第701話

『ふふっ。馬鹿な娘だったわね!』


『さっすがコンちゃん! 冴えてるよね!』


『喋れなくなったら私達で好き勝手出来るのにね!』


 綺麗な声も手に入ったことだし、コレでヘラ様に怒られることもないでしょう!


 ほら、聖女を排除しなさいって言われたけど、アレってゼウス様の浮気対策でしょ?


 なら、もっと俗っぽいあの女の方が狙い目と見做しそうだもん! 予め不和の芽を引き抜いておいたんだから、私達悪くない!


『奪ったコレ、どうする?』


『ん? 私達のものにしちゃえばいいじゃん!』


『アンタのはそれでいいだろうけど、私達のはそんな代物じゃないんだよ?』


『でも、私は声で充分だからなぁ……』


 綺麗な声だから、私に使っちゃえばこの声がもっと美しいものになるのに……他が渋ってるせいで思うように使えないじゃない!


『要らないなら適当に捨てとけば?』


『その場合、アンタの持ってる声も捨ててもらうわよ?』


『……なんでよ?』


『『アンタだけ持ってるのが気に食わない』』


……チッ。私がいなければオマケさえ貰えなかった癖に生意気ね。


 まぁいいわ。喧しいババァの依頼で、予想外にいいものが手に入って機嫌がいいし、ここでキレてたらあのババァみたいに皺が寄っちゃうわね。


 人の方も騒がしいみたいだし、このままゆっくり隠遁生活と洒落込みましょうか。触らなければ神の祟なんてないのだからね!












 その報告を聞いた時、私は形振り構わず飛び出して、すぐにクランホームの中に戻っていた。


「お姉!? お姉は何処!?」


「……こっちだ」


 険しい顔で龍馬が訓練場を案内する。急ぎ足になりそうな私の体を無理矢理抑え込みつつ、その後をついていけば――――





――――そこには、木像のようになったお姉の姿があった。






「お姉!!! 返事して、お姉!!!」


 縋り付くようにお姉に触れるが、その樹皮のような手触りと冷たい体温に、私の頭の中から血の気が引いていく。


 コレが何かのドッキリであって欲しいと願うが、目の前の変わり果てたお姉は、自分がプレイヤーであることをアイコンでしっかりと示している。


「……これは」


「マーリン殿。アマネは……」


「『妖精の取引チェンジリング』だ。アマネは、何らかの条件に対して対価を支払っている」


「聖女と子供二人の解放、か」


 まだ私もザッとしか聞いていないけれど、孤児院に足を運んでいた聖女様が邪妖精と呼ばれている奴に襲われて、子供達の安全を対価に自由を奪われようとしていたらしい。


 そこにお姉が足を運び、聖女様と二人の子供を逃がす代わりに自分の声を差し出した。


 その時点で中に居た聖女と子供達は外に出されたらしいけど、子供を安全な所に送り届けた後で孤児院に戻ったら、裏庭に木像と化したお姉が居た、ってことらしい。


「……声、自由、意識。下手人は三人だな。死んでいれば戻すのも楽だが、生きているなら……」


「……目標は、アマネに危害を加えた邪妖精三匹、でいいんだな?」


「それでいい。ただ、邪妖精も本気で隠れるだろうし、踏み倒せると判断できる知能があるからこそ邪妖精共はたちが悪い」


 踏み倒すってことは、もしかしてお姉が戻ってこないことも有り得る……ってこと?


「まぁ、そんな可能性などどうだっていい――――」








――――あるのは、アマネが害されたという事実だけなのだから。








 ズン、と重くなったような空気感。いつの間にか訓練場に入ってきていたモードレッドから発せられる殺気は、味方である筈なのに私が殺されるんじゃないかという恐怖を感じさせている。


