第799話
アマネの暴走に、運営もただ座してそれを見守っているだけではなかった。
「――バイタルデータに変化無し!!! 良化はしてないですが、悪化もしていません!!!」
「あぁ、クソッ! 切り離しに失敗した!」
「セキュリティを改めて見直して作り直せ! これ以上邪魔なんてさせるんじゃねぇぞ!!!」
データ組ばかりに働かせるわけにはいかないと、運営陣は本来自分達がやるべき責務を全うしようとモニターを睨み、キーボードを絶え間無く叩き続けている。
アマネの容態の変化に目を光らせる者、少しでも暴走の影響を抑えようと権限との遮断を試みる者、未だ尚内部情報を抜こうとハッキングしてくる敵からサーバーを守る者。
それぞれが自分達で出来る事に全力を注ぎ、少しでもこの世界を――いや、アマネを救おうと全力を注いでいた。
「――――主任。ネットニュースがヤバい事になってますよ……」
「……私は何も知らないわよ」
そんな中で、主任は完全に開き直った状態でネットニュースをのんびりと眺めていた。
実は、つい先程この事態を引き起こすきっかけとなったゴミ野郎こと五満の悪事を社長や他の役員にリークし、ついでに本人にも大口論の末に「クビになるアンタの言い分はもう聞かない」と言い放って電話を切ってきたところだったのだ。
そんな彼女が見るネットニュースは、この状況にも関係している非常にタイムリーなもの。
深黒財閥の内部情報がネット上に流出して、SNSやマスメディアが大騒ぎしているのだ。
既に警視庁も動いているらしく、深黒財閥の本社ビルや関係役員の自宅など、首都圏を中心に警察官が総動員されて家宅捜索が行われていた。
更に深黒財閥の深黒真理愛も両親と共に逮捕。特に今回の事態を起こした真理愛には『殺人教唆』の容疑が掛かっており、それが無くとも恐喝や詐欺の罪で塀の向こうに行く事はほぼほぼ確定しているらしい。
「既に全国の深黒財閥系列の会社や店舗、役員の自宅にも家宅捜索が行われているみたいですね」
「因果応報よ、因果応報。それか自業自得って奴じゃないかしら」
勿論、今回の警視庁が動く程の騒動の裏に何がいるのか、運営陣は誰もが知っていた。
既にネット上に予備のサーバーを生成し、そこからインターネットの海に漕ぎ出しているこの世界で生まれたデータが、深黒財閥のセキュリティを簡単に突破して色々とやったのだろう。
ある意味これも特級の爆弾ではあるが、バレなきゃ爆発しない爆薬なので、クソ野郎の集まった深黒財閥の不祥事や内部情報の方が今は爆弾としての威力が高い。
「あ、ゴミ野郎も捕まったらしいわよ。今、丁度社長からメールが来たわ」
「あらら、そりゃまた当然の摂理というか何と言うか、っすね」
今のうちに切り捨てろと、ゴミ野郎も警察のお世話になることになったらしい。不穏分子はまだいるだろうが、このタイミングならいい感じに膿出しを兼ねた大掃除が出来るだろう。
まぁ、こっちにその手の人間は一人もいない。というか、いたとしても大体がアマネのファンだから完全に寝返って働いている気がする。
「しっかし、フォビア系モンスターは幾らなんでも強過ぎないかしら?」
「そんだけアマネさんにはキツい過去だったんでしょうね。フォビアってったら『恐怖症』って意味っスから」
アマネの記憶と心に刻まれた恐怖。それがシステムの力で形となって、今回の黒い塔から溢れ出したモンスターの姿に変わっていた。
運営も予想出来ない程に、このゲームは一つの世界として成り立ってしまっているのだ。
『この世界を削除することなんてもう出来ない』
アマネの旅をモニターから見て、私達が作った世界が一つの世界として鼓動を鳴らしていて。
そんな世界を初期化することなど、もはや運営陣の中に言い出す者どころか考えることすらしている者はいなかった。
「――――ダンジョン内から流出するモンスターの勢いが止まらないです! あ、ちょっと待って! 何かまた違う個体が……」
「ボスだ! ボス個体がまた出てきたぞ!?」
――――そんなことを考えていると、漆黒の鎧に身を包んだ夜闇のように黒い剣を持つ騎士が数多の猛者を前にして、単騎で戦闘を続けている姿がモニター映し出されていた。
「――――確かに厄介な相手は外に放り出していいと思ってあの石を渡したけど、これは厄介ってレベルを超えてるわよ!?」
