第661話

「ホンットにこういうのは勘弁してくれませんか!?」


「いやぁ、御迷惑をお掛けしてすみません……」


 隠れ里に到着してほぼ直後くらい。正座でニトクリスさんのお説教を受けております。


 まぁ、理由なんて言われなくても想像が付くかもしれないけど、流石にスカルデストロイヤーと大量のドラゴンのアンデッドが襲来してきたってなったら、そりゃ大混乱になるよね。


「まぁまぁ……そう怒らんでくだされ、ニトクリス様」


「そうですよ! 確かに俺らも驚きはしましたが、味方だって分かったらこれ程頼りになるもんもいませんから!」


 迷惑を掛けたにも関わらず、フォローしてくれるダークエルフ達の厚意で申し訳無さが増してくる。到着寸前じゃなくて、早いうちにニトクリスさんにメッセージを送るべきだったなぁ……


「というか、貴方達も受け入れ過ぎですよ!?」


「別に悪い輩じゃないんだからいいでしょ?」


「そうそう! 姫様は心配性が過ぎますって!」


 ワイワイキャッキャと、ドラゴンスケルトンに乗って遊んでいるダークエルフの子供達。勿論、これはダークエルフの奥様方公認だし、寧ろ「折角だから遊んでもらいなさい」とけしかけていた。


 エルフは王族とか上に立つ人だとかなり真面目でピリピリしやすい人が多いらしいけど、それ以外は割とのんびりした人が大半なんだとか。


 つまり、ドラゴンスケルトンに子供を遊ばせているダークエルフの奥様方は、エルフの中でものんびり屋さんというか、危機感が薄めの人らしい。


「というか、ニトクリスさんってお姫様だったんですね……初めて知りましたよ」


「元、ですよ。戦の折に両親は亡くなってますし、実権もハイエルフに簒奪されている以上、私に流れる血だけが王族として証明できる唯一の証ですから」


 そう言って、何処か貴賓のある笑みを浮かべたニトクリスさん。エルフの元お姫様と聞くと、所作の丁寧さに礼儀作法を叩き込まれた一端が垣間見える。


『真なるエルフの血脈は未だ途絶えず、か』


「……雪辱の時を求め、永らくこの地に隠れておりましたが、その時も近うなって参りましたな」


『神の手から人の世を取り戻す戦い、だな。我もまた、この世に生きるものとしてこの剣を取る時が来るだろう』


 ダークエルフの老人達と語らうアーヴェインだけど、語らう姿を見てるとすっごく王様の雰囲気を漂わせている。この世界の王族や為政者ってカッコいい人多くないかな?


……いや、普通はそんなに王族とか為政者と接する機会なんて無いと思うんだけどね。成り行きで会って、そのオーラを身近に感じる機会が多過ぎる、よね?


「それにしても、随分と物々しい騎獣ですね……」


「成り行きで乗ることになってな……あぁ、先にコイツを渡しておくか」


 私が説教の最中にアチラコチラへ意識を向けていたからか、ため息を吐いた後にローランの方へ話に行くニトクリスさん。一応話は聞いていたので許して欲しいところ。


 そして、そのまま流れで親書らしきものを渡すローラン。ニトクリスさんも特にツッコむことなく、そのまま受け取って懐に仕舞っている。


「あの姫さんも受け入れるのが早いな……」


「アラプト王家に仕える女官って話だけど、ウチに引き抜きたくなる人だねぇ〜」


 ヤーノシークとゲイシーの二人は、そんな二人のやり取りを見ながら、のんびりとダークエルフから提供された串焼きの鳥肉を片手に一杯やっている。


 というか、二人共まだ公務中でしょ? まだ日も高いのに、今から酒飲んで大丈夫なの?


「あ、そう言えばこの近くに古い闘技場があるって聞いたんですけど、それって何処にありますかね?」


「古い闘技場? ってぇと、既に滅んだ国の奴だよな?」


「向こうの山の横っちょになんか見えるだろ? 彼処が闘技場の端っこなんだよ」


 ニトクリスさんとローランが真面目な話をしているので、その間に私は他のダークエルフの人に地図を見せながら、この近くにあるという闘技場について話を聞いていた。


 取り敢えず地図を見せたこともあってその場所はわかったけど、ここからだとそれなりに歩きそうな場所だということが判明。ダークエルフの隠れ里がある山間の隣、丁度中間の辺りに入り口があるそうだ。


