第726話

 黙示録の龍の参戦は、古代龍達が戦場を退く時間を稼ぐのに充分な働きをしていた。



『オォォォォォォォォォォォォッ!!!』



『ガァァァァァァァァァァッ!!!』



 両者の咆哮が轟き、互いの武器が衝突して衝撃波を周囲に撒き散らす。


 ゼウスの雷槍は言うまでもないが、サタナエルの爪牙は次元さえ揺らがせる程の強力な武器。


 一合、二合とぶつかる度に、強風と衝撃が帝国を揺らす。あまりの威力に、戦場から遠く離れた国境線にさえも軽い余波を及ぼしていた。


 黙示録の龍と呼ばれたサタナエルは、ゼウスに対して天変地異を以て雷撃を打ち壊し、正面からゼウスと激突する。


 空からは無数の流星が降り注ぎ、大地は割れて噴き出した溶岩がヘビのように蠢いてゼウスの鎧にぶつかっていく。


 尤も、古代龍達の攻撃を余裕で受けていたゼウスにその程度の攻撃が通るわけもなく、時折鬱陶しそうに雷槍を振り回してその天変地異を破壊していた。


 槍が流星を打つ度に、爆発音と共に流星が砕け散り、溶岩を薙げばボコボコと滾る溶岩が蒸発して消え去る。


 雷槍が折れた回数も既に十を超えているが、ゼウスの放つ雷で即座に再生できる事から、雷槍の破壊はほぼ不可能。


 一方のサタナエルは、光輝の鎧に大小様々な傷を付けることは出来たものの、その間に表皮が斬り裂かれ、或いは鱗が割れて薄っすらと血が滲んでいた。


 それでも、他の古代龍達と比べたら充分軽傷の枠で済むレベル。この他にも炎や氷、砂や闇など、様々な属性を有するブレスを連発して、ゼウスに正面から対抗していた。




『――――いい加減、邪魔クセェなぁ!!!』





 尤も、それが気に入らないのがゼウスというもの。しぶとく生き残るサタナエルの腹に、青い雷を纏った剛拳を叩き込むと、サタナエルの七つの頭が息を漏らす。


 だが、それを受けて尚サタナエルは倒れない。鋭い牙を突き立ててゼウスに傷を付けようとするが、それもまた手刀で迎撃され、何本かの首が折れて力無く垂れ下がる。


『ウゥルァァァァァァァァァァッ!!!』


『ガァァァァァァァァァァッ!!!』


 折れた首を振り回しながらもゼウスに襲い掛かるサタナエルと、そのサタナエルに雷槍を上から振り下ろすゼウス。


 サタナエルの頭の一つがそれで縦に斬り裂かれるが、それに怯むこと無く光輝の鎧に額の角を当てて傷を付ける。


 だが、サタナエル自身の戦いはそれまでだった。他の古代龍達からゼウスの注意を逸らす為に正面から戦っていたが、それでノーダメージな訳がない。


 明らかに動きの鈍ったサタナエルの首を掴み取ると、そのまま背負い投げて地面に叩きつけるゼウス。


 ひっくり返って腹を晒したサタナエルに対し、ゼウスは何度も何度も雷槍を突き刺すと、足で思いっきり踏み付けた上でその体を蹴り飛ばした。


『所詮、王様気取りのトカゲの頭だ。まぁ、全知全能たる儂相手に良くやったと言えるがな』


 そのまま、トドメを刺してやろうと雷槍を構えるゼウス。


 しかし、後頭部目掛けて飛んできたハンマーが、その槍が放たれるのを寸前で防ぐ。


『……ほぉ? 貴様、確か北の鄙の地に住んでいた神だったか?』


『トール、今から貴様を殺す神の名だ。冥土の土産にキッチリ覚えて死んでいけ』


 雷槍に弾き飛ばされたハンマー『ミョルニル』を手に持ったトールは、ゼウスの顔面にそれを突き付けて、そのまま一気に投げ直す。


 風を切って進むミョルニルがゼウスの雷槍と衝突し、再び大きな音と共に雷槍を歪ませて大きく弾かれる。


 しかし、弾かれたミョルニルは直ぐにトールの手に戻り、何度も何度もゼウスの持つ雷槍ケラウノスと衝突を繰り返す。


『――――じゃかぁしぃ!!!』


 それが鬱陶しくなったゼウスが、ミョルニル諸共トールを穿とうと雷槍を構えて投げつける。トールもまた、ミョルニルを雷槍に向かって投げつけた。


 二つの神器が空中で激突すると、両者の武器は雷を辺りに散らしながら大きく弾かれて、ミョルニルだけが持ち主の手に戻っていく。


 一方の雷槍は、ミョルニルと衝突した際に大きく弾け飛び、風船が割れるような音と共に槍は細かい雷となって炸裂していた。




『――――隙あり、じゃの!!!』




『――――ンゴッ!?』




 武器を失ったゼウスの後頭部を直撃する、巨大な岩塊。注連縄が結ばれた大岩を当てた下手人は、大空の上で手のひらを突き出しながらニヤリと笑ってみせる。


 だが、その巨大な岩塊を無理矢理頭を持ち上げて吹き飛ばしたゼウスは、右の下投げで雷の散弾を空に向かって投げ放つ。


『無駄にタフな奴じゃな!!!』


『んなこと言ってないで、早く構えて下さいよ!!!』


 余裕綽々なアマテラスを急かすツクヨミ。わかっていると言わんばかりのジェスチャーでツクヨミを宥めたアマテラスは、即座にその両手で一枚の丸い鏡を構える。


