第592話

「なんか、向こうの甲板が破裂したんですけど……」


「弾薬に誘爆でもしたか?」


 急に爆発音がしたので思わずそっちの方を見てしまったのだが、なんか甲板が大きく吹き飛んで、マストがメキメキと倒れていった。


 オマケに大砲や敵、味方さえも吹き飛んだらしく、色々な物や人影が海の中に落ちていくのも見えた。


「……アレ、ティーチと敵将のヴァスコ・ダ・ガマが剣を交わしてああなったみたいです」


「ヴァスコ・ダ・ガマ! 確か、過去に世界一周を成し遂げた探検家であった筈だ! 二度目の世界一周の際に船諸共行方不明となっていたが、まさかこの船で出会えるとは!」


 どうやら、この世界のヴァスコ・ダ・ガマは世界一周を成し遂げた上で二週目にもチャレンジしていたらしい。


 ティーチと正面からやり合えるということは、それだけ実力的にも強い人なんだろうけど、味方の被害を考慮していない辺りティーチと気が合いそうだとつくづく思う。


『アマネ、儂もその船で戦えんか? 新しくなった体を試したいのだが、相手がいなくてな……』


『承知しました! では、今から船に呼び出しますね!』


 そんな事を考えていたら、弁慶からそのような内容のメッセージが届く。どうやら、ゴーレム達による体の改造が一段落ついたらしい。


 戦力が増えることに問題はないので、早速指輪の力を使って弁慶を呼び寄せる。眩い光と共に弁慶の体が転移してきて、その光が収まる頃には甲板の上へ弁慶がドスン、と降り立ってきていた。


「久しいな、アマネ!」


「お久し振りです! 声、よく聞こえるようになりましたね!」


「そうだろうそうだろう! あの人形達に改造してもらってな! コレで大分喋りやすくなったわ!」


 どうやら、体の改造をしてもらった時に喉へスピーカーか何かを埋め込んでもらったらしく、半ばアンデッドみたいだった時より明瞭な声が出せるようになったそうだ。


 ただ、その武装はかなり重厚。新しく用意された大鎧は明らかに純金属製で、布部分も単なる布と言うよりプラスチックっぽいように見える。


「新たな鎧は矢弾を通さんということでな! 一つ奴らを相手に試しとうなったのよ!」


「そういうことでしたか……では、御武運を」


「おう! 任されよ!」


 そう言って、弁慶は軍艦の甲板の上から軽く跳躍すると、背中のジェットパックを展開し噴射して、ひとっ飛びでフライング・ダッチマンへと乗り込んでいった…………







…………ちょっと待って、なんでジェットパックを搭載したの? それと、乗り込む際に放ったのってミサイルだよね?











