第699話

 イベント用フィールドでアマネのライブが行われている頃、運営陣は必死になってライブを観ながら後々の影響の修正を行おうとしていた。


「全体的にNPCの挙動関係のデータが変わっちゃってます!!! これ、下手したら他の支部以上にNPCが成長してますよ!?」


「敵の行動パターンも大分変わってるな……当初予定していたデータと比べたら、正しく雲泥の差じゃねぇかよ」


「偉人系は出そうと思って用意したけど、ここまでのデータは予想外だわ……」


 アマネのデータから引っ張ってきた各種NPCやエネミーのデータは、初期のデータと比較するとその変化っぷりに思わず声が出てしまう程。


 試しに他のサーバーのデータとも比較してみるが、主にアマネと関係を有したNPCやエネミーは軒並みその存在を成長させている。


「なんかこう、歌声に惹かれてるって感じなんですかね?」


「タダで聴くのが申し訳無いくらいの美声ですからね。そう言えば、歌が好きなモンスターとか特殊テイム条件に組み込んでいませんでしたっけ?」


「そりゃあテイムの話だろ? フレンドに関しちゃ例外だっつの」


「そもそも、この友人帳自体が予想外の性能になってるのが一番の原因ッスからねぇ……」


 友人帳というスキルは、普通のプレイヤーに渡ればその力は精々テイムがしやすくなるとか、NPCと仲良くなりやすくなるといった程度のもの。


 しかし、攻撃手段を有さないアマネに渡ったことで、友人帳は全てのNPCに対して友好的に関われるという最大級の力を発揮してしまった。


「コレ、シナリオの修正とか出来るのか?」


「だ、代案は考えてますけど……でも、一朝一夕で直せるレベルじゃないですね」


「各地のシナリオ、ハッピーエンドどころかトゥルーエンドになっちまってるからな。そりゃ、このタイミングでガレオニス・タイラントが出てくるわけだわ」


 ハッキリ言ってしまえば、何処かの歌姫がシナリオを進め過ぎて、途中のフラグ回収が爆速で行われてしまった、という皺寄せになってしまっている。


 その皺寄せを完全に修正する作業は、何処ぞの荒らしサーバーと比較しても遜色無いどころか、寧ろまた新しいシナリオを元に世界を作り直すような地獄を生み出していた。


「完全に直すのは無理ですけど、後でコンタクトしてスキルの修正だけはしましょうか……」


「そうね……勝手に弄って事後報告は、このライブを見たら即刻炎上って直ぐにわかるもの」


 本人の知らぬ間にちょこっと直して、後で直しました〜! というのは、このライブ映像を見たら悪手中の悪手だとひと目で分かる。


 何せ、プレイヤーどころかNPCにまでファンを獲得している、このサーバー内の歌姫なのだ。他所のサーバーでは『アイドルサーバー』なんて呼ばれているところもあるが、それと比べるのも烏滸がましい程。


 さながら『歌姫サーバー』と呼ぶべきこの世界は、完全に彼女を中心として歯車が回り、そしてそれで成り立ってしまっている。


「うん、コレはコレで良い映像が撮れてるな」


「PVにしたら伸びそうですよねぇ。まぁ、その分私達が忙しくなるんですが……」


「今回のイベント映像の切り抜き、かなり悩みそうだな。全体的に見るとアレだが、要所要所はめちゃくちゃいいし……」


 今回のイベントを受けて、運営陣の徹夜はほぼ確定されている。他のサーバーはまだ一応イベント中ではあるが、歌姫サーバーは既に決着が着いてしまったのでこのまま終わるしかないだろう。


 当然だが、二回戦目を始めるわけにもいかない。一回目の戦いで惨敗しているのに、二度目で戦って同じ轍を踏まない訳がないのだ。


 そもそも、コレはタネが割れても対策が出来ないタイプ。何度数を重ねたところで、勝てるようになる頃には既にサ終さえしていそうな気さえしてしまう。


「取り敢えず、他のサーバーのイベントが終了したらメンテに入るわよ。それまでは、束の間の休息を楽しんでおきなさい」


「休息ったって、休める時間は殆ど無いんですがね……」


「ライブ観てる分は休めてるでしょ」


「あぁ〜……作業用BGMが心地いいんじゃ〜……」


 ホント、こんな状態でもキッチリと仕事は出来るんだから頼りになるわよね……

















 こうして、運営の目は『アマネ』に集中し、それに関係するNPCやエネミー全てに目を向けられる事になった。


 しかし、その運営の目もまた、本当に目を向けるべき『巨悪』に対しては、これまで通りの節穴っぷりを存分に発揮していたのである。





『ハッハッハ!!! 今宵は無礼講!!! 思う存分飲み、食らい、騒ごうではないか!!!』





 贅を尽くした料理と美酒に酔いしれる、白い髭を蓄えた好々爺。その周りには大勢の女神や女天使が侍っており、きらびやかな装飾品を身に着けてその爺を持て成している。


『ここ最近は上等なワインが多くていいな! ディオニュソスも負けてはおられんのではないか?』


『人の作りし美酒は甘露ですが、所詮は人の世のものですよ。気品という意味では、私の酒の方が遥かに上ですからね』


 そう言って、ゴブレットに注いだ酒を傾けて飲む、ディオニュソスと呼ばれた神。その銀の髪には葡萄の蔓で作られた冠が乗っており、嗅ぐだけで酔ってしまいそうな芳醇な香りを漂わせている。