 八咫鏡と呼ばれるその神器。本来であれば映すことの出来ない神や霊の姿を映し出すことしか出来ないその鏡は、アマテラスとは対となるツクヨミの力を受けて更に強化された。


 その結果、迫る雷の散弾は鏡に吸い込まれ、カウンターと言わんばかりに鏡面から太い雷のレーザーを放射する。


『チッ、メンドクセェなぁ!!!』


 勿論、雷を自在に操るゼウスに単なる雷など効きはしない。だが、これはそのゼウス自身が放った雷を集めた一撃だ。


 その威力がどのようなものか、雷撃を放った本人がわからない筈がない。


 故に、ゼウスはそのレーザーに対して回避するという行動に移る。まともに受ければ、幾ら自分であっても危険と判断した上で、避ける事を選んだのだ。




『――――そこじゃな』


『――――足を止めてもらおうか』





『――――グォッ!?』




 それを狙っていたミシャグジとマーラ。ゼウスの影を操り、茨と鎖に変えて足を縛ることで、ゼウスはレーザーこそ避けたものの、大きく体勢を崩して後ろに倒れ込む。


 更に、マーラは宙に黒い円形の門を開く。そこから飛び出したのは、激昂し獄炎を纏ったヴォルガルド。


 怨敵を目の前にして、ヤマンソもクトゥグァもヴォルガルドの体により一層の力を与えており、倒れ込んだゼウスの胴はヴォルガルドが振り下ろした右腕の一撃を受けて、光輝の鎧に亀裂が走る。




『――――喧しいチクショウガァァァァッ!!!』




 だが、その攻撃を受けて尚ゼウスは健在。ヴォルガルドの両角に手を伸ばして掴み取ると、そのまま引き寄せて頭突きをぶちかます。


 そして、上体を起こしたゼウスはその角を持ち直して、大きく後ろにヴォルガルドの体を振り被りながら、正面に向かって大きく投げ飛ばす。


『貴様ら、まとめて斬り刻んでくれるわッ!!!』


 激昂したゼウスは、雷槍ではなく腰から引き抜いた一振りの鎌剣。ハルパーと呼ばれるその武器の名は『アダマスの鎌』と言い、嘗てエーディーンの主神であったクロノスが使っていた武器である。


 その鎌が有する力は『絶対切断』と言い、万物を斬り刻む事が出来るという強力な神器。クロノスを討った後は、ゼウスが己の得物として腰に携えていた。


 アダマスの鎌を抜いたゼウスは、自らの足に絡む影の茨と鎖を斬り裂くと、そのまま駆け出してヴォルガルドを仕留めようと刃を振り上げる。


 そこに撃ち込まれた、戦車の砲撃。顔面に直撃した一発だけでゼウスは直ぐに鎌を振り、次いで撃ち込まれた五発の砲弾を斬り捨てた。


 更に、背後から迫る徹甲榴弾を縦に斬り裂き、電磁投射砲やレールガンの弾丸ですらたった一振りで斬り裂いてみせる。





『――――そこか!!!』





 そして、ゼウスは空から己を見ているものも含めて、五本の雷槍を各方向に射出。


 これにより、ギガンティック・ノヴァは右車体を大破して移動不可。弾薬庫に誘爆して、副砲の数々が砲口から赤々とした火を吹く。


 スカイ・アトランティスは左舷に被弾して高度を落とし始め、アビスフォート・ヤマトは甲板上部を焼き払われるように連装砲を破壊されて爆発炎上。


 ドゥーラ・ティタノマキアは正面車両を破壊されて、衝撃で横転。イグニッションフレアもまた、太陽光を収束させる中央部を破壊されて攻撃不能に陥る。


 当時であればゼウスの攻撃も防御可能と試算されていたが、帝国の主神として覇を唱えていたゼウスの今の力は、彼らのデータを遥かに上回っていたのだ。






――――だが、彼らの稼いだ時間は、最強の巨神の来訪を間に合わせる。









『――――ゼェェェェェェェェェェェウス!!!』






『――――貴様も来よったか、テュポーン!!!』







 ゼウス最大の敵、テュポーン。戦闘音を聞いて近海から飛び上がっていたその神は、握り拳を振り被って上空からゼウスに迫る。


 それを迎撃しようと、アダマスの鎌を構えるゼウス。テュポーンの巨体であっても、アダマスの鎌を前にしたらそこらの肉と大差ない。






――――キィァァァァァァァァァァァァァァァッ!!!





『――――ヌウォッ!?』




 だからこそ、黒き死の神はアダマスの鎌に迫り、その刀身に一筋の傷を付ける。




――――その瞬間、ガラスが割れるような音と共にヒビ割れて砕け散るアダマスの鎌。


 死の神チェルノボグの一撃は、アダマスの鎌が有していた『武器としての寿命』を一筋の傷で奪い取ってみせたのだ。


 驚愕に顔を歪めるゼウス。そして、その顔は迫り来るテュポーンに向けられて――――











――――正面からその剛拳を受けて殴り倒された。

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