第715話

 イアソンの呼び声は、アルゴノーツの船員であった英雄達を呼び戻すだけでは物足りなかったらしい。


 世界各地に出現する眩い光。それと同時に、その光は収束すること無く大きく広がり、瞬く間に世界を覆い尽くした。


 さて、これがアルゴノーツのように舞い戻った英雄だとしたら、現地は一体どうなっているのだろうか?




『……ふむ。エーディーンの意志は、新たな国となって受け継がれた、か』


 聳え立つ城と、街を囲む城壁。それを見た男は、自らの愛用する二角帽子を被り、その顔に微笑を浮かべて街の喧騒を耳にする。


『……閣下』


『ベルトラン、か。皆、揃っているのか?』


 その男を閣下と呼んだベルトランというもう一人の男は、その質問に対し静かに答えを返す。


『既に、ベルティエ氏が蘇りし皆を纏めております。それと、此度は共に戦おう、とも』


『……そうか。ならば、最早私に負けはないな』


 振り返った男の視線の先には、大勢の将校達が集結し、決意の満ち溢れた眼差しで敬礼を行っていた。


『……閣下、お久しゅうございます』


『……あぁ、久しいな。皆、相変わらず壮健そうだ。まぁ、死んでいる身で病に冒されることもないか!』


 そう言って笑う男に、将校達も思わず笑いを堪え切れず、堰を切ったように笑い出してしまった。


『――あぁ、そうですな! 我らは皆、死んで尚壮健にして意気軒昂でありますよ!』


『そうか。なら、再びゼウスに一泡吹かせてやろうではないか! 他ならぬ、我等の手で!』




『――勿論ですとも! 我らは最後までお付き合いすると約束致しましょう! 閣下!』




 ベルティエの一声に、将校達は再び敬礼を返し、そして一斉に動き出す。目的地は、モンスター達の突き進むディルガス帝国、その本土。


『さて、名誉と貴婦人の為に、一働きするとしますかね……っと』


『相変わらずだな、ミュラ! それでこそ、我が好敵手に相応しい!』


『……お前さんも相変わらず暑苦しいねぇ、ランヌ』


 勇猛な元帥であるミュラとランヌが、まず最初に己の配下である騎兵隊と歩兵隊を引き連れて、真っ先に駆け出していく。


『あの二人も元気そうで何よりだ! なぁ! スールトよ!』


『足を掬われないかどうかが心配ですがね。まぁ、べシェールがいるのなら問題はないでしょう』


『そうだなぁ。いざとなれば、我らが彼らの足が掬われぬように動いてやればどうにでもなる』


 二人を追い掛けるべシェールという男の背中に苦笑を返す三人。ブリュヌ、スールト、モルティエという三人の元帥もまた、己の配下である歩兵隊を指揮しながらゆっくりと移動を始めた。


