第800話

 塔の外でモードレッドにそっくりな黒騎士と大激戦を広げている面々がいる中、塔の中では三人の男女が突入前の再確認を行っていた。


 何せ、最後のボスらしき黒騎士がアッサリと広間から退場させられたのである。後は最奥まで行ってアマネを助けるだけ……


 そんな簡単なことだと、その場にいた全員がそう思っていなかったからこそ、この広間で最後の準備をしていたのである。


「理想はアマネがこの先にいて、すぐに連れ出せるような状態であること。最悪この塔から出してしまえば、少なくとも他の皆と共にどうにかする手段を考えることが出来る」


 モードレッドの言う通り、アマネがすぐに連れ出せる状態であれば、かなり大変だがこの塔から出るのも難しくはない。


 階層を下りればゴリアテ達とも合流できる。そうなれば、アマネを連れての脱出もかなり楽になる筈だ。


 だが、ここまでの大事となっている以上、あの黒騎士が最後のボスであることに違いはなくとも、何かしらの仕込みや伏兵があってもおかしくはないとも考えられた。


「有り得そうなのは罠か、伏兵か……」


「どんな形で待ち受けているのかがわからないというのも頭が痛いところよね」


 問題は、最奥でどんな罠や伏兵が仕掛けられているのかどうか、だ。


 ここまでの道のりで強力なモンスターがいることはわかっている。フォビア系のモンスターは、恐らくこの世界でも有数の強敵として、各国のギルドや軍部の資料に記載されるだろう。


