第663話

 クソがっ!? なんでよりにもよってコイツがあんな脆弱な女の味方をしてやがるんだよ!?


 指先から放つ炎弾を斬ることもせず小手で弾き飛ばして辺りに散らす紫黒の悪魔は、ルシファーの剣撃を片手に持つ剣一つで防ぎ切っている。


「ォオオオアァァァァァァァァッ!!!!!」


 剣の腹で打ち上げられ、宙に体を浮かされたルシファー。だが、その際に閃光を放っていて、奴は眩い光に包まれていた。


 俺も直視するのがキツくなる程の光だ。至近距離で食らった奴なら、視界を奪うくらいは出来ている筈。


 そう思い、地面を蹴って刀身を地に滑らせながら斬り上げるべく、俺の体は隼の如き速さで奴の身に突き進む。




――――だが、寸前で斬り上げた剣は奴の踵で横に蹴られ弾かれ、俺の顔面にその足裏が直撃する。




 あまりの威力に一瞬意識や記憶が飛び掛けた程だ。それでも、仰け反る体を無理矢理押し留めて、弾かれた剣を横薙ぎに振り、そして後転で回避される。


「サタン! 一度下がれ!!!」


「チッ! しゃぁねぇなァ!!!」


 ルシファーの奴に悪態をついちまったが、ハッキリ言えばその命令は正解。ただ、それを正直に認める事も受け止める事も何となく許せなかっただけだ。


 ルシファーと並び立ち、正面から奴の姿を間合いの外から改めて見直す。


 紫黒の甲殻はあいも変わらず、虫の複眼に見えなくもない金の双眼は輝きを変える事も無い。何より、アレだけデケェ鎌剣を軽々と使ってくる時点で、俺もルシファーも正面からやり合いたくねぇと思っちまう。


「ルシファー、出し惜しみは無しだ」


「無論だ。アレ相手に加減など出来る筈がない」


 ルシファーも本当ならあの最高神を騙るクソ野郎相手にお披露目したかっただろうが、それを押し通すには相手が悪過ぎる。


 良くも悪くも、負けず嫌いだからな。俺も大概だが、ルシファーは『傲慢の悪魔』を名乗るだけあってそれが顕著だ。


 ルシファーは六枚ある背の翼を全て広げた後に光に包まれ、俺は同じように一対の龍の翼を広げると共に、全身に赤黒い炎を灯す。


 時間にして数秒か。指を一つか二つ折る程度の僅かな時間で、ルシファーは熾天使時代の白銀の鎧に身を包み、俺は刺々しい赤黒い甲冑を身に纏う。


 俺の得物には炎が迸り、ルシファーの刀身は白い光に包まれている。互いに体内の魔力を纏い、それを刀身にさえ通しているが故に出来る技だ。


「――やんぞ、ルシファー」


「――遅れるなよ、サタン」


 ドンッ! と言う、空気を置いていく音が響き、俺とルシファーの体は、先程の倍以上の速さで奴の身に迫る。


 当然、向こうもこちらの動きに反応して鎌剣を振ってくるが、拳や蹴りの動きに対応出来るようになったことで前よりも攻めやすくなった。


 とはいえ、この姿で漸く動きを捉えられるようになったレベルだ。ホント、このバケモンは一体どんな経験と体をしてるんだか。


「だが、差は縮まった!!!」


 ルシファーの奴もそれを実感しているらしい。このまま攻め切ると言わんばかりに攻撃の手を強め、俺もそれに合わせるように力を込める。




――――あん時の雪辱を、今こそ晴らしてやる!!!

















