第671話

 新館の入口はアンティーク調の大扉で、開けると旅館のような玄関が出迎えてくれる。あ、確かこの絵は前にクラシカで貰った絵だね。確か、あのお爺さんの名前はミレー……だったかな?


「一応、スリッパもそこの靴箱の中に入ってるんだよね。まぁ、土足で上がってもスライム達が片付けてくれるんだけどさ」


「新しい家具も増やしたって聞いたけど、一体どれだけのお金が動いたんだろうなぁ……」


 土足で上がるのがなんか嫌だったので、スリッパに履き替えてから玄関の奥に進む。正面の絵の裏側に、二階へ行ける大階段を携えた大広間があるのだ。


「おぉ〜……下の階段が倉庫と生産施設があるところに繋がってるの?」


「そうだよ! 上は基本的には客室で、左が洋間、右が和室になってるんだ!」


 大広間は天井が高いこともあり、鳥系の子達の為のとまり木やキャットウォークが三階まで届くサイズで階段奥の壁に作られている。


 階段のカーペットや広間の大きな絨毯は主にアラプト製の高級品。現実で言うならペルシャ絨毯と呼べるような代物が床に敷かれ、その上でゴロゴロと肉食系の子達が寝転がっていた。


「洋間はどんな感じかな〜?」


「めちゃくちゃ広いよ! しかも、ダイニングキッチンまでセットになってるからね!」


 テンションが上がりまくっているユーリの言う通り、一階の洋間は食堂かと言いたくなるくらいに広々としている。


 置かれている家具はアンティーク調の物が多く、花柄のエレガントなソファーだったり、色とりどりの絵皿が壁に飾ってあったりと、兎に角豪華だ。


「お、来たか! 取り敢えず、屋敷の方はきっちり仕上げてやったぜ!」


「甚五郎さん、ありがとうございます!!!」


 そんなソファーにどっかと座りながら、ゆったりと煙管でタバコを吸っている甚五郎。現実だと禁煙だ何だと問題になるが、こっちだとタバコとして吸える薬草とかも多いからあまり問題にならない。


 何なら貴族社会だと煙管とタバコは一種のファッションアイテムにもなっているらしく、マギストスでも貴族向けの豪華な煙管やタバコを扱うたばこ屋があった。


「向こうに下に行ける階段があるだろ? 彼処から奥の地下に作ったバーに行けるぜ。和室の方には同じ側に風呂場へ繋がる回廊を用意してある」


「和室側の庭には態々茶室まで作ってくれたんだよ! それも、池が近くで見れる位置に!」


「広過ぎて犬猫が大運動会やってるくらいだからな。まぁ、暫くは俺もゆっくりさせてもらうぜ」


 透かし彫りが綺麗なローテーブルの上には、ちょっと御高そうな羊羹が長方形の黒い皿の上に乗っていて、それをオヤツにしていたのがすぐに分かる。


 まぁ、立派な家を作ってくれたんだし、作者なんだからゆっくり使ってもらって構わないよね。


「じゃぁ、このままバーの方も見てみよっか」


「バーはまだ見てなかったから、多分すっごく綺麗な部屋になってると思うよ!」


 フローリングに敷かれた手触りの良いラグマットの上を歩きながら、奥の焦げ茶の扉がチラリと見える階段をゆっくりと下りていく。


 ドアノブを回して扉を押すと、少し暗い部屋には様々なお酒が並べられた棚と、海外のお洒落なパブ風の様式の木のカウンターに、クラブにありそうな黒いクッションが使われたパイプの丸椅子が置かれている。


「あら、アマネ。戻ってきてたのね」


「わ!? レンファさんがバーテンダーになってる!?」


「ふふ、アリアドネに作ってもらったのよ」


 出迎えたレンファさんがクルリと回って見せてくれたのは、白いワイシャツに黒いバーテンダーの制服。元々が美女だと言うのに、ピシッと決めたその姿は美麗の言葉が相応しくも力不足のように感じる程。


