第756話
ディネル森林を抜けると、メルセルク山道という山に作られた街道が眼前に現れる。
ペラントの西に伸びているこの街道は、山道ということもあってか盗賊の被害がそれなりに頻発している少々治安の悪い街道だった。
尤も、現状でその盗賊達は己の身の危険を察知しているのか、それとも大量のモンスターの群れを見て怯えているのか、街道を旅する旅人や行商人に手を出す事無く隠れ潜んでいた。
「いやぁ、最初見た時は俺の人生も終わったかと思ったが、まさかこんなに優秀な護衛になってくれるとはなぁ!」
そう言ってニコニコと笑う商人のおじさんが、他の商会の馬車を率いてゆっくりとモンスターの群れと共に山道を進んでいく。
ペラントで仕入れをした頃に丁度モンスター達の先頭が到着したらしく、最初は生命の終わりさえ覚悟していたそうだ。
ただ、そのモンスター達がペラントを襲うこと無く、北側にグルっと迂回する形で行進を続けていく姿を見て、思わずポカンと口を開けてしまったらしい。
「この一団の長は歌姫のお嬢さんと聞いていたが、こんなに沢山のモンスターを手懐けるとは……」
「手懐けているんじゃなくて、皆私の友達なんですよ。聖教国まで続きますが、後続はまだまだいますからね」
ピョンピョンと飛び跳ねて移動する一本だたらが通り過ぎていく姿を見ながら、横を追従する商人とまったり会話を続ける。
ここ最近の景気はかなりの右肩上がり。帝国という巨悪が消えたことで治安面が良くなり、更にギリギリまで帝国の金貨や銀貨を吸い出していた為、貨幣面でもかなり潤沢になっているそうだ。
端の商人でもすぐに店を構えられる程、あちらこちらで物資の取引が行われていて、特に更地になった旧帝国領は開拓という意味で建材や工具の価格高騰の一因となっているという。
「旧帝国領はだだっ広いからな。何処の国の土地になるかわからんが、何方にせよ入植するなら家屋敷を建てるための資材や道具が必要になる」
「だから、木材や石材等の資材や大工道具が高く取引されているんですね」
「多分、入植が進んだら今度は農耕具や作物の種が売れるようになると思うよ。何せ、土地だけは広々としているから」
旧帝国領は嘗て帝国に併合される前の国々が二桁は存在していた広大な土地。中央に行く程に荒れ地が増えるが、それも神々の手により回復される予定だ。
流石に中央を貫いた大穴の修復には頭を悩ませているようだが、その他の平野部や山地の回復ならばお手の物だという神も多い。
だからこそ、戦場となって荒れ果てた土地を回復させて、早く人の世に戻して管理してもらえるように急いでいるらしい。
「旧帝国領は分割するにしても何にしても、まず真っ先に生きられるだけの環境を作らなきゃいけねぇからなぁ……」
「まぁ、その旧帝国領の扱いについては私にもちょっとした考えがあるんですけどね……」
そんなことはさておき、この山道周辺で出会えるモンスター達も、私達が気になるのか木立の間からひょこひょこと顔を出してこちらを見ている。
試しにその子達にちょいちょいと手招きしてみれば、ニパッとした笑顔と共に飛び出したその子達が、次々とランドトータスの背中に飛び乗ってくる。
「キャットソルジャー。亜人系のモンスターで、素早い身のこなしが特徴的な種だな」
「片手剣か短剣の二刀流の何方かが多いな。腕前もそこそこ高いから、油断するとアッサリ斬り裂かれて死に戻ることになる」
キャットソルジャーは多種多様なネコのモンスターで、ケットシーのように二足歩行で戦うことが出来る亜人系モンスターに分類されている。
尤も、ケットシーは妖精系でキャットソルジャーは亜人系。見た目はネコで一緒ではあるが、キャットソルジャーは体が大きめで物理型に特化する。
逆にケットシーは魔法型で、純粋な剣技も出来るが何方かと言えば魔法の扱いの方が得意であるらしい。