「つい先程、帝国が声明を出した。フランガ王国とディルガス帝国とで戦が始まったよ」


「やはりか。誓紙破りも常道な彼の国だ。既に軍は国境線にいるのだろう?」


「当然だ。だが、フランガは防戦に於いては帝国の攻撃を防げる程。単独で帝国を落とせる程の軍備は無いが、防波堤としてなら堅牢だ……」


 このタイミングで起きるディルガス帝国の宣戦布告。邪妖精は帝国の攻撃でフランガが荒れると考えたからこそ、お姉から奪い取っていったんだろうか。


「国境の守りは?」


「既に動いている。そして、アマネが紡いだ縁が、今ここで同時に動き始めている」


「……え? お姉の?」


 モードレッドは、殺気立った気配を緩くしてから口を開き、今の状況を簡単に教えてくれる。


「帝国の宣戦布告と同時に、アマネが縁を結んだ同盟国が全て動き始めた。本国もこの戦いで帝国に引導を渡すつもりでいる」


「帝国一ヵ国に対して、こちらは十を超える国々が同盟の立場で帝国を攻撃する。軍事大国である帝国とて、全方位から来る敵の攻勢は凌ぎ切れん」


「国の規模ではないが、レジスタンスや反帝国を掲げる勢力も参戦を表明している。帝国は、今この時を以て完全に潰す。潰してみせる」


 お姉が害された情報は直ぐ様同盟諸国に共有されたらしく、ついで報告されたフランガ王国に対する宣戦布告で、ほぼ全ての国々が帝国に対する宣戦布告の方針を固めたらしい。


 ディルガス帝国と同様に、大国と呼ばれているマギストス王国、ノルド皇国、キャメロット騎士国も既に軍を動かしているらしく、植民地化された土地がある国々も、奪還の為の戦力が集結しているそうだ。


「クランホームの防衛はユーリ達に任せる。正直に言えば、名のある神格の一人は備えていて欲しいところなのだが……」










「――――その役目、私が担いましょう」










 コツ、コツ、と、黒い革靴を履いた執事服の男が、本館の玄関から姿を現す。頭の先から靴に至るまで、完全に黒で統一した男だ。


「……初めまして、だな。レンファにでも頼まれて来たのか?」


「いいやぁ? 今回は我が主の無聊を晴らしてくれた歌姫に対する恩返しさ。それに、我ながら面白い品を沢山作らせてもらったからね」


 執事服の男の手には、刃どころか柄まで黒に染まった片刃の大剣が握られている。神剣というには禍々しく、魔剣というには流麗な剣だ。


「我々は誰にも従わぬ、まつろわぬ神。だが、この時だけは、彼女の為に刃を取ろう」


「……助力、感謝する。外なる神、ニャルラトホテプよ」


「礼をするくらいなら、疾く彼女を解放してやれ。我が主も、それを心から望んでいる」


……なんか、ニャルラトホテプって名前が聞こえたような気がするけど、気の所為だったかな? それに、我が主ってまさか――――


「あぁ、そうそう。一つ言い忘れておりましたが、どうやらこの戦いに加わるのは人や神で収まらないようですよ?」


「え、それって……」


「スタンピード、だな。まぁ、アマネと縁を結んだもの全てに知られているのだから、帝国を狙うのも当然の話だ」


 ちょっと待って? スタンピードってしれっと言ってるけど、その考えで行くと規模感とんでもないことになってない?


 そんな私の思考が表情に出ていたのか、ニャルラトホテプと呼ばれた男はニヤリと笑みを浮かべてその口から言葉を紡ぐ。


「妹君の考え通り、とんでもないことになっていますねぇ。世界全土のモンスターが、道中の都市や村落を無視して一斉に帝国を目指して移動していますよ」


「成る程、それでか。キャメロットもそうだけど、モンスターの大移動が始まっていて住人達に不安が押し寄せているんだ。尤も、目的が帝国だから正当防衛以外なら無視を貫いているようだけど」


「えっと〜……フランガ、ヤバい?」


 こういう情報は早めに共有しないと、下手したらプレイヤーの暴走で一気にフランガの都市が更地になる可能性も出てくる。


 そう思っていたが、現場フランガ王国はルートに入っていないらしい。国内のモンスターは兎も角、国外のモンスターは何方かと言えば南のマルテニカか北の海上を移動する形で動いているようだ。


「但し、飛べるモンスターはフランガ王国の上空を通過するだろうけどね」


「……因みに、飛べるモンスターというのは?」








「主に竜種だな。多分古代龍も数種類混じるんじゃないかとは思うよ」










――――どうやら、フランガ王国の空をドラゴンの群れが通過するらしいです。

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