まってきている面々の相手をしてやってくれ」
「あぁ、はい。確かにそうですね」
友人帳を開いて見てみると、新たにキノコ岩の街道というエリアが地図部分に追加され、そこにまた新しいモンスターの名前が記されていた。
それを見ながら周りも見てみると、確かにそのリストにあるモンスターがあちらこちらで姿を現しているのが確認できる。
まず最初に目に入ったのは、マッシュロックという岩のモンスター。見た目は岩のようなキノコだが、菌類ではなくゴーレムのようなモンスターであるため、キノコの見た目をした岩というのが正しい。
くねくねピョコピョコと跳ねて移動しているが、その材質は岩なので物理攻撃にはめちゃくちゃ強い。
その動きから柔らかいものだと誤認した人は、最終的に剣や槍をマッシュロックに壊されて、ついでにタックルを食らって骨がイかれるまでが一連の流れとなるらしい。
そして、周りに点在しているモンスターではないキノコ型の巨大な岩。そこに穴を開けて暮らしている岩穴モグラというモンスターも、その巣穴から顔を出してこちらを見ていた。
岩穴モグラは硬い岩盤にすら穴を開けて巣を作る厄介者のモンスターで、過去には城壁に穴を開けて巣を作った個体もいるそうだ。
その爪の硬さは相当なもので、金属鎧でも引っ掻かれたらそのままバラバラにされてしまう可能性があるらしい。
尤も、多少臆病ではあるが大人しいモンスターではあるため、こちらから手出ししなければ敵対はしないそうだが。
「これは、スケルトンじゃないんですよね?」
「あぁ、そうだとも」
そんな中、日中でも元気に歩いているフェイクボーンというモンスター。これ、見た目はスケルトンだがマッシュロックと同じ岩のモンスターである。
白い石灰岩が骨の形になっているだけであって、実際にはその骨に見える部分全てが岩製。武器を持たないのも、自分の体で殴った方がダメージになるからという理由がある。
勿論、アンデッドではないので聖なる魔法などで浄化しようとしても何も起こらない。で、動揺した若手の僧侶がボコボコにされるまでが定番なんだとか。
そして、その骨の形をした岩の内側に張り付いているのは、
臆病な性格ではあるが、縄張りに入った相手を追い出そうと兎に角トゲトゲした甲殻で体当たりしてくるのでその名が付いている。
勿論、その甲殻はめちゃくちゃ硬く、トゲは革鎧くらいなら貫通できるくらいの鋭さもあるので、下手に手を出すと痛い目を見るモンスターの代名詞とも呼ばれているそうだ。
「……あれは亜竜種ですかね?」
「ロックドレイクだな。気性が荒く、敵や獲物を見つけたらガンガン攻め立てる亜竜だ」
そうしてゆっくりと他のモンスターを見ていると、この街道周辺を縄張りとするボスらしきモンスターがゆっくりと姿を現す。
名前はロックドレイク。岩のような鱗に覆われた肉食恐竜のような二足歩行の亜竜種で、後で調べたらケラトサウルスという恐竜に見た目はそっくりだった。
硬い装甲に覆われたロックドレイクは当然肉食で、走行スピードもかなり速い。そして、何よりその硬い装甲を活かしたタックルで大型の獲物も仕留めるというのだから、かなり危険な亜竜種であると言える。
生息地域は主に岩場が多いらしく、ここもキノコ型の岩が点在していることから縄張りとしているのだろうと、オデュッセウスはそう言っていた。
「とは言っても、流石にこの隊列には喧嘩を売ってきたりしないんですね」
「装甲と言っても岩だからな。鼻の上の一本角も硬い岩だが、ここのモンスターからしたら木の枝を圧し折る程度の労力で折ることが出来るだろう」
尚、プレイヤー相手ならダメージを気にせず無双出来るモンスターのようです。
何故それがわかるかと言ったら、大人しいモンスターと勘違いしたプレイヤーが、何故か不用意に近付いた事件が後々起きてしまいましてね……
肉食恐竜の見た目なんだから、不用意に近付いたら食われるってわからないのかな?
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