第700話

 他のサーバーはまだイベント中みたいだけど、ウチはあっという間に終わってしまったので、まぁいつも通りの日常に戻った今現在。


「行きたくないよぉ〜……絶対面倒臭いよぉ〜……」


「シャキッとしなさいよ……確かに面倒なのはわからなくもないけど」


「折角、前段階でアマネがファン層増やして荒れないようにしてんだから、妹のお前がそれを潰してどうするんだって」


「わかってるけどさぁ……」


 まぁ、正直に言うとゴネまくってるユーリの気持ちはわからなくない。というか、もし私がその立場だったら、ユーリみたいにゴネるどころか全力で拒否してると思う。


 今回ユーリがゴネているのは、大手クランのリーダーが集まった上での説明会と、今後のクランホームの運営とか方向性とかの共有をどうするかの会議があるからだ。


 ハッキリ言えばウチのクランが進み過ぎているんだよね。まぁ、クランって言うか進み過ぎているのは主に私だけなんだけど。


 今回の会議はそれに関してどうするかって話がメインで、ぶっちゃけると愚痴大会になりそうな感じしかしないらしい。


「エリゼとか柚餅子が絶対うるさいよ……他はまだいい感じに餌を出せたから大人しくしてるだろうけど」


「まぁ、いい餌はこっちには山積みになってるものね」


「ん。うるさいのはその二箇所くらい」


 生産職は素材の提供で大人しくなったし、サムライブレイダーズのような趣味全開の人達は、その趣味に合った相手との鍛錬で納得している。


 翼の騎士団も地味にその中に含まれていて、モードレッド達円卓の騎士との鍛錬で黙認という形になったらしい。


「花鳥風月はエリゼ至上主義だし、情報組は絶対知ってるネタ全部言えって突っ掛かってくるだろうし……」


「情報を伝えるだけで数日使いそうですからね〜」


「エリゼ至上主義で嫌になる理由がわからないんだけど……?」






「エリゼがね。お姉のファンと自分のファンで内部分裂しそうだって、めっちゃ機嫌悪いんだよ!」






……どうやら、花鳥風月はエリゼ派と私派でかなり物々しい事になっているらしい。


 とは言っても、ファンがどうこうというのは私の管轄外だし、ぶっちゃけ花鳥風月内の統制の問題なんだから、こっちじゃなくそっちでしっかりやりなよって言いたくなる。


「愚痴られるのが嫌なんだよ……」


「愚痴で済むだけいいでしょ。お隣さんとか、下手したら内政干渉だって言って軍隊差し向けてくるからね?」


 比喩表現とか抜きで、帝国なら本当にその程度の理由で侵略戦争を始めても可笑しくない。というか、実際にやった歴史も残ってるんだよねぇ……


「……お姉、暇なら王都まで来てくれない?」


「なんでよ。ユーリが頑張るんでしょ?」


「それとコレとは話が別。頑張りはするけど、精神安定剤的な意味でお姉には王都に居て欲しい」


 そこまで言われると何とも断り難い。この後行くところもそんなに無いし、何か行く理由になるものがあるなら同行するのも吝かではないけどさ。


「今現在、王国の国王夫妻が聖教国の法皇と会談をしていて、フランガには若くして抜擢された聖女様が来ているみたいなんですよ〜」


「所謂外交関係のアレだな。元々フランガと聖教国って仲は悪くないし、今回の聖女の来訪も旧友である第三王女に会いに来たって意味合いが強いみたいだぞ」


「聖女様かぁ……確かに会うのも悪くないね」


 聖教国の高官とはまだ知己の仲にはなっていないからね。守護龍はドラゴンだから人ではないってことで、今回はノーカンにしておくよ。


 よく考えれば、フランガの王家にも話を通しておかないと同盟に引き入れる事もできない。プレイヤーの多さから避けていたけど、バレたこの時期を機に縁を結びに行くのも悪くないかもしれない。


「よし! 目標変更! 今日はフランガと聖教国を同盟に引き入れる!」


「……なんか、お姉を凄く焚き付けちゃった気がする」


「まぁ、いいんじゃねぇの? 悪い事は何もしてねぇんだからさ」


 フランガと聖教国が正式に同盟に加われば、包囲網は完全とも呼べる領域に達する。四方八方を敵に囲まれることになる帝国は、一手打ち損じるだけで一息に傾国の道を歩むことになるだろう。


 よし! やる気がいい感じに出てきた! ユーリの交渉や話し合いにも手を貸してもいいかってくらいに上がってきたし、早く王都に向かうとしよう!