 爺とは違い、自らが作った酒しか口にしないディオニュソス。人の作るものを見下しているその神には、人が捧げた美酒など泥水か何かを染料で染めた水にしか見えないのだろう。


『あんまり飲み過ぎるなよ。親父が飲みまくると、俺が飲む分があっという間に無くなっちまう』


『こういうのは早い者勝ちじゃろ? それとも、軍神アレスは亀のように歩みが遅いのか?』


『なわけあるかよ。ヴェラージの猿が俺に捧げる酒を勝手に飲んでやがるから、最近ちっとばかし酒不足なだけだ』


 ワインボトルをラッパ飲みで一息に飲み干すのは、アレスと呼ばれた赤髪の男。爺を親父と呼んだその姿は若々しい青年のもので、不敵な笑みは何も知らぬ女を瞬く間に魅了すること間違い無い。


 だが、彼の本質は軍神。戯れで一夜を共にする事はあれど、本気で心を寄せる事など無く、飽きれば其処らの戦士に意思など問わずに下賜する。


 実際に、帝国に存在するアレスを崇める教団はその恩恵を大いに受けており、神殿と呼ばれている『監獄』の中では、アレスに惹かれた哀れな乙女が教団の戦士に永遠の奉仕を強いられている。


『お父様!!! 遅れて申し訳ありません!!!』


『おぉ、アテナ! 良い良い! まだ宴は始まったばかりじゃからの!』


 そんな中、バタバタと駆け寄ってくるのはアテナと呼ばれた金髪の乙女。白い衣は美しいが、頬には薄っすらと血糊のようなものが付いていた。


『ほら、頬が汚れているぞ。これで拭くといい』


『ありがとう、お父様! 獣狩りをしていたら、思ったより時間が掛かってしまったのよ』


 そう言って、父から渡された上等な布で汚れの付いた頬を拭うアテナ。この布は帝国の商家の一つが大事にしていた家宝で、商家は既にこの世界から消え去っている。


 拭った布を乱雑に捨てたアテナ。ついでに、服の袖に付いた『獣人』の毛を軽く払うと、大きな円卓の上に乗せられた肉料理に手を付け、金の杯の酒を飲み干す。


『相変わらず人モドキの畜生狩りで満足してんのか。俺みたいにどっかの神の首でも狙えばいいのによ』


『あら、私は兄様のように痛めつけるだけ痛めつけて逃がすような趣味はないのよ? 狩るならキッチリ最後までトドメを刺さないと』


 アテナとアレスの仲はあまり良いとは言えないらしい。尤も、やってる行為としてはどちらも五十歩百歩ではあるのだが。


『野蛮なのは変わりないわねぇ……囲いの中の獣を殺すのに、何でそこまで快楽を得られるのかしら』


『戦神も軍神も、戦うことこそが至高にして嗜好じゃからの。それにしても、また美しい宝石を身に着けたな、アフロディーテ』


『勿論ですわ。東洋の神秘などと言われていますが、人の手には過ぎたる代物。これらは私を飾る事こそが相応しいものなのですから』


 そう言って、他の女神よりも高級感溢れるきらびやかな装飾品を見せびらかすアフロディーテ。美の女神と呼ばれている彼女は、自らを着飾る事に余念が無い。


 彼女の美貌を信奉する者は多く、帝国の貴族の大半は彼女に対してアプローチをする。具体的に言うと宝石やドレスのような装飾品を贈る事なのだが、それが当然となったアフロディーテは笑みを返すのみ。


 中には自らの妻を質に入れて装飾品を買い漁るような貴族もいるし、商家は加護を得るために欠かさず供物を捧げることもある。


『へへっ! 金持ちに愛される妻を持つと嬉しいね! なぁ、親父!』


 そう言って下卑た笑みを浮かべる如何にも三下の雰囲気を醸し出す神。アフロディーテの『夫』を暗に名乗るその神は、チャラチャラと指輪だらけの手で金貨を遊ばせている。


『ヘルメス、美しい女はどんな相手でも良いものだぞ。特に、最近だと若くして聖女になったという娘がな――――』




『――――旦那様? 女神や天使ならまだしも、人の娘に手を付ける癖はいい加減にしてくださるかしら?』




『…………そう怖い顔をするな、ヘラ。第一、ここ最近は人の娘に手など付けてはおらんじゃろう?』


『それはどうかしらね? 見知らぬ女をちょくちょくアレスの神殿に押し付けてる割には、それを隠そうともしていないようだし』


 爺の頬を指先で突っつきながら怒るヘラ。浮気性な夫を叱る女神の怒りと嫉心の矛先は、被害者ではなく加害者に向けられる。


『そう怒ってやるな、ヘラ。ゼウスのような神なら、女遊びが激しくても悪くはないだろう?』


『自分のことを棚に上げないでくださるかしら、ポセイドン?』


『……相変わらず固いなぁ、ヘラは』


 ヘラに怒られる爺――――ゼウスのフォローをしようとしたポセイドンは、呆気なくヘラに一蹴されて苦笑する。


 そんな神々の愉快な宴は続く。その下で苦悶の声を上げる人々を不快に思いながら。

















『……あの聖女には、早めに退場願わないとね。後で妖精に頼んでおきましょう』

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