第593話

 フライング・ダッチマンの戦いは大分佳境となりつつある。最上階のマストが立ち並ぶ甲板で、ドレイクとデイヴィー・ジョーンズと思わしき船長が、ティーチと見知らぬ男性を攻撃していた。


「アレは仲間割れ、ってことなのか?」


「何方かと言えば、邪魔者の排除が近いみたいですけどね……」


 ティーチが大暴れしていて、周りに甚大な被害を与えていたのはこちらにも聞こえていた。


 何せ、こちらには友人帳というものがある。やられてしまった人達の苦情というか、文句みたいな愚痴が書かれ始めれば、何となくそういうことが起きたんだろうなって察せるよね。


「しかし、流石は伝説の海賊だな。あのような隠し玉があるとは、やはり侮れん」


「彼らが味方で良かった。もし敵だったとしたら、私達は為す術もないまま討ち取られていたことだろう」


 恐々としているワシントン氏とカエサル様だけど、このカオスな状況に一切触れない辺り、危機管理能力が優れていると言うべきか……


「……弁慶の改造、色々とおかしいでしょ」


「いや、まぁ……あのゴーレム達だからねぇ……」


 そんな中、フライング・ダッチマンから帰還したヒビキが、甲板の上で暴れる弁慶の姿を見て色々と呆れ返っている。


 弁慶の武装は数え切れない程あり、確認出来たのは近接武器である薙刀『岩融』と、背中にある木箱に偽装した金属製の箱から放たれたミサイル。


 そして、右腕から重機関銃を展開して乱射していたり、同じように左腕から三連装砲を展開して砲撃したりと、もうやりたい放題。


 箱からグレネードやナパーム弾を投射して甲板を大惨事にしていた時は、もう何と言ったらいいかわからなくなったからね。


「そう言えば、今あの船を操船している人が誰かわかったわよ」


「……あ、そっか。デイヴィー・ジョーンズが甲板にいるなら、操舵してる人はまた別にいるよね」


 てっきり怨念的な何かで動かしてるのかとも思ったが、よく考えたらドレイクもティーチも船を操舵して動かしていた。


 実際にそのような方法で動かすことも可能なんだろうが、やはり船乗りとしては自分の手で船を動かす方が性に合うんだろう。


「で、誰が操舵しているの?」


「クリストファー・コロンブスって言ってたわね」


……まさかの冒険家!? え、確かインドに行くって言ってアメリカ大陸を発見した凄い人じゃなかったっけ!?


 いや、この世界だとそういう人じゃない可能性もあるのか。アメリカ大陸っぽいというか、アメリカ風のエリアなのは魔大陸だけど、そこに行こうとして沈没したとか?


「経緯はわからないけど、あの船にいる人の多くは軍人か国に所属している航海者って感じね」


「へぇ……ってことは、ドレイク達とは相反する組織の人達なんだ」


 海軍の仕事には海賊の取り締まりも含まれる。海の治安維持は軍艦を動かす海軍の管轄で、憲兵や衛兵の管轄ではないからだ。


 まぁ、この世界の海軍は色々な意味でパワフル。海に巨大なモンスターが現れたら、それの討伐も海軍の仕事になるし、商業船や客船の護衛も海軍が引き受けることが多い。


 何なら漁船として漁に出ていることもあるそうだ。名目としては、民間漁船の護衛ということらしいけどね。


「ユーリ達が戦っているのはフェルディナンド・マゼラン、という航海者みたいよ。ティーチがやり合っていたのはヴァスコ・ダ・ガマね」


「うわぁ……めちゃくちゃ有名人ばっかりじゃん……」


 なんか、世界一周を成し遂げた人とか混じってるよね、それ。フライング・ダッチマンの船員、色々とレベル高過ぎない?


「ところでさ。今ちょっとヤバい事になってるんだけど、伝えた方がいい?」


「え、何それ!? アマネの基準でヤバいって一体何が起きてるの!?」


 いや、本人達曰く『試験運用』ってことらしいんだけどさ……



















「――――ここに『魔改造されたヤマト』が来ます」







「――――明らかに過剰戦力でしょソレ!?」




















 そんなヒビキの絶叫の後に現れる巨影。フライング・ダッチマンよりも大きいその影は、海中から水飛沫を撒き散らしながら全身を顕にする。


 それは、正しく巨大戦艦。何門もの三連装砲を携えた海上の要塞と呼べる戦艦が、そのエンジンを全開にして戦場に現れたのだ。


 側面に追加された装甲を兼ねた船体は、大きなトンネルで滑走路を隠した空母のもの。それが両端に付いているのだから、巨大航空戦艦というのが正しい呼び名なのかもしれない。


