第783話

 魔王軍と私達の戦争はこれで終わりを迎えた。今は互いに健闘を称えるような形で大宴会を行っている。


『ガッハッハッ!!! そら、潰れるまで飲んで飲んで飲みまくれ!!! こんな宴は一生に二度あるかもわからんぞ!!!』


 ヴァイキングと海賊が、鬼人族の人達と樽を空にする勢いで酒を飲み干していく。


 彼処の樽は大体がノルド産の強いウィスキーやウォッカの類だ。それと、海賊達の飲むラム酒も度数強めのものが揃っている。


『北国と海の蟒蛇共に負けるな!!! 行けぇ、謙信!!!』


『飲み放題ならば遠慮する必要はないな?』


 そんな大酒飲み達の飲み比べに乱入したのは、スメラミコトの武将の中でも最強の蟒蛇と呼ばれた上杉謙信。樽の酒をガブガブ飲み干して次々と空樽を転がしていく。


 そのスピードは急性アルコール中毒が怖くなりそうな程。というか、転がる樽を避けるミニゲームが始まってるんだけど。


 一番上手いのはワラビーことタイガーナックルと、ボスニワトリことセキショクセイケイ。ぴょんぴょんとギリギリのラインを飛び越していて、周りから拍手が聞こえ始めている。


 尚、避けそびれると思いっきり樽に吹き飛ばされて大変なことになる。ノックバックってレベルじゃないほどに吹っ飛んでるよ!


『こうしてお前が酒を浴びるように飲むのを見るのも久しいな』


『お、なんだ? お前も久々に酒が飲みたいのか?』


 あ、窮奇が逃げる間もなく始皇帝に捕まって、樽で口に酒を注ぎ込まれている。


 あっという間に酔い潰れたというか、お腹をタポンタポンにして倒れ伏す窮奇。この場合、殺人犯は始皇帝というべきなんだろうか。人じゃないし死んでもいないけど。


「すっかりお祭り騒ぎになっちゃったねぇ……」


「ふわぁ……これ、皆アマネさんを慕って来てくれたんだぁ……」


 ワイワイガヤガヤと、プレイヤーも交えて酒宴を楽しむ皆を見て、ベリアはちょっと呆け気味にそんな言葉を漏らしている。


 まぁ、確かにこの状況は呆けても仕方無いよね。だって、何千万もの英霊やモンスター、兵士達が広い戦場を埋め尽くす程に集まって、好きなように酒や料理を楽しんでいるんだから。


『ふふ……やはり、獣の毛皮は柔らかくて気持ちがいいものだな』


『こうして大人しく触らせてくれるのも、アマネが誼を通じてくれたからこそよ』


 盃を傾けながら、ダイアウルフやカムイオオカミ達の柔らかな毛並みを堪能するヤドヴィガとペンテシレイア。スカアハは何も言わず、ただ盃を傾ける手と撫でる手だけを動かしている。


 彼女達のように、モッフモフのモンスターに身を預けて柔らかな毛並みを楽しむ人は多い。こういう時でないと簡単に触れないとわかっているからか、かなりグイグイ行っている人が見受けられる。


 まぁ、嫌なら抵抗されるだろうし、なすがままになってるところを見る限り、撫でられているのも満更でもないようだ。


「ちなみに、ウチに遊びに来たらこの子達と触れ合えるからね?」


「……ホントに!?」


 キラキラとした目でこちらを見るベリア。背丈はそこまで低いわけじゃないんだけど、なんかちょっと幼い部分が多いような感じがするんだよね。


 レーナから聞いた話だと、次代の魔王として常日頃から勤勉というか、勉強や鍛錬などばかりしていて遊ぶ余裕は殆ど作ってなかったらしい。


 なので、偶に城下町へお出かけすると凄く機嫌が良くなって、その後の勉強効率やら何やらが格段に向上するそうだ。


 ということで、私もこの後頑張れ〜。という意味を込めて、ベリアが元気になりそうな飴を吊り下げることにした。


「ホントホント。なんならこの子達の子供達と一緒に遊べるよ?」


「――――行く!!! 絶対に行く!!!」


 おぉ、思った以上に食いついた。これで暫くは真面目に頑張ってくれるだろうし、レーナもきっと満足してくれるだろう。


 いや、聞いた話だけど今回の後始末でベリアとレーナに凄い量の仕事が降り注ぐだろうと、凄く悲しそうな声色でぶどうジュースを飲んでたからね。


 他の将軍達も仕事が山積みになるだろうが、それ以上にベリアとレーナが最終決定しなくちゃいけないので色々と頭が重いらしい。


「そう言えば、ホントにこっちに住める場所があるの?」


「うん、そうだよ。この間まで帝国があった曰く付きの場所だけどね。ちゃんと草原とか森林とか、色々と環境を戻した状態でそっちに譲渡されるかな」


 魔界の空は夜のように暗く、昼間は紫色になるという。そんな毒々しく暗い世界で過ごしていたら、そりゃこっちの世界に来たくなる程病んでしまうよね。


 ベリアもそうだけど、これで漸く子供達に青空がどういうものなのかが教えられると、妻子のいる魔王軍の人達がホッとしてその言葉を口々に話している。


 こちらとしては管理出来ない土地の厄介払いみたいなものだからちょっと申し訳無いけど、それで助かる人がいるなら悪くない気もする。




「――さぁて! 私はそろそろライブの時間かな!」




 フラフラっとベリアと一緒に宴会場となった戦場を歩き回っていたけど、そろそろ私も歌い始めたい。


 ということで、ヒビキが歌っているステージの方へゆっくりと歩いていく。勿論、ベリアも私の歌が聴きたいと後ろをついてきていた。


 いや、何となく申し訳無い気持ちが湧いてきて歌に逃げようとしてるわけじゃないからね? ただ、ライブがいいタイミングで出来なかった分を発散したいたけだからね!?