「闘技場自体は山の上なんだがな。本来の入り口が地中に埋まっちまって、裏口か下水道らしき場所が代わりの入り口になっちまってるんだ」


「へぇ……そうなんですね」


「そこまでの道は整えてあるし、用事があるならニトクリス様に頼んでみたらどうだい?」


 子供達が不用意に入らないように、闘技場の入り口にはニトクリス謹製の結界が張られているらしく、子供どころか盗賊すら入れない厳重な守備となっているそうだ。


 尤も、闘技場に天井はないので空から入るという選択肢も無くはない。が、折角だからその道を歩きながら入るのもいいんじゃないかって気分になっている。


「あら? アマネ様はあの闘技場に何か御用が?」


「えぇ。仔細は説明するのが難しいのですが……」


 流石にさ。悪魔から地図に描かれている場所へ行くといい、なんて言われたって話したら正気を疑われた後に罠を疑われる。


 ただ、ニトクリスさんは私の言葉を聞いて特に深掘りすることもなく「成る程。そうなんですね」という言葉だけで終えてくれる。


「それならば、私の方でそちらの案内を致しましょう。お連れの方々は、生憎と歓待を受けて捕まってしまっているようですが……」


「ここまでの護衛が彼らへの依頼でしたから。ここより先は私個人の仕事ですよ。同盟の盟主としての、ね」


 それだけで、ニトクリスさんは色々と察したらしい。柔らかな笑みを浮かべていたその顔は、ダークエルフの姫としての凛々しい顔へと切り替わる。


「……アマネ様に、お贈りしたいものが御座います。何か、ギルドカードのような身分証となるものは御手元に御座いますか?」


「では、こちらを」


 身分証を出して欲しいと暗に言われたので、懐のカードをケースと合わせてニトクリスさんに手渡す。


 受け取ったニトクリスさんの表情が一瞬驚愕に歪んだけれど、すぐにそれを取り繕って隠した後に、パスケースから取り出したカードの文字を指でなぞる。


 すると、カードに記載されている文字がボンヤリと薄い光を放つようになり、それを確認したニトクリスさんはカードをパスケースに戻して、改めて私の手に返してくれる。


「嘗てのエルフの姫として、アマネ様のカードにちょっとした証を残させていただきました。ダークエルフ及びエルフに関しては、そのカードを見せることで他の種族同様に力を貸し与えることでしょう」


「そのような貴重なものをありがとうございます」


「私からアマネ様に渡せるものなどそれくらいですからね。ただ、その……アマネ様のカードは、兎に角この世界の半数近い種族に通用するんですよね」


 うん? ……ドワーフ、ハーフリング、エルフの三種族もか。ドヴェルグ、グレムリン、ダークエルフだけだと思ってたけど、良く考えたら呪いを受けていない彼らにも効力があるんだったね。


 そう考えると、確かにニトクリスさんの言う事は間違っていない。というか、国家に関しては一部を除いて見せるだけのフリーパス状態だし。


「さて、それでは闘技場の中へ案内しましょう。表にある道は、言ってしまえば偽装なんですよね」


「え、そうなんですか?」


「本来の入り口は私の部屋に隠してある転移陣か、私直々に魔法で行くかの二つです。もしくは、上から無理矢理入るのも一手でしょう」


 尤も、怪しいものはダークエルフの衛兵が撃ち落としているんですけどね、と笑うニトクリスさん。ここの里も警備という意味では案外厳重だね。


「それでは、闘技場までお願いします」


「承りました。皆、留守は任せますよ」


 直接転移出来ることだけは共有しているとのことだったので、ダークエルフ達はお任せくださいの一言を返してくれる。


 ニトクリスさんはローラン達の歓待をダークエルフの民に任せて、私と一緒に転移の光に包まれてくれた。
















――――転移した先で視界に入ったのは、古びた石レンガで出来た闘技場の控室らしき一室。中の家具の類は朽ちて無くなっているようだが、砂埃が溢れる部屋は依然として形を保ち続けている。


「細かく掃除してはいますが、何分古くてすぐに砂埃が溜まってしまうんですよね……」


「まぁ、定住するつもりじゃないならその程度でもいいんじゃない?」


 取り敢えず、控室から闘技場のフィールドの方に向かってボロボロの出入り口を通る。外の光が明るいので、そこが外に通じるのだとすぐに分かった。


 屋根のないコロッセオのような闘技場。太陽の光が照り付ける広い舞台には、二人の男性が中央に立ってこちらを見ていた。


「……貴殿が、歌姫のアマネ殿か?」


「えぇ、そうです。私が異界人の歌姫、アマネと申します」


 金の髪を後ろに束ねた白皙の男性には、黒く染まった鳥の翼が生えている。その右隣に立って腕を組んでいる男性は、燃えるような赤いショートヘアに、背中には紫色の如何にもな悪魔の翼が生えていた。


「――チッ! 烏と蝿が喧しかった割には期待外れじゃねぇか。どっからどう見ても、戦えるような手合じゃねぇだろ、コイツ」


 タンタン、と爪先で地面を叩いている赤髪の男性は、私を見て不機嫌そうにそんな悪態をついている。


 まぁ、私自身は戦えるような人間じゃないしね。烏と蝿ってことは、多分マモンとベルゼブブが告げ口でもしていたんじゃないだろうか。


「え〜と、取り敢えず今回の要件は――――」











「――――弱ぇ癖に口出そうとすんな、足手まとい風情が」






 私に戦えるような力が無くて、期待外れという意味でかなり苛立っていたのだろう。


 赤髪の男性は、その手に燃えるような赤い大剣を握って、私の喉元に鋭く輝く切っ先を突き出そうとして――――


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