第662話
迫り来る猛火のような直剣。隣の金髪の男性もそれを止めようと剣を抜いていたが、少しばかり遅い。
一応即死無効があるので、一回くらい刺されたところで死に戻りはしない。が、この場にニトクリスさんを置いていくのが一番危険だ。
――――尤も、その心配は杞憂で終わったのだが。
「――――ガッ!?」
「――――グッ!?」
私の前に現れる、紫黒の暗殺者。その両手首から伸びる腕刃が二人の剣を受け止めると、驚愕に顔を歪めた二人の胸に拳を一発ずつ打ち込む。
ゴスッ、なんて音じゃなかった。ドゴン! とかバゴン! みたいな爆破音や破砕音のようなヤバい音が鳴り響いていた。
「アマネ様! お怪我は!?」
「無事ですよ。それと――――程々にね?」
流石に味方候補で強そうな二人を仕留めてしまうのは不味そうなので、グレガリオには程々で済ませておくように一言だけ言っておく。
まぁ、それを受け入れるかどうかはグレガリオ次第だし、あの二人相手で加減が出来るかどうかという話にもなってくる。
「――――やれやれ。喧嘩っ早いのは困るな、全く……」
「あら、ソロモン陛下。高みの見物とは随分と楽しそうなことをしていましたね?」
聞いた覚えのある声を聞いて振り返ると、ローブ姿のソロモン陛下がニトクリスさんの背後をとってこちらを見ていた。というか、ニトクリスさんの顔が冷や汗で大変なことになっている。
「取り敢えず、場を移そう。ここだとあの戦いの余波に巻き込まれてしまいそうだからな」
「そうしましょうか。あ、ニトクリスさん。この方は味方ですので警戒しなくても大丈夫ですよ」
グレガリオが前に出ると同時に、こちらの答えを聞かず観客席へと転移するソロモン陛下。あ、なんか舞台上で爆発が起きた。
よく見てみると、赤髪の男性の拳とグレガリオの拳が正面衝突して起きたものらしい。
「赤髪の男は『憤怒の悪魔』サタン。七大罪の中でも最狂と名高き暴君でな。少しでも気に入らん事があるとすぐに手が出る悪癖がある」
「あぁ、成る程。道理で機嫌が悪そうにしていたわけですね」
私に剣を向けた男は『憤怒の悪魔』であるサタンだったらしい。七大罪の悪魔の中では戦闘狂の部類に入る狂戦士で、気に入らないとすぐ手が出るヤンキーなんだそう。
尤も、グレガリオを斬ろうとしてカウンターの回し蹴りを右顎下に食らい、思いっきり横に吹き飛んでいる姿を見ると、実はそんなに強くないように見える。
と、そんな事を考えていたら、今度は背後から金髪の男性がとても長い片刃のサーベルを、グレガリオの首目掛けて横薙ぎに振っていた。
「金髪の方は?」
「元熾天使のルシファーだな。七大罪の『傲慢の悪魔』を担っている」
金髪の男性は『傲慢の悪魔』であるルシファーだったらしい。熾天使という天使の最高位に位置していたものの、ゼウスの思想に合わず離反。
堕天したルシファーは、態々ソロモン陛下の前に現れた上で『傲慢の悪魔』の座を求めたんだとか。
「不肖不肖ではありますがね。神の世を終わらせようという思想を傲慢と言わずして何と言うのか、という話で認めましたから」
「そう言うな、ベリアル。御主もルシファーに『傲慢の悪魔』の座を渡す事に否とは言わなかっただろう? 寧ろ、ルシファーに理解を示して自らそれを私に進言した筈だ」
ルシファーの剣撃を防ぎ、躱し、そして腕を掴んで背負い投げるように地面に叩きつけて、弾んで浮いた体にサマーソルトキックをぶちかますグレガリオ。
吹き飛んだルシファーの間を埋めるように突っ込んできたサタンに対しては、普段使っているハルパーを一振りして鍔迫り合いに持ち込み、顔を寄せたサタンに頭突きを当てている。
「ベリアルさんは先代の『傲慢の悪魔』なので?」
「えぇ、そうです。認めたくはありませんが、ルシファーの奴の方が私よりも『速い』ので。それに、元熾天使という戦力を逃す愚を犯すわけにもいかないでしょう?」
ベリアルという名の悪魔は、ルシファーに『傲慢の悪魔』の座を譲った、言わば先代の大罪の悪魔であるらしい。
紫の燕尾服風な執事服を着ていて、モノクルには細い金のチェーンが垂れ下がっている。髪色は孔雀青で、瞳は澄んだ金眼だ。但し、眉毛の辺りは孔雀というよりミミズクっぽいのだが。
「ベリアルさんも悪魔なんですね」
「人の身に寄せるだけで脆弱な人は何も言わなくなりますからな。それに、悪魔としての姿より人の姿の方が嵩張らない」
「お前は毛量も凄いからな。雨季の時はいつも鬣のようにボワッと破裂させていた」
そう言って大きなコウモリの翼を広げるベリアルを見て、クックックッと笑うソロモン陛下。
どうやら、ベリアルの髪の毛は大分くせっ毛のようだ。整髪料の類を使っているんだろうが、ボワッとした姿も見てみたい気がする。