「じゃぁ、あんまり大きな騒ぎだけは起こさないようにしてね? ホントにお願いだから、ね?」


「大丈夫だって。心配し過ぎだよ」


「今までのやらかしを胸に手を当てて振り返ってから言ってくれないかなぁ!?」


 それはユーリが言えた口じゃないと思う。まぁ、やらかすレベルも規模も私の方が現状遥かに上なんだけどさ。


 ユーリ達が今回の議場である翼の騎士団のクランホームに入っていく姿を見送ると、私はどうやって城の中に入るか考える。


 他の国と違って、中に入る名分と言うか名目と言うか、理由になるものがそんなに無いんだよね。


 やるとしたら各国首脳陣に一筆認めてもらうことだけど、門番の人に見せたところで許可が下りるか全く分からず、場合によっては偽物扱いの上で拘束とかもあり得るんじゃないかって。


「こういう時にモードレッド達がいれば、ちょっとは楽だったかもしれないなぁ……」


 同盟関係のお仕事で、モードレッド達も今の時期はかなり忙しい。ヒビキとレンファのお仕事にはグレガリオもついていくように命じたし、今は完全にフリーな状態なんだよね。


 フランガ国内ならプレイヤーの目も多いし、いざとなればモードレッド達もここに転移できるから、ぶっちゃけ護衛が少ないっていうのも問題はない。


 最悪の場合は、ユーリにメッセージを送ってどうにかしてもらえばいいからね。丸投げって、めちゃくちゃ楽な方法だよね!


「取り敢えず、邪魔にならないように路地にでも行こうかな……」


 プレイヤーに集られると面倒だと思っているので、今回はフードを深めに被ってパッと見ではわからないようにしている。


 この程度の変装でも、プレイヤーの注意はかなり薄くなる。まぁ、プレイヤーの装備や格好に特徴的なものが混じっているからこそ、この状況でも溶け込めているってのもあるが。


「王都の探索は初めてだなぁ……」


 闘技大会の時期には表通りのお店にも足を運んだけど、その後は全然来てなかったからね。


 最初の国ということもあり、他の国と比べてかなり落ち着いた空気感が薄っすらと漂う裏路地を歩いていれば、いつの間にか住宅街と呼べるエリアに足を踏み入れていた。


 プレイヤーの姿は見られず、主婦らしき住人がカバン片手に買い物に出掛けている姿くらいしか、私の視界には入らない。


「向こうにあるのは教会かな? ファンタジー世界だと孤児院も兼ねてたりするけど」


 遠目から見ても分かる教会らしき建物。屋根に十字架っぽい飾りも乗ってるし、結構広い土地を使っているみたいだから孤児院兼用っぽい気もする。


 まぁ、遠くから見ていても仕方無いし、早速その教会にお邪魔しに行ってみようかな。


 そう思って遠くもない道を歩いてみるが、ほんの少しばかり嫌な予感が、その教会の中から感じられる。


「……誰かを呼ぶ暇は無いか。何とかなるかな?」


 そっと、教会の玄関口の戸を開けて中に入る。人影は見当たらないが、声の聞こえる方向は建物の裏の方のようだ。


 開きっぱなしのドアを通って奥に向かうと、裏庭で二人の子供を抱える白い服の女性が、空を飛ぶ三人の妖精を前に険しい顔をしていた。


『あら? あらあらあら?』


『珍しいお客様だね?』


『人除けが効かなかったみたい?』


「貴方は!? いや、そんなことよりも早く逃げて下さい! この妖精達は危険です!」


 にこやかな笑みを浮かべる妖精達。アルビオンの地で見た妖精族と違い、明らかに悪意を伴ったその笑顔を見れば、この妖精が危険な存在なのはすぐに分かる。


 ただ、その妖精のターゲットは裏庭にいる女性と子供。ここで逃げたらその子達を見捨てることになるし、この妖精達が逃がしてくれるような気もしない。


「貴方達の目的はその子供達?」


『違うよ? そこの聖女が私達の目的!』


『子供達はついで! でも、ウチで育てるのもいいかも?』


『キャハハ! そんなことよりどうしようね! 人が増えたら大変、大変!』


 キィィ、と音を立てて扉が閉まる。それと同時に、薄っすらとこの周辺に結界らしきものが発生し、完全に外に出られなくなった事がわかる。


「貴方達の目的は私なんでしょう! なら、この子達は無関係の筈です!」


『ちょっとオマケがあっても良くない?』


『ね〜? ほら、子供っていい声で鳴いてくれるからさ〜』


 成る程、邪妖精とはよく言ったものだ。言葉の中に隠し切れない闇が含まれていて、完全に聖女と子供達をターゲットしている。


 だが、その中で一人の金髪の妖精だけが、私をジッと見てニヤニヤと笑っていた。


『貴方、玩具にしても面白そうね。それに、なんだかとてもいい声。すっごい素敵ね』


「……お褒めに預かり、恐悦至極?」


 何とも不思議な形で私の声を褒められたが、その顔の笑みを見れば善意のものではないと簡単に分かる。






――――そして、彼女は私に対してその言葉を呟いた。













『ねぇ、貴方の声を頂戴な。そしたら、私は見逃してあげてもいいわよ』





「……なんだ。そんなことでいいんですか」


「だ、駄目です! 貴方は、私とは―――」


 何か言おうとする聖女に近付き、そっと彼女を抱き締めた上で小さな声で耳打ちする。私は駄目かもしれないけれど、彼女が聖女ならきっとこの後は彼女が世界を動かしてくれる筈だ。





「ゾディアック、というクランの拠点に行って下さい。そうしたら、きっと力になってくれますから」













――――さて、皆は私のことを許してくれるかな?

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