「あら、本当の主役が漸くお出ましね」


「ヒビキ、こっからは私の舞台にさせてもらうから」


 舞台裏からステージに上がると、観客達の歓声がより一層大きいものに変わる。あ、ベリアは舞台裏の控え席という特等席を用意しておいたよ。


 ヒビキと入れ替わるような形でステージの真ん中に立ち、そして特注のヘッドマイクの電源を入れる。


 ゴーレム達とガラティア、そしてシステムを乗っ取ったデータ組の協力のお陰で、現実で使ってる私用のヘッドマイク型で超高性能の本機を用意してくれた時はホントに感動したよね。





「さぁ! 敵も味方も皆お客! 祝いの宴をド派手に盛り上げていこうぜ、お前らァァァァァァッ!!!」






 私がテンションを上げれば、必然的に観客も聴衆もテンション爆上げで大喝采。ステージは派手に花火を吹き出し、それと同時に音楽が響き始める。


 さぁ、私のライブの始まりだ!!! 皆の記憶から忘れられない宴の思い出を、そこに刻み込んでみせようか!!!

















「いやぁ……マジでイベント終わっちまいましたねぇ」


「ホントにね……あっという間に、この世界の主要なイベントが全部片付けられちゃったわね」


 アマネのライブを観戦する運営達は、皆思い思いの飲み物やお菓子、或いは酒の肴を予定してその映像を大画面モニター越しに眺めていた。


 一年以上運営するつもりだったこのゲームが、たった一人の少女により僅か数ヶ月で攻略されてしまったのだ。若干の哀愁が漂っているのも仕方無いことではある。


 ただ、それ以上に今はアマネの歌声に耳を傾けて、将来の展望をゆっくりと考える。


「こうなると、魔界の存在がかなり助かるわよね」


「それと、悪巫山戯で導入したクトゥルフ系の連中もですね」


 運営内で今後のアップデートなどで行うイベントの事を話していたのだが、既にメインストーリーとも呼べるものが攻略されたことにより、イベントを発生させる場所が無くなってしまった。


 なので、次のイベントはどうしようかと運営の中でかなり悩んでいたのだが、魔界という別世界の存在が一つの活路を見出した。


『そうだ! この世界にイベントを起こす場所が無いなら、別世界にイベントを起こす場所を作ろう!』


 幸いにして、データ組が運営の提案に賛同し全面協力してくれることを約束してくれたので、今後のイベントに支障は無くなった。


 まぁ、他の支部が提案して通したイベントをこっちでテコ入れし直す必要などが出てくるが、今までの終わる見込みが見えなかったサーバーの拡張作業と比べてしまえば、そんなもの大した問題でもない。


「受け入れ準備も順調に進んでますしねぇ。上にこの状況がバレなければ、普通に何のお咎めもなく第二陣を受け入れられるでしょうよ」


「やるとしたら次の三連休に、時間帯別で分けるって感じだものね」


 午前十時にAグループ、午後六時からBグループという形で、三日に渡り第二陣受け入れを開始する予定の運営陣。


 三連休まであと二週間程あるのだが、データ組は運営が手に余らせていたサーバー拡張をあっという間に終わらせてしまったものだから、今は荒らしサーバー等の管理も引き受けてくれている。


 と、そんな事を考えていると、主任の携帯が少しばかり可愛らしい着信音を鳴らす。その場にいた全員が『意外……』と思っていたのは本人にはバレなかった。


「あ、ちょっと失礼……」


 そう言って、部屋の外に出て着信に応じる主任。ライブの邪魔しやがって、という声は聞こえなかったことにしておこう。


 しかし、廊下から主任の怒声に近い声が聞こえてくると、物凄い足音を立てながら主任が携帯を握りしめながら戻ってくる。




「――――っんの、ゴミ野郎!!! なんで面倒くさい案件ばっかこっちに投げてくんだよ!!!」





「あー……また国栖田さんから無茶振りが来たのか」



 この会社の役員である国栖田五満くずたいつみは他の支部でも毛嫌いされているクソ野郎であり、中の悪い他支部もその点については同意してくれる本社の悪性腫瘍なのだ。


「今度の無茶振りはどんなんですか?」


「御偉方がスポンサーについてくれるって言ってたから、君達のサーバーにそのスポンサーの娘を入れるよ。って一方的に言って切りやがったのよ!」


 それはまた面倒な……と、顔を顰める運営陣。タダでさえヤバいネタしか無いのだから、そういうのは本当に勘弁して欲しいと、その場にいた全員がそう思っていた。

















――――これが、後に現実世界にまで影響を及ぼす一大事件になるとは、誰もが知り得なかった。

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