第714話
世界各地で起きたスタンピードに、世界各国の宣戦布告。その二つが合わさった世界は、タルタロスの門の破壊と共にまた一つ時の流れを刻む秒針を動かした。
「時は満ちた! 今こそ、全ての因果を断ち切る時である!」
そう叫び、大きな翼を広げたペガサスに乗って地上に舞い戻るペルセウス。
その後ろからは、星の海を遊泳していた数多のモンスター達が追従し、セタスの背中に乗ったオリオンが視界に入った天使達を次々と撃ち抜いていく。
「なっ!? 貴様は、ペルセウス!?」
「久しいな、ミカエル! 今、その首を斬り落としてやろう!」
帝国に近い近海で天使達の指揮を取っていた熾天使ミカエル。ゼウスに仕える四大天使の一人として名を轟かせている勇猛な天使は、驚愕に顔を歪めつつもペルセウスの剣を受け止める。
「貴様……! ゼウス様を裏切るというのか!?」
「生憎と、私はゼウスに仕えた記憶がないのでね!」
ペルセウスの持つ黄金のハルパーと、ミカエルの持つ無骨な直剣が鍔迫り合いでギチギチと揺れる。
僅かに触れたハルパーの刃先がミカエルの短い緋色の髪を斬り落とすが、辛うじて薄皮一枚斬らせないところで止めることが出来たようだ。
そのまま、互いに弾かれたように間合いを取りながら、高速の立ち合いを続ける二人。
周りの天使達もその様子を見て、どうにかミカエルの援護が出来ないかと錯誤し、苦々しい面持ちでその場から離れる。
二人の立ち合いの凄まじさは端の天使でもわかる程であり、下手に手を出せば足手まといになるどころか、邪魔者としてミカエルに斬り捨てられる可能性もあった。
だからこそ、離れた天使達は統率に乱れを生じさせながらも、空から姿を現したメビウスとセタスを敵と定めて襲い掛かる。
「ペルセウスの奴、すっかり熱くなりやがって……」
熾天使であるミカエル相手に獰猛な笑みを浮かべ、その首を刈り取らんと剣を振るうペルセウス。金の髪を振り乱して戦うその姿は、実に英雄らしい神々しさを感じさせていた。
一方で、その姿を見ていたオリオンは余所見をしながらも的確に天使達の頭や首、胸を撃ち抜いていた。
狩猟の女神であるアルテミスを恋人とするだけあって、その弓の腕前は正しく百発百中。いや、貫通させた矢がその先の天使まで撃ち抜いているので、百中以上だろう。
「野蛮な狩人めがッ! とっとと死ッ――」
「死ぬのはテメェだよ」
射撃するオリオンの背後から斬り掛かった天使が、オリオンが振り抜いた棍棒により上半身を破裂させられてバラバラになる。
短く纏めた茶髪が微かに風に揺れるが、オリオンの体には一滴の血すらも付着していない。
オリオンの剛力が生み出した棍棒の一撃が風を斬り裂き押し返したことで、飛び散る血飛沫を外側に全て弾き飛ばしてしまったからである。
「チッ! 無駄に数だけは多いんだよなぁ!」
メビウスの放つ小隕石の礫が天使達を撃ち抜いている中、何度も何度も矢を撃ち続けるオリオンはそう愚痴をこぼす。
繁栄と堕落に甘んじたことで、天使達の質はバラバラ。だが、それを補うかのように総数は大きく跳ね上がっていた。
恐らく、ゼウスの下で甘い汁を吸い続けた弊害なのだろう。アブラムシ並の増え方をしていたようだが、オリオンがそれを知ることはない。
「このままセタスの上ってのも邪魔になっちまって良くねぇなぁ! ってことで、背中貸してもらうぜ!」
そう言ってセタスの背中から飛び降りたオリオンは、丁度下を飛行していたグリフォンの背中の上に跨るような形で飛び移った。
そして、背中からオリオンがいなくなったセタスは、大きな咆哮と共に天使達の集団へ突撃し、大きなヒレを利用したバレルロールで次々と天使達を蹂躙していく。
「ハッハァ! アマネの奴、随分と誑し込んでたみてぇだなぁ!」
その後を追従するのは、ロック鳥やシムルグ、フェニックスや黒龍ムカデ、修羅ヤンマなどの飛行可能なモンスターの数々。
マギストス王国から帝国を目指して飛んでいたスタンピードの集団が、戦闘中のオリオン達を見つけて援軍として合流したのだ。
この援軍により、天使達の統率はより一層大きく乱れ、指揮系統の混乱も引き起こした。中には、そのモンスター達から大慌てで逃げ出すような天使さえ現れているのだ。