 何せ、条件さえ満たしていれば無敵足り得るものや、相手の耐性を無視して状態異常やダメージを通してくるものがいるのだ。


 そういった強力なモンスターが罠や伏兵として隠れられていると、三人で相手をするのは骨が折れる。それも、首や背骨といった致命傷になるような骨が、だ。


「結局、出たとこ勝負なのは変わらないね」


「……まぁ、そうなるよな」


 どちらにしろ、ここで『待つ』も『引く』も選択肢にならない。あるのは大扉の先へ『行く』だけだ。


「しかし、この広間は……」


「多分、コンサートホールだと思う。大分昔に行ったっきりだから朧げだけど……」


「アマネが行った最初で最後のコンクール。その舞台となった場所ね」


 黒騎士が守る広間は、嘗てアマネがその才能を人々の目と耳に焼き付けたコンサートホールを模しているらしい。


 かなり古い記憶であるが故に、本来ある座席の数も形も不揃いでピアノも置かれてはいないが、雰囲気だけはその時と全く変わりが無かった。


「大扉の位置は彼処が一番広い場所だったからでしょうね。ホールの奥の壁なら、天井まで届くサイズの大扉も合わなくはないし」


 そう言うヒビキが大扉に近付くと、その扉は音を立ててゆっくりと奥に開いていく。


 そこにはかなりの段数の階段があるが、最奥に行けることを考えたら段数の多さなど気にする必要はない。


「……行くぞ」


「……うん、行こう」


 三人は最奥にて待つアマネを救う為に、長い階段を一歩一歩確実に上がり始めた。






















 階段の続く先にあるのは、整えられた庭園と呼べるような広い屋上だった。


 周りを囲む黒いドームは花弁のようで、ぴっちりと閉じたここは陽の光を一切通してはいない。


 そして、芝生の生える広い庭の中心に、助けるべき歌姫の後ろ姿が見えた。



「……アマネ」



――――それは、あまりにも痛々しい姿であった。


 病人が着るような白い服を纏った彼女は、膝をついて頭を抱え、何度も何度も独り言を呟いていた。



『ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい……』



 まるで壊れたレコードのように、虚空に向かってただ只管謝り続ける歌姫。三人がいることにも気が付いていないのか、その懺悔は収まることを知らない。


 そんな歌姫の側に早く駆け寄りたい。そう思う三人は、急かす足を前に出そうとして――――





「――――跳べっ!!!」





 後方へ、思いっきり跳んだ。





 その瞬間、三人の前に落ちてくる黒いシャンデリア。あのまま前に出れば、間違い無く直撃してその尖りに尖った装飾に串刺しにされていただろう。


 そのまま、ドロドロと溶けて消えていくシャンデリア。代わりに、庭園には気味が悪い笑い声が響き始める。




『キャハハハハハハハハハハハハハハハハ!!!』





――――それは、まるで御伽話に出てくるような『魔女』であった。


 ボコボコと湧き上がる闇が彼女の姿を象ると、女性の顔を模した仮面が口を裂いて三人を嘲笑う。


 黒いドレスにネックレスにティアラ。純黒の衣装には暗く深い闇が纏わりつき、それらは徐々に黒い薔薇の花となって魔女の装いを彩る。


『アハッ!!! アハハハハハハハハハ!!!』


 だが、何よりも許せなかったのはその杖。仮面に隠れてもわかる醜悪な魔女の顔が一瞥して笑う杖には、茨の絡みついた黒い鳥籠が付いていて――――




『――――私が、いなければ……』




――――その中に、茨の手枷足枷と首輪が付けられた、一人の歌姫が閉じ込められていた。






『キャハハハハハハハハハハハハハ!!!』








「――――喧しいぞ、愚物」


 モードレッドの剣が切っ先を魔女に向ける。


 その瞬間、剣身が瞬く間に黒炎を纏い、迸る火の粉が芝生を黒く焦がしていく。


 騎士の怒りは相当なものであった。それこそ、本来怒るべき二人の妹が思わず足を止めてしまう程に。


 だが、そんな怒りを受けて尚、魔女の笑いは未だに収まらない。


 それどころか、見せつけるように杖を振り、垂れ下がる茨の棘に傷付く歌姫をモードレッドの目に入るようにして挑発していた。


「……黒薔薇、ホントにまんまね。よく似合っているわよ、真理愛ローズ


 侮蔑の眼差しを向けるヒビキ。この魔女が誰かなど、その醜悪な笑い声と態度を見れば分かりきったことであった。




『キャハハハハハハハハハハハハハハ!!!!!』





 歌姫の心に巣食う悪夢が嗤う。その装いに黒い薔薇を咲かせながら、怒りに震える三人を嗤い続ける。




――――後に悪夢の女王『ローゼン・ハーティ』と呼ばれる彼女は、歌姫に取り憑く妄執として全てを奪い取ろうと杖を掲げた。






















 時を同じくして、塔の外では未だに激しい戦闘が繰り広げられていた。


 塔の周りに広がった黒い闇は、倒れたフォビアを次々と生み出して頭数を増やし、増えたフォビアは英霊達の手によって次々と仕留められる。


 消耗の見られない塔の戦力に対して、英霊達の軍勢は戦えば戦う程に消耗していく。が、全体的な数の差もあってか劣勢に陥ることは全く無かった。



――――だが、それもすぐに覆されることになる。



 英霊の一人がメルフォビア、女性型のフォビアを一太刀で斬り捨てた。


 本来ならばそれで崩れ落ち、闇になって消え去るのがフォビア系の共通した特徴だった。


 しかし、斬られたフォビアはヨロヨロと後ろにたたらを踏み、それから体を痙攣させてブルブルと震え出す。


 その異様な姿に警戒する英霊達。周りを見れば、倒したものも倒していないものも、皆同じように痙攣して震え始めている。



――――そして、フォビアの震えがピタリと止まる。








『――――ギャハハハハハハハハハハハ!!!』




『ぐぅおっ!?』





 次の瞬間、震えの止まったフォビアが破裂するように二つに裂け、中から黒い液体を撒き散らしながら異形の兵隊達が姿を現した。


 包帯でグルグル巻にした頭部は口だけが露出しており、不揃いの歯がガチガチと音を立てながら笑い声を漏らす。


 黒い軽鎧の纏ったその兵隊達は、右手に持った槍のような剣を振り回し、次々と英霊達に斬り掛かる。


『ぐぁっ!?』


『くっ!? コイツ、強いッ!?』


『他の奴とは比較にならねぇぞ!?』


 ボシュボシュと、フォビアの体を突き破って現れる異形の兵隊達。まるで蛹から羽化した虫のように姿を見せる彼らは、女王の下僕として周りの『全て』を殺しに掛かる。


 剣で突き刺し、剣で斬り裂き、剣を投げつけ、剣を引き抜く。


 例え同じ兵隊が間にいようと構わない。敵を殺せるのなら、何がいようともその剣を振り回す。


 身の毛がよだつ笑い声を叫びながら襲い掛かる兵隊達に、英霊達も次々と遅れを取って討ち取られる。


 敵の兵隊諸共串刺しにされる者、相打ちになる形で討ち取られる者、腕を斬り落とした兵隊に喉を噛み千切られて倒れる者。死に様は様々だった。


 ただ、一つだけ言えることがあるとすれば、先程までの優位性を包囲軍は失いつつあり、異形の兵隊達による虐殺に、人も英霊もモンスターも関係無く巻き込まれる事になった。




『敵にこれだけの変化があったとすれば、既に王手が近いということに相違ない!!! 皆、死力を尽くして戦い抜き、耐え続けよ!!!』






――――英霊達は、迫り来る狂気の兵隊達に対して、互いの生死を掛けた衝突を繰り広げた。

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