塔の外で暴れまわる黒騎士。その剣技は凄まじいの一言に尽きる代物であり、一振りされただけで英霊もモンスターも百を超える数が斬り裂かれていく。
幸いにも、私達には神々が張ってくれた魔王軍との戦いで使った結界があるので、一回だけならやられても遠く離れた場所で復活するだけで済んでいる。
だが、あまりにも強い黒騎士を倒すにも、そもそもその身に刃を届かせられる人がいない。
「だァァ! クッソ!!! ありゃ、どっからどう見てもモードレッドの奴を写してるだろうが!?」
「黒い鎧に直剣。しかも騎士で黒炎まで使えるとなると、確かにモードレッドの写し身としか思えんな……」
酒呑童子と大嶽丸が放たれる黒炎を避けつつ、どうにか斬り掛かる隙を探しながらそんなことを話している。
このボスの名前はオートフォビアということだけはわかっているのだが、その能力の全容まではまだわかっていない。
ただ、言えることがあるとすればめちゃくちゃ強くて、しかもモードレッドという騎士の写し身の可能性が高いということだろう。
「アマネの記憶の中だとモードレッドって最強の騎士なのかもしれないけど、これは幾らなんでも強過ぎるわよ!?」
『文句を言う暇があるならもっと気合入れて戦ってくれ、レンファ!!! コイツの相手はエクスカリバーがあってもキツいんだからな!?』
レンファの絶叫に近い悲鳴に、アーサーが文句を言うような形で怒り返す。
既にアーサーは所有する聖剣や魔剣を全投入して戦っているのだが、どんな強度をしているのかあの黒い剣を壊すことも出来ずに弾かれているのだ。
いや、弾かれているのはアーサーの剣だけではなく、龍殺しであるシグルドの魔剣グラムやランスロットのアロンダイトも、黒騎士の剣と打ち合って負けてしまっている。
「これは困りましたねぇ! ゼウスとの戦いが温く感じられる程に厳しい相手だ!」
「笑ってる暇があんならとっとと殴れ!」
「勝てない戦いはしない主義って言った筈なのに……」
「アハハッ! こりゃー僕でもキッツいなぁ!」
旧四大天使であるラスプーチン、サン・ジェルマン、ノストラダムス、カリオストロも、ゼウスとの戦いと変わらぬ本気を出して戦っているが、それでも黒騎士に届かない。
そもそも、彼らの攻撃を食らっていて尚黒騎士はピンピンしているのだ。タフネスという意味ではゼウスにも引けをとっていないと言える。
「なんでアバドンと正面からやり合えんだよ!?」
「黙示録の騎士も、あの騎士だけ妙に強いからな……」
今のところ、黒騎士相手にまともに戦えているのは主に二人。
一人はチェルノボグと融合しているアバドンで、黒いマチェーテを二刀流で構えて戦い、黒騎士から放たれる黒炎を黒い串で相殺していた。
そして、このタイミングで現れたもう一人の騎士こそ、黙示録の四騎士と呼ばれている四人の騎士……
「……あれも、多分アマネ絡みよね?」
「……だろうな。他の騎士と見た目が違い過ぎる」
勝利と支配を司る第一の騎士。ホワイトライダーと呼ばれている騎士は、放った矢を黒炎で焼かれた挙げ句、白馬と共に一撃で蹴り倒されてダウンしていた。
第二の騎士は戦争を司る騎士。レッドライダーと呼ばれるその騎士の剣は簡単に防がれて、思いっきり赤い馬も騎士も頭を殴られて吹き飛ばされている。
第三の騎士は飢饉を司る騎士だが、この流れならもう誰もが察しているだろう。ブラックライダーは、攻撃するより先に吹き飛んできたレッドライダーに巻き込まれて気絶していた。
ただ、最後に現れた第四の騎士だけは違う。というか、他の騎士と比べても時代が色々と違い過ぎる。
黒と銀、青の車体を輝かせて、エンジンの唸る音を響かせるのは、ペイルライダーと呼ばれる死の騎士。
――――嘗てアマネが鎮魂歌を贈った、あの時の騎士が満を持してこの場に現れた。しかも、鉄パイプに加えて鉄鎖とショットガンを携えて。
バイクとなった愛馬で走り回りながら、遠距離なら鉄鎖、中距離ならショットガン、近距離なら鉄パイプに素早く持ち替えながら戦っている。
「……やっぱり、アマネが絡むと色々とおかしくなるわね」
アバドンとペイルライダーが戦う姿を見ながら、レンファは呆れたようにそう言葉を溢した。
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