「アルビオンにいたのはケットシーの中でもかなりの精鋭だったみたいだからね。普通のケットシーは杖持ちが殆どだ」
「レイピアが使えるのは相当場数を踏んでいるケットシーくらいなものだ……っと、今はキャットソルジャーの話だったな」
キャットソルジャーは簡素な胸当てを身に着けていて、靭やかな動きは軽戦士である彼らをかなりの使い手に仕立て上げている。
何しろ、木々を踏み台にして縦横無尽に敵を攻め立てるのが彼らの戦法の一つなのだ。対人戦となったら、初見のプレイヤーは苦戦を免れないだろう。
「あ、テアシナガザル!」
「うわ、ホントに手足が長い!?」
そんな話をしていると、木の上からテアシナガザルというサル達が、枝にぶら下がりながらサブストレントの枝に飛び乗ってくる。
このテアシナガザル。名前にある通りテナガザル系がモデルのモンスターなんだが、手だけじゃなくて足まで長い。
その為、攻撃のリーチがかなり長く、石などの投擲が鬱陶しいと迂闊に近寄ろうとすると、その長い手足によるパンチやキックを食らうことになる。
そして、テアシナガザルとの戦闘に集中しているとキャットソルジャーが乱入してきたり、今飛んできたオニクチバシという鳥が攻撃してきたりするのだ。
「テアシナガザルの叫び声で他のモンスターも興奮状態になるんだが……」
「オニクチバシに関しては、完全に遊びに来ただけですね」
テアシナガザルは少々警戒も混じっていたようだが、オニクチバシは警戒何それ美味しいの? と言わんばかりにユーリ達の肩に止まっている。
オニクチバシはかなり物騒な名前をしているが、実際には嘴の攻撃力が高いキツツキのモンスターだ。
その一発一発に防御破壊効果があり、盾役は装備の耐久値をガリガリ削られるので厄介な相手だと言っている。
また、防御力に乏しい分機動力が高く、近接攻撃を当てるのはカウンター狙いであってもかなり難しい。
「オニクチバシがいたら魔法攻撃で面制圧が常道だったな」
「ん。私なら余裕で撃ち抜ける」
「そうだね。オニクチバシは動きは早いけど、先読みは比較的しやすい部類だ」
嘴の攻撃を得意としている分、必ずと言っていいほどこちらに急接近してくる時がある。
その時を狙ってしまえば、オニクチバシを撃ち抜くのも難しいことではないらしい。まぁ、弓の腕前がプロ級のロビンが言っている言葉なんだけどね。
「おっと、メルセルクパンサーも出てきたか」
「この街道のボスだね!」
「クロヒョウ……あ、もふもふできるかな?」
そんな中、シュタッと木の上からランドトータスの背中に飛び降りてきたのは、メルセルクパンサーというこの山道のボス。
かなりキレイな毛並みのクロヒョウで、降り立った瞬間にアスラウグに抱き着かれてもふもふされている。正直に言えばちょっと羨ましい。
メルセルクパンサーは山道のボスなだけあって動きが早く、そして狩りの腕前は並大抵のモンスターでは追いつけない程の実力を有している。
何よりこのボスの特徴として、夜の方が戦闘能力が高くなるというものがある。
これは黒い毛並みが夜闇に紛れることでより一層気配を薄く出来るからなのだが、昼であっても気配の薄さは凄まじいのでぶっちゃけ変わらないらしい。
「こうしてゴロゴロしてると、タダの猫に見えるねぇ……」
「プハッ……ちょ、いいから助け……ワプッ!?」
あ、エリゼは防具無しのキャットソルジャーに纏わりつかれて倒されている。ルテラ? そんなの、言わなくてもわかるんじゃないかな?
と、私達がまったりと過ごしていると、木の上からシュタッと黒い服に身を包んだ忍びが降りてくる。
『アマネ殿。家康様からの言伝でございます』
「聞きましょう」
『山の外れに賊の居城有り。帝国の残党軍が、そこに結集しておりまする』
――――どうやら、少しばかり寄り道が必要になりそうだ。
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