「カッカッカッ! やはりこうなったか! サタンの悪童が居れば、どうせこうなると思っておったわ!」
「あ、ベルゼブブ様。お久し振りです!」
両方から剣を振り攻め立てるサタンとルシファーに対し、いつものハルパーの二刀流で対抗するグレガリオ。
ドゴン、ガガン、という武器同士がぶつかる音としては些か重い音を響かせていて、威力の高さがそれだけで容易に窺える。
「お前も来たのか、ベルゼブブ」
「勿論ですとも。何せ、あの二人にアマネの情報を伝えたのは儂ですからなぁ」
蝿の姿でカッカッカッと笑うベルゼブブに反省する様子は一切無い。何なら、片手に串焼き肉が山盛りになっている大皿を持っていて、それを空いた手で掴み食しながら二人とグレガリオの戦いを観戦している始末。
「というか、それ何処から持ってきたんですか?」
「麓の黒エルフ共が宴の様相だったのでな。しれっと積み上げていた一部を貰ってきたわ!」
「ふむ。一本貰うぞ、ベルゼブブ」
あ、ソロモン陛下も魔術か何かを使って手元に串焼き肉を引き寄せて齧り付いた。ベリアルはそっと布巾を近くに置き、その肉に合いそうなワインを金のゴブレットに注ぎ込んでいる。
「はい、アマネも一本食べるといいよ」
「あ、ベルフェゴール」
「――――んぐっ!? 御主、あの穴倉から出てきよったのか!?」
ハルパーの背でサタンの脇腹を打ち、上段に構えたルシファーの喉元にハイキックを放ち、二人を吹き飛ばすグレガリオ。尤も、途中でサタンは地面に剣を突き立てて、バネのように弾んで再度突っ込んでいた。
そんな中、スッとベルゼブブの持つ大皿から二本の焼串を掠め取り、私の前に差し出してくれるベルフェゴール。相変わらず眠たそうな目をしているが、こうして話せるくらいには頭がスッキリしている様子。
「ん、結構濃い目だね。飲み物はアッサリしたものの方が良さそうだ」
「……ベルフェゴール。それは私が陛下の為に注いだものなのですが?」
「まだあるんだからいいだろう? それより、アマネには酒以外の飲み物を頼むよ」
私も静かに焼串を齧っていたが、その間にベリアルがお盆の上に乗せていたゴブレットを持って口に運んでいる。
それに対し苦言を呈するベリアルだが、当の本人は何処吹く風で言葉を返し、のんびりと舌鼓を打ってこの場を楽しんでいた。
「なんかスッゲェ派手な事になってんな……」
「そう言いながら、儂の焼串を持っていくのはやめんか、マモン!!!」
「うっせーな。こちとら嫉妬と怠惰を拾ってくるので忙しかったんだよ」
嫉妬と怠惰……あ、いつの間にかベルフェゴールが取り出したソファーベッドの上に、レヴィアと初見のお姉さんが座ってる!?
というか、物凄い爆発音が多発しているのにすっごい眠たそうにしているし! その上、焼串はしっかりと齧ってるのも何でなの!?
「……あ、どーもッス。ウチ、前の『怠惰の悪魔』でアスタロトて言います」
「今となっては返上していいような気もするけどね」
「……メンドいんでベルフェパイセンに全部パスっす。ウチはグッスリ眠れたらいいんで」
眠たそうなお姉さんの名前はアスタロトと言うようで、ベルフェゴールに『怠惰の悪魔』の座を譲った先代の悪魔であるらしい。
緑のラインが入った白いローブを纏っていて、その下は緑色のスポーツブラと水色のハーフパンツのみという、かなり無防備な格好をしている。
というか、元怠惰の悪魔だからなのか服装はすぐ寝れる格好って感じがする。赤い髪はボサボサで、しかもお尻の下辺りまで伸びているしね。
「後でまた髪を整えないと……ホント、手を入れたら綺麗な髪になるのに、なんでそんなに無関心なのかしら?」
「何度も何度も手入れすんの面倒くさいんすよ。それに、ウチはグッスリ眠れたらそれで満足するっす。だから、レヴィアもウチの事は適当に放っておいていいっすよ?」
「そう言われて放っとくなら、貴女の友人を名乗れなくなるわよ。ほら、軽く整えるから頭をこっちに向けなさい」
ダルそうにしながらも、大人しくレヴィアに頭を預けるアスタロト。水色の櫛を髪に通すレヴィアの横顔は、とても楽しそうだ。
「レヴィア〜。後で私の髪もやって〜?」
「貴女は自分で出来るでしょ……まぁ、やってあげるけどね」
微妙に渋りつつもやってくれるレヴィア、やっぱりチョロインって感じがするなぁ。
……あれ、そう言えばニトクリスさんは?
「――――私は影、私は影、私は影…………」
あ、錚々たる悪魔の面々が集まってきてるから、身を縮こませて気配を消してるっぽい。
まぁ、この面子でニトクリスさんの存在に気付いていない人はいないだろうけどね。
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