「レンファさん、お酒に詳しそうだよね」


「まぁ、色々と飲んできてるしね。それに、もうお客さんは来てるのよ」


 ほら、と指差す先には、アマテラス様が見慣れぬ美人さんと一緒に、水槽を眺めながらゆっくりとお酒を楽しんでいるところだった。


 あ、実はここ、新しく拡張した湖の中層くらいの壁に強化ガラスを嵌め込んでいて、水族館みたいに魚を見れるバーとなっている。


「お、アマネ! 中々良き風情の部屋を作ってくれて感謝するぞ!」


「御礼は甚五郎さんに。えっと、御二方は初めまして、ですよね?」


 見慣れぬ美人さん二人は、私の顔をニコニコと笑いながら見て、それから口を開いて答えてくれる。


「私は伎芸天。前々からアマネちゃんの話は聞いていてね。ほら、アマネちゃん程凄い歌姫って初めて知ったからさ」


「あっという間に私達の力が溢れ出ましたから、ホントに驚きましたよ。あ、私は弁財天と申します」


 伎芸天様はちょっと色黒の姉御と呼びたくなるようなギャルっぽい美女、弁財天様はちょっとふっくらした奥様と言いたくなるような方だ。というか、普通に凄い神様じゃない?


 それと、白いテーブルの上にめちゃくちゃグラスとツマミが並んでるけど、一体何時から飲みまくってたんだこれ……?


「アマネのお陰で力が有り余っているからな。神域なんてものまで出来とる事だし、我らの加護をこの地に掛けておこう」


「神によって効果は変わりますけどね。これだけ多くの神がいるのなら、効果を調べるだけで一週間は日が過ぎますよ」


 拠点の加護関係はもう既に色々な神様が来ると同時に掛けていっているみたいで、あっという間に百に達しそうな勢いになっている。


 因みに、アマテラス様の加護は光属性の強化と作物の成長速度の増加、伎芸天様と弁財天様はスキルの成長速度増加。特に後者二人の加護は、音楽とかの芸能関係のものだと効果がより高くなるらしい。


「アマネ。暫くしたらここにも大勢の神が押し掛けてくるだろうからな。今のうちに和室の方を見てくるといい」


「それなら、そうさせていただきますね」


「うむ! っと、レンファ! 越後侍のロック!」


「あ、私は珍多羅のストレートを頼むよ」


「私は千年の眠りのロックで」


「……貴方達、酔い潰れても知らないわよ?」


 お酒の銘柄はわからないけど、兎に角強いお酒だってことはレンファさんの態度で何となくわかる。


 それと、しれっと入ってきて飲んでる孔雀さんと夜叉さんがウゲッて顔してますよ。やっぱ、三人とも飲み過ぎですって……






 バーを後にして和室の方に向かうと、屋敷の裏側の方が開放的な縁側になった、畳張りの広い部屋が出迎えてくれた。


「お、来たか。今夜は完成祝いの宴だぞ」


「……お姉、なんか、でっかいテレビがあるのは私の気の所為かな?」


「多分、ガラティアが置いてった奴じゃないかな」


 何畳あるのかわからないくらいの広い部屋には、龍馬が他の武士の人と一緒に黒塗りのローテーブルを幾つも並べ、今夜の宴会の準備を始めていた。


 なんか、母方の祖父母の家を思い出すなぁ。私が病気になってからは行くことは無くなったけど、二人共元気にしてるのはユーリが土産話で教えてくれる。


「図書館は今はやめとけ。ルテラがまた捕まったからな」


「そう言えば、図書館の一角に作戦会議室みたいな部屋を作ってたんだったね……」


「今回は太公望殿も参加しているな」


 どうやら、ルテラは未だに軍師面子の拘束から逃れられていない様子。いや、話の内容的には一度逃れた後でまた拘束されたのか。


 縁側の方は筵が下げられていて、涼しい風がそよそよと吹き、部屋の空気をかき回して温度を下げてくれている。あ、向こうの屏風絵凄いなぁ。確か、狩野永徳さんって方が描いたんだっけ。


「あら〜? おかえりなさい、アマネさん」


「ただいま、恋華。城壁の方は大丈夫そう?」


「弓月がいますけど、全然大丈夫ですね〜。今は料理の準備の方が大変なくらいですよ〜」


 あ、そっか。完成祝いの宴をやることになってるから、この大人数に振る舞う料理の準備があるのか。


 まぁ、一通り見てきたら私も料理の準備のお手伝いをするとしよう。取り敢えず、今は城壁の方を見てこないとね。


「私、城壁の方はまだ全然見てないからちょっと見てきてもいい?」


「是非、楽しんできてくださいね〜」


……城壁に楽しめる要素があるんだろうか?

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