第762話

 湖畔での昼休憩を終えた私達は、再びランドトータスの背中に乗ってゆっくりと聖教国の首都目指して進んでいた。


 尤も、背中に乗るユーリ達は満腹になったことで大分眠くなってきている様子。先程からずっと欠伸が止まらないので、こっちまで眠くなってくる。


「眠いなら少し眠ったら? 何かあったら私達で起こしてあげるからさ」


「ん〜……じゃぁ、ちょっとだけ眠るね……」


 そう言って、サブストレントの根本で丸くなろうとするユーリ。ネコみたいでちょっと笑いそうになったが、眠気を察知するとこういう時にはあの子が来て――――






――――――モッファァァァァァァァァァン…………





「モガフッ!?」


「お、親方ァ!!! 空から毛布が!?」


「風に飛ばされた洗濯物かな?」


 近くのプレイヤーが、上から振ってきたリビングモーフを見てそんな言葉を発する。空から毛布って、強風に飛ばされた洗濯物としか思えないんだけど。


 まぁ、それはさておきだ。リビングモーフの襲来により、丸くなっていたユーリは避ける間もなくそのモフモフとした毛に飲み込まれていく。


 ちょっと声が漏れたけど、モフモフボディだから多分ダメージは入っていない筈だ。というか、毛布に押し潰されて死亡は色々と不甲斐無く感じるからやめてほしい。


「リビングモーフ……一体何処から飛んできたんだ?」


「考えられるとしたら、ワイバーンみたいな大型のモンスターの背中から降りてきたってくらいだが……」


「そんなん重量で逝くだろ。城壁上から石を落っことすようなもんだぞ、それ」


 リビングモーフの大きさはかなりのもので、最大サイズは一般的な学校の教室と同じくらいの大きさにまでなれる。


 その状態でモフッとユーリの上に落ちてきたのだから、確かに重量などを考えれば投石と同レベルの破壊力があったとしてもおかしくはないのだが……


「モンスターと言っても毛布だから、風の抵抗で勢いが殺されたんですかね?」


「「「あぁ…………」」」


 モッフモフのリビングモーフは巨大な毛布。幾ら大きくて重量があると言っても、体を広げて降りてくれば空気抵抗で勢いはかなり減速される筈だ。


 さて、そんなリビングモーフだが、現在ランドトータスの背中で女性陣をモグモグモフモフしている。


「ちょ、待っ!?」


「ングッ!?」


 まず真っ先にやられたのはルテラとエリゼ。ヘイトを集めやすい性質はリビングモーフにも有効らしく、二人共頭からモグモグモフモフされている。


「あー……こりゃ、抵抗するだけ無駄だな」


「ん。中でゆっくり寝る」


「私も少し眠いですからね〜」


「いや、なんで平然としていられる……うわっ!?」


 続いて、エルメと弓月、恋華が自らリビングモーフの口……口? まぁ口でいいか。口の中に飛び込んでいって、困惑していたフロリアが口の中から伸びた柔毛に絡め取られて飲み込まれていった。


