第757話
メルセルク山道の外れに位置する小高い山。天然の洞窟があり、旅人や行商人に一夜の宿を与えてくれる貴重な場所だと知られている山に、帝国の残党軍は集まっていた。
「帝国の人達って、あの戦争の時に全滅したと思ってたんだけど……」
「確かに『帝国国内』の人間はそうだな」
オデュッセウスの言う通り、帝国国内にいた人間は全てアステロペテスに変わり、そしてゼウスの消滅と共に枯れ木のようになって崩れ去った。
だが、ゼウスの雷に撃たれてアステロペテスに変化したのは帝国国内の話だ。国外に潜伏していた人間等に関しては、その例から漏れている。
国外に脱した部隊も少なからずいるだろうし、フランガ王国やマルテニカ連邦に潜伏していた密偵達も、上役と共に何処かのアジトに集結している筈。
それが、丁度この山道の近くにある山だった。それだけの話だと言えるだろう。
「ここはマルテニカ連邦内でありながら、北上すればフランガ王国の端っこにも行けるし、聖教国にもそう遠くない」
「密偵達の潜伏場所としては悪くないだろうな。実は、都市内の掃除で密偵なんかがいた痕跡はあれど、人の方は見つけられなかったんだよね」
「つまり、本国が終わった時点で残党共は一斉に退去して一箇所に集まったってことか」
恐らくだが、残党の中でも色々と意見が割れているのだろう。何も無くなった帝国に帰参しようとする者もいるだろうし、新たな帝国を築くと宣言するような者もきっといる。
それに、彼らの本質にはテロリズムの要素も含まれているのだ。窮地となったら、帝国の意志を汲むとか主神に殉ずるとか言い出して、自爆攻撃を行うことも想像に難くない。
「早いうちに殲滅しておかないと、後々の禍根になるでしょうね」
「幸いにして、対応する戦力はここらに十分あるからな。寧ろ、参加するものを選別するのに苦労しそうなくらいだ」
そう言って見回す龍馬。確かに、ここには大量のモンスターやトラブル対策の為の英霊達も大勢いる。
その中の一部でも参加してくれれば、相手が帝国の残党軍だとしても余裕で殲滅する事が出来るだろう。
「取り敢えず、プレイヤーから参加希望者を募ってもいいか? 流石にそちらさんだけで片付けられると、参加出来なかった者が落ち込むからな」
「まぁ、勝ち戦であることは間違い無い。相手には正規軍の者も混じっているだろうが、こちらの戦力と比べれば影響は然程無い」
「新兵の教育と思えば丁度いい相手かもしれないね。参加を希望する異界人は、それぞれの得意武器や役職に応じて配置すればいいかな」
多対多の戦闘はそこまで経験していないプレイヤーも多い現状、残党軍殲滅戦はそういったプレイヤーの練度を高めるのには丁度いい。
何せ、周りにはプレイヤーだけでなく、百戦錬磨の兵達が共に戦ってくれるのだ。その戦い方を間近で見るだけでも、相当な経験値になる。
その上、今回の戦いはどう転んでも勝ち戦。プレイヤーが大敗しても英霊達がカバーしてくれるし、いざとなればモンスター達がアジトの方向へ歩を進め始める。
こんな優遇された戦場は、何処を探してもそう見つかるものではないだろう。特に、今は経験を積める戦場が提供出来た帝国が潰えているのだから。
「よし! 掲示板に書き込みをしておいた。これで山道に集まるプレイヤーも増えるだろう」
「ウチのクランにも、足を運べる者には参加するように連絡しておきましたわ」
フロリアとエリゼがそう話している間にも、ランドトータスはゆっくりと進行方向を変え、残党軍と対陣出来る位置に向かってのんびりと進み始める。
どうやら、今回の砦はランドトータスの背中になるようだ。ボスクラスのモンスターの背中が本丸って、多分ウチじゃないと出来ないね。
ランドトータスが歩を止めた。どうやら、残党軍と対陣出来る位置に到着したらしい。
周りには簡易的な陣幕を用意し、折り畳み式のテーブルを繋げた卓に地図を広げて、プレイヤーや英霊達が混ざって軍議を始めている。
『む? おぉ、アマネ殿!』
「家康様、残党軍の様子はどうですか?」
その中でまとめ役をしていた家康が私に気付いてくれたので、そのまま私は現状の確認を行う。
『今のところ、敵は居城としている洞窟内に引きこもっているようですな』
