第801話

 悪夢の女王ローゼン・ハーティ。彼女の杖が振るわれる度に、黒い茨が鞭となってモードレッド達を打とうと唸りを上げる。


「――――脆いッ!!!」


 しかし、ユーリとヒビキは振るわれる茨を避け続けている中で、モードレッドだけがクラレントを振るい、迫る茨を次々と斬り裂いていく。


 バラバラと斬り裂かれる黒薔薇の茨。それは溶けるように芝生の下に取り込まれると、再び女王の足元から新たに生えて、トゲに黒い雫を滴らせながら一撃をお見舞いしようと隙を窺う。


 だが、その茨がモードレッドを打つことは起こり得ない。


 怒りに震える騎士の炎が触れれば、瞬く間に茨を焼き尽くし、騎士の剣が軌跡を描けば、刃に触れた茨が斬り裂かれる。


 ただ、そんなモードレッドを前にして憎悪を掻き立てる嗤いを続ける女王。まるで恐怖すら抱いていないような魔女の嘲笑を見て、ユーリとヒビキは形容し難い恐怖を代わりに抱く。


「コイツ、幾らなんでも余裕綽々過ぎるでしょ!?」


「どうせ無駄だと馬鹿にしてるんでしょうね!」


 しかし、二人の表情に陰りはない。寧ろ、一瞬の恐怖が程良く危機感を刺激したことで、激情に飲まれる事無く冷静に攻撃に対処することが出来ていた。


 ただ、激しい憤怒の波に飲まれ掛けているモードレッドに関しては例外で、迫る攻撃を悉く相殺して徐々に近付こうとしていた。


 とはいえ、モードレッドがここまで怒りに震えるのも無理はない。


 悪夢の女王が杖を遊ばせるように動かす度に、鳥籠の中の歌姫は揺れる茨の棘に体を傷付けられて血を滲ませる。


 そして、それを見てケラケラと嗤う女王の姿を見てしまえば、その醜悪さから忌避感を抱くか、邪道さに怒りを抱くかのどちらかになるだろう。



『……私が……悪い……私が……我慢すれば』



「キャハハハハハハハハハハハハハ!!!!!」


 鳥籠の中の歌姫のうわ言が、悪夢の女王の嗤い声にかき消される。


 歌姫の歌声と比べたら、あまりにも喧しく腹立たしい嗤い声に、モードレッドの怒りはより一層強くなる。


「調子に乗るなよ、愚物。彼女は、貴様の玩具ではないのだぞ…………!」


 モードレッドの纏う黒い鎧にも炎を宿し、迫る茨は叩くより先にその炎に焼かれて炭と化していく。


 そんな状態を見ていれば、当然ながら茨という一つの攻撃だけでなく次の手を打つのが定石というもの。


 杖の石突で地面を突くと、芝生の下から鋭く尖った鉄杭。いや、鉄柱が長く高く伸びてきて、モードレッドの体を貫こうとする。


 しかし、その攻撃すらモードレッドに当たることはなく、先読みして避けては邪魔だと言わんばかりに半ばから斬り落として道を作っていた。


 勿論、その歩みを止める為の黒い金属製の柵も生まれ出て、モードレッドの行く手を阻もうとしていた。


「――――その程度で、止められると思っているのか?」


『アハッ! アハハハハハッ!!!』


 薙ぎ払われる柵が千切れ飛び、巻き込まれた茨や鉄柱もまた斬り裂かれて細切れとなる。


 それを見て、今度は石製の黒い塀を築き上げる悪夢の女王。勿論、モードレッドはその程度の塀を壊せない騎士ではない。


 返す刃で黒い御影石のような塀を容易に斬り裂き、前へと一歩進もうとした、その瞬間――――






「――――チッ!?」





 壊した塀の裏から、黒い槍のような矢がモードレッドをハリネズミにしてやろうと飛んでくる。


 流石に防ぎ切れないと判断したモードレッドが横に飛び退くと、ヒュカカカカと矢は地面に突き刺さり、毒でも塗られていたのか芝生を枯らして黒く染める。


『ギャヒャヒャヒャヒャヒャヒャ!!!』


 塀の裏からモードレッドを狙ったのは、弓を構える包帯頭の黒い兵隊達。ボコボコと湧き出した兵隊は、近くの茨のトゲを抜くと矢に形を変えて、再びモードレッドを狙い射掛ける。