『やれやれ、ここに美女がいればもっとやる気が出るのだがね』


『無茶を言わんでくれ、マッセナ。そういうのは、ベルナドット君にだな……』


『面倒だからと全部私に丸投げしないでくれ、ダヴー氏。というか、仮にも【不敗のダヴー】と呼ばれていたのだから、彼の無茶振りに負けないでくれないかな?』


『生憎と、最後の最後で負けているんでね。その二つ名は返上せねばならんのだよ』


 そんな彼らにとっての軽口を交わしつつ、マッセナ、ベルナドット、ダヴーの三人も部隊を指揮して移動を始める。


『さて、それじゃぁ私達もそろそろ行きましょうか』


『そうだな。あまり他所様の前で騒いでいるのもよろしくは無いだろう』


『えぇ、そうしましょうか。ネイ氏、モルティエ氏』


 そう言って、ベルトランもまたネイという若い男とモルティエという優しげな面持ちの男と共に、ゆっくりとマギストスの街から離れていく。




 最後に残る閣下は改めて街を一瞥しようとして、その街の入口から駆け出してくる一人の男に目を向けた。


「……どうにか、間に合ったか」


『……御初に御目に掛かる。貴殿が、この国の王であるのだな』


 慌てて被ったからか、髪を乱し僅かに傾いた王冠が、その男がこの国の王であることをありありと示していた。


「如何にも。私がマギストス王国国王、カロルス・マグヌス。貴公は、もしや……」


『……主君も守れなかった、ただの亡国の敗残兵だ。それで、そんな私に何の御用かね?』


「……もし、征かれるのであればこの剣を」


 そう言って私に差し出してきたのは、拵えからして名剣と一目でわかる一振りの直剣。王が帯剣するものと考えれば、実に相応しいとわかる代物だ。


 だが、その剣を何故私に預けようと……?


「私はこの国の王。若い頃なら兎も角、今となっては怨敵を討つことも出来ぬ身となりました。ただ、この剣はそんな男の腰に侍らせるには相応しくない」


……そうか、そういう事か。彼もまた、王である以前に人であるのだな。


「ジョワユーズは、戦に出向く男の手にあるべきだ。どうか、この剣を共に連れて行ってはくれまいか?」


『……あぁ、勿論だとも。そこまで言われてしまうと、私に断る言葉などありはしない』


 カロルス王からジョワユーズを受け取ると、その剣の重みが私の手にずっしりとのしかかる。


 亡き友が担っていた責務を見て、その立場は私には些か重過ぎると考えたことがあったが、こうして同じ立場の者から意志を託されれば、やはりその思いが強くなって仕方が無いな。


「……ありがとう。そして、よろしく頼む!」


 頭を下げる王の姿を見ていれば、ジョワユーズは私の手を介して、呼び声に応えた者がその胸に宿す猛々しき焔を私に教えてくれた。






『クハッ! ハハハハハッ!!! ウィリアムよ! 今再び、共にゼウスの首を落としに参ろうではないか!!!』


『お供しますぞ。我らが王、リチャード陛下!』


 嘗て『獅子心王』と呼ばれていた王は、己の側近にして近衛騎士である最強の騎士と共に、堂々たる威風を轟かせながら軍勢を率いる。




『やれやれ……死んで尚、お前達と戦場を共にすることになるとはな』


『良いではないですか、父上。此度は、共に戦う戦友となるのですから』


『……御二方に敵対した身としては、少々肩身が狭く感じるのだがね』


 ガーター騎士団を創立し彼らを率いる王は、自身の息子とその息子も含めて、幾度となく自身の覇道を押し返してきた好敵手の騎士と共に地を駆けていた。




『グァッハッハッハッハァ!!! 行くぞテメェ等ァ!!! 盗賊騎士の名、もう一度奴らに聞かせてやろうじゃねぇか!!!』


 鋼鉄製の義手を動かしながら、両刃の剣を担いだ蛮族のような騎士は、慣れ親しんだ仲間達と共に獰猛な笑みを浮かべていた。




『足手まといにならんよう、気を付けることだ』


『勿論ですとも。かの【無怖公】の足手まといなど、ハッキリ言って御免ですからね』


『……やれやれ。仲間同士で争わんで欲しいな』


 そう言って、無怖公と呼ばれし男と軽く火花を散らしていた男は、第三者の一声に不承不承の形で従い、帝国に向かって進軍を始める。




『エーディーン軍も彼処にいるようですね』


『なら、我らも共に参りましょうか。同じ、エーディーンで果てた者同士でね』


 嘗て、エーディーンという大国で学び、そして王や宰相として大成した者達も、皆が再びその手に反抗の刃を持って、未来の為に蘇っている。






『……終わったら、共に酒を交わそう。カロルス王』


「――あぁ! 是非共!」


 大勢の意志を見せてくれたジョワユーズを、腰のハーネスに吊り下げる。普段使いのサーベルと違い、借り物であるが故の重みが感じられる。








『――改めて、この剣に誓おう。ナポレオン・ボナパルトの名に於いて、この戦いを勝利に導く事を!!!』








――――それこそが、何も成せなかった私がやるべき、最後の大仕事だ!!!

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