『斥候曰く、中で飯を食って嵐が過ぎ去るのを待っている状態のようだ。かなり大勢抱えているみたいだが、随分と生き延びた者がいたものだと感心してしまうくらいだよ』
残党軍に対して感心しているのは、マルテニカ南東部に出身国があったフィン・マックール。彼もまた、昔起きた帝国のマルテニカ南東部侵攻の際に果てた英雄の一人である。
彼の息子であるオシアンや、その孫であるオスカーも共におり、彼の率いるフィアナ騎士団も今回の殲滅戦に参加するという。
『ディルムッド。先鋒は任せる』
『まぁ、一番槍の功を他の者に譲るつもりはありませんからね。至高の歌姫の為にも、この戦いに勝利を刻みましょう』
ブロンドの髪を揺らすフィン・マックールの命に従う、白髪のディルムッド。フルネームだとディルムッド・オディナとなるのだが、長いのでディルムッドと呼ぶことの方が多いそうだ。
剣技も槍技も巧みな戦士であり、嘗て帝国に攻められた時には最前線で主神教徒や邪妖精を討ち取り、そして万を超える軍勢を退けて果てたという。
『ディルムッドがいるなら万が一も無いだろうな』
『あぁ、サポートは任せてくれ。あの戦いに参加出来なかった分、しっかり働くつもりでいるからな』
ディルムッドなら大丈夫という黒髪の剣士であるオスカーや、藍色の長髪のオシアンも諸手を挙げてそれに賛成。ちなみに二人共片刃の剣を使う辺り、親子なんだなと分かる。
『盾役はこのレオニダスが引き受けよう!』
『カッカッカッ! スパルタの防御陣が敷けるなら、後方に抜けることは万に一つもあり得んじゃろうな!』
更に、外へ出てきた残党軍はスパルタのレオニダス王が兵士を引き連れて正面から打ち砕くと宣言。洋画の俳優そっくりの容姿で豪快に笑われると安心感が凄まじい。
そんなレオニダス王を見て笑うのはハンニバル。カルタゴという小国に仕えた名将であり、銀の短髪に白髭のよく似合う快活そうなお爺さんだ。
これでも主神教徒の軍勢五万を計略と軍略を以て殲滅した凄い将軍で、もし後手に回るような事があればすぐにそのカバーが出来るように、この陣の中で控えていたらしい。
『さて、俺はそこの剣闘士と共に切り込むとしようか。ブリュンヒルデ、アスラウグを頼むぞ』
『えぇ、行ってらっしゃい』
ランドトータスから降りるシグルドは、背に担いだグラムに手を掛けて抜きつつ、ゆっくりと切り込む部隊の方へと歩みを進める。
「おっしゃ! 俺も派手に暴れてやるか!」
『シグルドとゴリアテ、だったな。お前達の武勇、しかとこの目で見させてもらおうか』
ゴリアテも意気揚々とその部隊に向かい、まとめ役であるスパルタクスにニヤリとした笑みを返される。
スパルタクスも嘗て帝国の奴隷だった剣闘士であり、同じような境遇の奴隷を集めて反乱軍を組織した戦士である。
その武勇は並々ならぬもので、帝国軍一万五千を討ち取り壊滅した。その時のスパルタクスの軍勢は、およそ二千程度と、五倍以上の相手に物凄い善戦をしていたのだ。
そんなスパルタクスがまとめ役を務める切り込み部隊など、残党軍側からしたら悪夢でしかないだろう。
「僕らは出てきた連中を叩くとしようか」
『なら、我らは今回は後方から援護するとしよう』
モードレッドの言葉に、大鎧を纏った源為朝が肯定と共にそう返す。
帝国海軍との海戦に於いて、敵の小船を弓の一射で沈めるような豪の者だ。陸戦でしかも弓を使うともなれば、残党軍は小船の比にならない損害を受けることだろう。
「……なぁ、これって本当に私達はいるのか?」
「切り込み部隊に混ざっとけばいいと思うよ」
圧倒的戦力差にそんな言葉を口に出すフロリア。正直に言えば、プレイヤーの出番はホントに無くてもいいんだよね。
ただ、それはそれとして祭り事と思えばプレイヤーが混ざっていた方が色々と面白いことになりそうだ、というのもあったりする。
「じゃ、私は後方でBGM担当になっておきますね」
「歌姫が担当って、物凄い贅沢ですわね……」
まぁ、私の役割って後方支援ですし? ほら、職業的には何も間違ってないからね!
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