「形勢逆転、って感じか? まぁ、他の上位天使や神が出張ってきたらそうでもねぇが……」
そう、オリオンが溢した、その瞬間――――
『お前ら、聞こえてるか〜ッ!?』
――――雲の上に浮かぶ巨大な方舟から、若い男の声が世界中に響き渡った。
『いよっし! バッチリ声が届いたな! これなら、アイツらもこっちに戻ってこれる!』
アルゴノーツの伝声管の一つを改造し、船の外に聞こえるようにしたことで、船長であるイアソンの声は世界中に響き渡っていた。
『んじゃ、しっかり頼むぜ、船長?』
『任せとけ! 伊達にお前らの船長やってねぇよ!』
ヘラクレスに発破をかけられたイアソンは、そのまま改造した伝声管に向かって声を張り上げて、世界中にその思いを吐き出していく。
『――――テメェら! いつまでぐっすり眠り続けているつもりだゴラァッ!!!』
それは、疾うの昔に散り果てた嘗ての友達に投げ掛ける怒り。このような事態になっていても、未だに『死んだ事』を理由として黙り込んでいる怠け者共に対する罵声。
『お前らが遺したもんは、今も世界を蝕み食い尽くそうと暴れまわってやがる!』
ゼウスらの甘言により滅びた国は数多く、そして一矢報いる事も出来ずに果てた勇者や戦士も数多く存在していた。
『それをひっくり返してやろうって、何も知らなかった奴らが互いに手ぇ貸し合って戦ってんだぞ!?』
大国であるエーディーンもそうであるし、イアソン達の故国もまた、碌に纏まる事も出来ずに各個で動いて、それ幸いとゼウスの手により滅びていった。
『そんな時にテメェらは、既に死んでるからってぐっすりお休みってか!? そんな連中だってこうして戦おうとしてんのにか!?』
だからこそ、イアソンは訴える。今こそ、全ての因縁を終わらせる為に、敵味方など関係無く手を取り、そして抗おう、と。
『やる気がねぇならそのまま寝てろ! んで、やる気があるってんならこの際だ! 冥府の奥底からでも飛び起きて、とっととこっちに戻ってこいやァ!!!』
『クハッ! 流石、船長だなァ』
これが、ヘラクレスが船長と認める英雄、イアソン。バラバラの性格の英雄達を繋ぎ合わせた、唯一従う相手と認めた男。
そして、その声はイアソンが考えていた通りの流れを生み出した。
『…………ったく、相変わらず喧しい声だな』
『…………ホント、懐かしいったらありゃしねぇな』
『やっと来たか。カストル、ポリュデウケス』
方舟の中に現れる、二人の人影。ディオスクロイと呼ばれていた兄弟は、生前と変わらぬ金の髪を揺らしながら、イアソンの呼び声に笑みを溢しながら応えていた。
『はぁ~……死んでからもアンタにこき使われるとか、こういう時じゃないとやらないからね?』
『そんな事を言っておきながら、笑顔を隠せてないぞ? アタランテ』
『うっさいわよ、テセウス』
『二人は相変わらずだなぁ。な、カライス?』
『そうだな。こうして騒がしいのは久し振りだ、ゼテス』
次々と船内に現れる、アルゴノーツの英雄達。イアソンの声に応えた英雄達は、仕方が無いと言いつつもしっかりと船の中に集まってきていた。
『っし! お前達がいるなら、あのゼウスにも一泡吹かせて――――』
『――――っの、考え無しの大馬鹿者ッ!!!』
『――――ボグヘェッ!?』
そんな中、イアソンに向かってドロップキックをぶちかます銀髪金眼の美女。倒れ込んだイアソンは、更にその美女が持つ杖でバシンバシンと叩かれまくっている。
『た、タンマタンマ!? てか、なんで怒ってんだよメデイア!?』
『そんなの、外の様子を見たらわかるでしょうよ!?』
『は? 外の様子って…………』
メデイアに言われ、方舟内のモニターを見るイアソン。外の様子を見れるカメラが付いているのだが、そのカメラが映し出した映像に、イアソンはあんぐりと口を開けてしまった。
――――その画面には、アルゴノーツの英雄のように舞い戻り始めた英霊達が、世界各地に出現する光で溢れていた。
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