 それを盾を構えて弾き受け止めるモードレッド。黒い茨の矢はモードレッドの盾を貫けず、カンカンと軽い音を立てながら飛び散り、辺りにばら撒かれた。


 先行してヘイトを稼ぐのも盾役としての責務を全うしているわけだが、あの黒い兵隊のヘイトを集め切れているかどうかは不確定。


 チラ、とユーリとヒビキを一瞥すれば、そちらはそちらで脇差しや短刀で飛んでくる矢を避けつつも、うまく弾くことでそれを防ぎ切っていた。


 しかし、この黒い兵隊のヘイトを集めるのはかなり難しいようだ。確かにモードレッドを狙う兵隊は多いが、一部はそれを無視してユーリやヒビキにも矢を放っている。


 勿論、その矢の大元は黒い茨のトゲであり、矢にすれば茨の毒もセットになってお手軽な毒矢が完成する。しかも、茨がある限り無限に補充することも可能なのだ。


「――――アンタが闇を使うのなら、私も同じ手を使わせてもらうわよ」


 一方的に矢を放たれる状況に対し、ヒビキは黒い茨の切れ端に指先を触れさせ、黒い茨を闇の短剣に変えて投擲する。


 元々はアマネの心に巣食う闇にして悪夢。それならば、アマネの写し身であるヒビキもこの闇に対して力を行使し操ることが出来る。


 矢継ぎ早に放たれる短剣に頭を撃ち抜かれて倒れる兵隊達。すぐにヒビキを倒そうとするが、モードレッドを近付けると危険だということは彼らにもわかっている。


 結果として、モードレッドに矢を放つ兵隊とヒビキを倒そうとする兵隊で射線がバラバラになり、放つタイミングもズレたことでより一層瓦解するスピードが早くなった。


『キャハハハハハハハハハハハハハッ!!!』


 だが、己を守る兵隊が減っても悪夢の女王の嗤いは止まらない。


 それもその筈で、彼女にとって兵隊など幾らでも増やせる存在。足りなくなれば、歌姫を傷付けて新しく増やしてしまえばいい。


 杖を振り、鳥籠の歌姫が茨に打たれて血を滲ませれば、瞬く間に新しい兵隊がぞろぞろと湧いてくる。


 更に、その兵隊には弓兵だけではなく、近接戦を想定した剣兵や槍兵も混じり、より一層殺意と悪意を込めてモードレッド達を仕留めようと画策していた。



『ギャハハハハハハハハハ……ハッ!?』



「――――死ね、外道共」



 だが、怒れる騎士に雑兵風情が相手になるわけがない。剣や槍を構えた兵隊が攻撃しようと動くより先に、モードレッドの剣が首を刎ねて頭を縦に割る。


 バタバタと倒れる兵隊達。ヒビキを狙う兵隊もいたが、そちらはユーリが躍り掛かって討ち取っており、投擲を続けるヒビキには一切近付けさせてはいなかった。


 それよりも、激昂しているモードレッドをどうにかしなくてはいけないと、不気味に笑い続ける兵隊達はモードレッドを集中的に狙って攻撃を仕掛ける。





「――――その程度で殺せるとでも思っているのか」





 だが、モードレッドはそんな兵隊達を一蹴し、近寄る者も遠くにいる者も、皆等しく黒炎を纏った剣閃を飛ばすことで焼き斬り殺していく。


 その猛威は正しく復讐に燃える騎士。悪夢の女王が放つ鉄柱も斬り続け、茨の壁もアッサリ焼き尽くして、モードレッドの剣が女王に迫る。



『アハハハハハハハハハハハハハハッ!!!』



「――――何ッ!?」



 しかし、女王の選択肢はモードレッドにとって驚くべきものだった。


 なんと、モードレッドの剣をノーガードで受けて、その身に一筋の切り傷を残したのだ。


 モードレッドとしても、防御するか回避するかのどちらかになると思っていたが故に、その行動を前にして思わず後ろに飛び退いてしまう。


 だが、その次の行動を見て、何故女王が無防備に攻撃を受けたのかがわかった。











――――女王の受けた傷が、鳥籠の中の歌姫に移ったのである。

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