「おー……随分とド派手に暴れてんなぁ……」


 デイヴィー・ジョーンズを探してフラフラと甲板の上を彷徨っていたが、デカい音が聞こえて振り返ってみれば、バカでかい人影が手に長槍を持って大暴れしていた。


 確か、スメラミコトの僧兵とかいう兵士だったか。武器の名前は……薙刀、っつぅんだったかな。


 トロール並の巨体でその得物を振り回す僧兵は、次々とフライング・ダッチマンの船員を吹き飛ばして、ついでにマストを圧し折っている。


「全く……私の船を壊さないで欲しいのだがね」


 っと、どうやら見つけるより先に向こうからこっちに出向いてきてくれたようだ。


「悪いな。先に仕掛けてきたのはそっちだから、自業自得ってことで納得してくれや」


「それで頷くとでも?」


 対面したデイヴィー・ジョーンズは濡れた黒髪を長く伸ばした男で、古めかしい三角帽子が僅かに水を零していた。


「だよなぁ。俺がアンタの立場だったら、まぁ間違い無く頷きはしねぇな」


「ついでに言えば、こうして剣を抜くくらいのことはする、ということも付け加えさせていただこう」


 腰に携えていた鞘から剣を引き抜くデイヴィー・ジョーンズ。華美な装飾もない実用的なサーベルは、よく手入れがされた最上級の一振りであることが一目でわかる。


「まぁ、そうなると思っちゃいたからな。ここらで一つ真面目にやり合うとするか」


「ふ……フライング・ダッチマンの船長にして、当代デイヴィー・ジョーンズ。名は、ヘンドリック・ファン・デル・デッケンだ」


「ご丁寧にありがとよ…………ゴールデン・ハインド船長、フランシス・ドレイクだ」


 互いに名乗り、そして剣を構える。昔から花形として変わらねぇ一騎打ちだ。気合の一つや二つ、入れねぇと失礼ってもんだな。


 騒々しい外野の声も音も、段々と薄れ消えていく。意識が、目の前の男を倒す為だけに余計な情報を削ぎ落とし始めたのだ。


 ほんの僅かな足の動きを察知し、自身の体を素早く動かす。ヘンドリックの剣は、牽制を狙った軽い突きを放っていた。


「っ、速い、なっ!」


 ギィン、という金属同士がぶつかる音。牽制の突きから素早く防御に切り替えたヘンドリックに、俺の横薙ぎは防がれて鍔迫り合いに持ち込まれる。


 だが、力の剣は好まないのか、すぐに鍔迫り合いを止めて後方に下がるヘンドリック。下がり際に蹴りを放ってきたが、それは左腕を盾にして防ぐ。


「ったく、海軍っつぅより海賊だなぁ、テメェは!」


「生憎と、綺麗な技だけで生き残れる程この海は優しくないのでねっ!」


 そこから何度も交わされる剣閃の数々。横薙ぎ、縦斬り、袈裟斬り、刺突。ほんの僅かでも気を抜けば即座に我が身を斬り裂く一閃だ。


 周りに他の連中はいない。が、流れ弾も吹き飛んだ残骸も飛んでくる戦場なのだ。そちらにもある程度気を割く必要はある。


「っと! 手癖の悪ぃ奴だな、オイ!?」


「チッ! 当たってくれても良かったんだがな!」


 剣撃の最中に、懐から短剣を取り出して左手で投げるヘンドリック。ギリギリ避けられたが、掠った頬の表面の化粧を削っていきやがった。


 しかし、この剣撃の中で暗器を使う判断が出来て、しかもそれを実行できるとはな。流石、伝説のデイヴィー・ジョーンズ、というべきか。




 ォォォォォォォォォッ!!!





「うぉわっ!? んのっ!? ティーチの馬鹿野郎が! こっちに流れ弾飛ばしてんじゃねぇよ!?」


 ただ、油断ならないのはヘンドリックだけじゃなかった。向こうで一騎打ちをしているティーチだが、本気を出しているせいでかなり危険な流れ弾を彼方此方に飛ばしてやがる。


 ティーチから黒いオーラの斬撃が飛んできてるんだが、生前はコレで海軍の船を正面から半ばまで斬り裂きやがったからな。


 勿論、死んだ身とはいえコレに当たれば一発で海に還るのは間違い無い。尤も、ヘンドリックの奴もティーチと対峙している奴に「危ないだろ!?」と罵声を飛ばしているが。


 ただ、それで止まる様なら馬鹿だ何だと言ってはいない。寧ろ、こちらに中指を立てた上で引き続き剣撃を交しながら、遠慮なく流れ弾ならぬ流れ斬撃をバラ撒いている。


「……なぁ、俺等より先にアイツら締めねぇか?」


「……奇遇だな。私も同じことを考えていたよ」


 偶に、のレベルじゃない頻度で飛んでくる斬撃に邪魔されて、俺もヘンドリックも大分頭にキていた。


 互いにイラッとしているのは事実。先にあの馬鹿を叩きのめしてから決着をつけるのも悪くはない。アマネに何か言われたとしたら、その時はその時だ。




「――久々に使わせてもらうとするかな」




 ヘンドリックの剣に暗い光が灯る。禍々しい触手のような黒いオーラが剣を包み込むと、油が照り輝いているかのような刃の表面が揺れ動く。




「へぇ、中々面白いじゃねぇの」


「ふふ。お前もやったらどうだ? まさか、こういった技が出来ないというわけではあるまい?」


「言われなくてもやってやるよ」





 ヘンドリックの剣のように、俺もまた剣にオーラを纏わせる。


 黄金の光で象られた竜が鍔から剣先までを食らいつくように包み込み、煌々とした黄金の輝きが刃に宿る。





「さ、準備万端だ……やるぞ、ヘンドリック」


「言われなくてもやるさ……合わせろ、ドレイク」





 俺の剣は左に振り被り、ヘンドリックは右に剣を振り被る。ゴゥッという音と共に、剣のオーラはより一層強くなり、辺りに風を吹き散らした。







「っ!? オイ、なぁに構えてんだテメェ!?」


『待て!? それは味方に向けるようなものじゃない!?』









「「うるせぇ!!! 黙って海の果てまで吹き飛んでろ!!!」」












――――何処か焦ったような二人に向かい、俺達は思いっきり剣を振り下ろした。

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