「私もダ〜イブッ!!!」


『あらあら……本当に仕方のない子ね』


『ふふ、元気でいいじゃないですか』


 モゴモゴしているリビングモーフに飛び込むアスラウグも、ゆっくりとそのモフモフボディの中へと沈み込んでいく。


 それを苦笑気味に見つめるブリュンヒルデと、逆に元気でいいと褒めるジャンヌ。二人も少し眠いのか、リビングモーフに寄り掛かってゆっくりし始める。


「あら、お昼寝の時間? 私も使っていいのかしら?」


「大丈夫ですよ。その感じですと、先頭の方は問題無かったみたいですね」


「そうね。一気に大勢のモンスターや英霊が集まって若干の混乱は生まれているけれど、アマネが懐っこくしてくれているお陰で受け入れられているわ」


 先頭の方の様子を見に行ってくれたレンファも、リビングモーフに寄り掛かりながら、首都の様子を軽く語ってくれる。


 聖教国の首都では、急に集まったモンスターの大群によって多少の混乱が起きているらしい。


 尤も、事前に聖教国を拠点とする守護龍のランティラストが上層部に伝えていたことで、その混乱もかなり抑えられ、そして収束している。


 英霊達がモンスター達とも親しくしているのも悪くなかったのだろう。首都の混乱は一転して治安の良化という形に変わっていってるそうだ。


「モンスターが彷徨いていることで犯罪者が表に出難くなってるのよ。下手なことをしたら、自分達がその爪牙の餌食になるとわかっているからでしょうね」


「中には子守をしている子もいるみたいですし、悪い人は何も出来ないでしょうね」


 友人帳のページを捲って見ていれば、聖教国に着いた子達が都市の子供達と遊んでいる写真がチラホラと出てくる。


 どうやら、大人からしたら怖いモンスターも子供達にとってはとても良い遊び相手になっているらしい。


「じゃ、頑張ってくれたレンファさんに一曲歌ってあげましょうか」


「あら、それはありがたいわね」


 ガイスターをギターに変えた私は、軽いチューニングと共にゆっくりと歌声を震わせる。


 牧歌的な旅路なのだから、歌ものんびりとしたお昼寝な最適なものにしよう。そう思って、私の声は優しくまったりとした雰囲気を纏いながら音を紡ぐ。


『……俺も少し寝るか』


「そうだな。見張りはコイツらが代わりにしてくれるだろうし、少しはいいだろ」


 ゴリアテ達も、思い思いの体勢で寝転びながらゆっくりと目を瞑る。


 私の歌が響き渡るチルタイムは、私以外の人達をゆっくりと夢の世界へと誘っていった。












 皆がゆっくりと眠っている間、私はアステリオスと一緒にのんびりと周りの景色を楽しんでいた。


 私の歌のパワーにより全員ぐっすり眠っているのはいいのだが、アステリオスはその体の大きさからどうしても歩くしか無い。


 そのお陰で、私は話し相手に困ることなく旅路の景色を楽しむことが出来ていたのだ。


「ここはポレロス草原だってさ」


「いい草原。風もよく通る、穏やかな場所ダ」


 使い慣れていない喉で声を出すアステリオスの言う通り、このポレロス草原はマルテニカ連邦も跨ぐ程の広さを有する草原で、遮るもののない事もあって涼しい風がよく吹いている。


 そして、生息しているモンスターも牧歌的なモンスターが多い。家畜として飼育されるような種が多い事もあって、旅人も安心して移動出来る場所としても知られている。


 そんなポレロス草原だが、私の歌に誘われてきたのか家畜な見た目のモンスターがどんどん集まってきていた。


 ゾウ並に大きなホルスタインであるデラカウの群れもゆっくりと歩いてきているし、丸々としたってレベルじゃないほどの球体になっているマルメェという羊も転がってきている。


 デラカウは巨大な体を活かした突進や体当たりが必殺技のモンスターで、そのミルクは濃厚で美味しいそうだ。


 一日に搾れるミルクの量は学校のプールが満タンになるほど。一頭でそれだけ搾れるのだから、十頭もいる群れともなったら消費が追い付かなくなるだろう。


 そして、風に吹き飛ばされて転がることの多いマルメェ。羊毛が足を隠す程の球体を作り出しているが、毛を刈るとかなりほっそりとした羊の体が出てくるらしい。


 悪い人はマルメェの弱点である火属性で攻撃して大炎上させることがあるそうだが、絶叫がヤバいのと死なば諸共で炎上したままこっちに特攻を仕掛けてくることがあるので色々とヤバいそうだ。


「それと、ハネトビウサギだって」


「ウサギ……」


 あちらこちらでピョコピョコと耳を立てながら跳ね回る、愛らしい色とりどりのウサギ達はハネトビウサギという名前のウサギで、なんと背中に翼が生えている。


 この翼は飛ぶことにも使えて、ただでさえ足が速いのに危機的状況に陥れば空へ飛び立って逃げることも出来るのだという。


 跳ね回るウサギだからハネトビウサギだと言えるし、羽で飛べるからハネトビウサギとも言える。こういうのをダブルミーニングって言うんだっけ?


「……アマネ」


「敵意はないよ。というか、これは好意かな?」


 そんな中、遠目からジッとアステリオスを見つめる二足歩行のホルスタインを、アステリオスが少しだけ警戒している。


 視線は敵意や悪意からくるものではなく、寧ろアステリオスに対する好意に溢れているみたいなのだが……もしかして、人頭になってもアステリオスって牛にモテるとかそんな感じ?


 友人帳には新たにホルスタウロスというページが増えているのだが、二足歩行のホルスタインはメスなのか、原料不明の革鎧らしきもので体を隠しつつ、その手に巨大なハンマーを持っている。


 アステリオスは戦斧だけど、ホルスタウロスは戦鎚を装備しているらしい。しかし、この見た目だとアステリオスが気にしなくても、周りからやいのやいのと言われそうな予感がする。


「……アステリオスの呪い、ちょっとだけ使えばいけるかな?」


 明らかに目にハートマークが見えるホルスタウロスの接近に困惑しているアステリオスを横目に、私はゆっくりとガイスターをピアノに変えて、優しくその歌を紡ぐ。


 すると、アステリオスの体から漏れ出たモヤがホルスタウロスの体を包み込み、徐々にその体を一回り小さいものへと変えていく。





「――――んお? おぉ〜……!」





 歌い終わった時には、巨人のようなホルスタウロスの姿は無く、代わりにアステリオスのような牛の角が生えた美少女がそこに立っていた。

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