 アマネに剣を向けた無礼は、既に自分の中で精算を終えていた。


 代わりに宿るは、若かりし頃の少年が正しく力を高め、技を極め、そして臆する事無く私に刃を向けているという事に対する一種の感銘。


 子供らしい恐れ知らずな少年は、私に刃を届かせようとする程に成長していた。


 一度目の邂逅が最初で最後であり、それ以降は会うこともないだろうとずっと思っていた。


「オォォォォォッ!!!」


「アァァァァァッ!!!」


 それが、どうだ? 隣に並び立つ友を得て、今再びその手に剣を取って私を討ち倒そうと戦意を燃やしている。


 向こうにとって私は怨敵と言っても違いない。だが、今は彼を知る者としてその成長を心から言祝ぎ、そして喜びたい。






――――――パチッ、という電流が迸る。






「「っ!?」」


 異変に気付いたのだろう。即座に攻める手を止め、後方に飛び退いたのは評価できる。


 実際、彼らのその判断は非常に正しい。何せ、私の体は全身から紫電を放出し、バチバチと辺りに稲妻を散らしているのだから。


「テメェ……まさか、本気じゃなかったのか!?」


 紫黒の鎧が緑を基調とした鎧に代わり、赤青黄のラインが関節部で輝く。手首から伸びていた腕刃は、手の甲から伸びる赤い三角刃に姿を変えていた。


 何より、その両手に握ったハルパーは姿を変え、ヘアアイロンを二つに分けたような、半円状の太いバトンのようなものへと変化している。


 円状の部分は赤く、柄の部分から円状の部分と反対側の平らな部分は黒一色。一見して質感はプラスチックのようだが、打撃武器としてなら充分な硬度があるようにも見える。


「サタン! 左から行け!!!」


 ルシファーと呼ばれている青年が、やや右寄りに体を傾けながらこちらへと迫る。それに並ぶように、サタンも私の左側を攻めようと飛んできていた。


 それに対し、両手に握ったバトンを構え、そして振られた剣をすり抜けるように躱し、右のバトンの先端でルシファーの胸を打つ。


 ドムッ! という音と共に体をくの字に曲げるルシファー。口からはカハッ、という息の漏れる音が響いていた。


「余所見してんじゃっ――――!?」


 次いで、剣を振りかぶるサタンには肘打ちで顔面を打ち、仰け反った無防備な体に対して脇腹を両手のバトンで打ち据える。


 ミシリ、と骨が上げた微かな悲鳴を耳にしつつ、復帰したルシファーへ身体を捻るように動かして、バトンでサタンの体を押し出し飛ばす。


 それを避けるルシファーは、剣の攻撃を囮に光弾を射出。十は超える弾丸の数々に対し、バトンの先から放つ雷撃でその全てに連鎖するようにして破壊。


 爆発時の閃光は強力だが、風を切る音でルシファーが迫っている事はすぐに分かる。


 ルシファーの剣が私の首を薙ごうとした瞬間、素早く姿勢を下げる事でそれを回避。無防備な体に放つ下からのバトンの斬り上げは、自ら体を奥に飛ばすようにしてダメージを軽減していた。






「クッソがァァァァァァァァァァッ!!!」






 激昂により全身に纏う炎を大きく燃え上がらせるサタン。少し遅れて、ルシファーもその顔に怒りを滲ませて、居合の形で剣を構えていた。


 二人が地面を蹴るのもほぼ同じタイミング。サタンは地面を削るように剣を引き摺り、ルシファーは鯉口を切った状態で、彼らの出せる最高速度でこちらへと迫ってきている。


 それを一瞥もせずに感知した私は、両手のバトンを逆手に持ち、腰の横に帯刀するように収める。


 一見すれば、私が戦意を失ったようにも見えるこの一連の動作。好機と見做した二人が、より一層加速して風を切る音が耳に届く。










――――ギィィィィィィィィン…………!!!











 視界の端に入る二人の表情が驚愕に歪んでいる様が見える。


 理由は至って単純なものだ。二人の剣は、私に当たる前に止められているのだから。




「――んだよ、それは……!?」


「――なん、という……!?」






 腰に収めたバトンに代わり、私の手に握られている二本の刃。腕を交差し、逆手で持った剣は、二人の剣を受けて軋むことも揺れることもない。


 二人の刃が私を斬るべく動いた瞬間、バトンは鞘となってその大半を腰に残し、その内側に隠された刃を表に晒していた。


 剣の形はソードブレイカーと呼ばれるもの。背に櫛のような構造を有する剣は、その刃に紫の光を灯している。


 動揺からか動きを止めた二人に、逆手で持った剣を順手で握り直し、そのまま打ち上げるように剣を弾く。


 硬直は僅か数秒にも満たず、二人からしたら瞬きをした瞬間に己の得物が手から離れたように見えたことだろう。


 程々に、という歌姫の願い通り、二人の喉元に紫電迸る刃を突きつけ、サタンとルシファーの顔をゆっくりと見た後に構えを解く。これで、私の勝ちだ。





「決着、だな。二人共、剣を拾ってこっちに来い」






 ソロモン王の声が闘技場に響く中、茫然自失とした二人を放置して、私は手に持つ剣を腰の鞘に収めた。

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