 その巨大戦艦がフライング・ダッチマンに対して船首を傾け横付けにすると、三連装砲の砲口の数々を次々とフライング・ダッチマンに向ける。


「あ、これはヤバい!? 全員帰還!!!」


「うぉっとぉ!?」


「うわわっ!? な、何これ!?」


 何をするか予想出来たので、すぐに指輪の力を解除して皆を元の場所に戻す。流石にあの攻撃に巻き込ませるわけにはいかない。


 これでフライング・ダッチマンに残っているのは、敵勢力であるデイヴィー・ジョーンズ達と、海賊船から自力で乗り込んでいった海賊達のみ。


 ドレイク達は指輪の力を使って呼んだ訳では無いので、呼び戻して助けることは出来なかった。




「ちょ、お姉!? アレ、何――――」




 ユーリが私に問い詰めるより先に、ズドォン、ともドゴォン、とも聞こえる爆音が鳴り響く。


 それは、ヤマトの三連装砲がフライング・ダッチマンに砲弾を撃ち放った音だ。


 軽く十門以上は見える大口径の砲が、フライング・ダッチマンに向けて一斉に砲火を噴く。


 そして、三連装砲の砲弾は寸分違わずフライング・ダッチマンの甲板に着弾し、爆炎と共に船員と海賊、瓦礫を宙へと吹き飛ばした。


「……徹甲榴弾、かな?」


「ああぁ……やっぱりこうなるのね……」


 第一射でフライング・ダッチマンは既に半壊、いや大破と言ってもいいくらいの損傷を負っている。


 しかし、ヤマトの砲撃はまだ止まない。次は徹甲弾でも放ったのか、ほぼ水平に放たれた砲弾がフライング・ダッチマンの船体に突き刺さり、そのまま船内を突き進んで反対側へと突き抜ける。


 吹き飛ばされた場所によっては、自重に耐えられなかった上階が下階の方へ崩れ落ちていった。


「流石ヤマト。大艦巨砲主義の象徴みたいなところあるよね」


「感心してる場合じゃないでしょ!?」


 若干現実逃避したけど、空からフライング・ダッチマンの甲板を襲撃する大量のミサイルの爆発音で、私の意識は無理矢理現実へと引き戻される。


 どうやら、ヤマトにはミサイルも搭載されていたようだ。対象の魔力や熱源を捕捉して追尾する誘導弾のようで、放たれたミサイルは全弾が寸分の狂いなく甲板に突き刺さっていた。


 更にフライング・ダッチマンの船体下部で起こる爆発と大量の水飛沫。ヤマトの放った魚雷が、フライング・ダッチマンの船底を破壊したようだ。


「……アレ、空母部分も使えるんだよね。主武装の試験運用だから使われてないけど」


「……頭が痛過ぎるわ」


 今回の戦闘では空母部分は使わないようだが、実は上部の滑走路だけでなく、滑走路の一つ下にカタパルト式の滑走路がもう一つ隠されているそうだ。


 戦闘時に空母の船首部分のハッチを展開することで、そこから戦闘機や爆撃機などを発艦させることが出来る。尚、リキッドメタルゴーレム達もそれを使って発艦出来るらしい。


 そんなヤマトだが、横向きにしていた船体を旋回させて、船首をフライング・ダッチマンに向け始める。


「……何をするつもりなの?」


 ヒビキの質問に答えるより先に、ヤマトの船首が展開して、その内側から巨大な砲塔を露出させる。


 これこそが、ヤマトに内蔵された究極兵器。その名も『4600mm電磁投射砲』である。


 大口径の砲はギガンティック・ノヴァに搭載されている砲をモデルにしたもので、ヤマト用に作り上げられた砲として船首部分に格納されていた。


 この砲もまた実地試験はまだ行われておらず、この場を以てその威力及び性能、改良点のチェックをするそうだ。


「ってことなんだけどさ。流石に止めた方がいいかな?」


「いいかな? じゃないでしょ!? 早くアレを止めて――――」










 それは、一条の光だった。ほんの一瞬、ヤマトの船首が輝いたかと思ったら、いつの間にか砲が赤く赤熱していた。


 私の耳に残るジュン、という何かが溶ける音。何が溶けたのかはすぐに分かる。



「う、うっわぁ……」


「これは……」



 フライング・ダッチマンは燃えていた。燃えていて、ガラガラと崩れ落ちていった。


 何が起きたのか、それは至極単純。ヤマトの船首から放たれた砲が、一瞬でフライング・ダッチマンの船体を焼き――――いや、溶かし切ったのだ。


 残っているのはギリギリ射線の範囲外であった外周部の一部。それも、放たれた砲撃の熱により発火して燃え上がっている。


 ついでに沈んでいく亡霊船の数々。中に残っていた海賊達が壊滅したから、船長不在の船が次々と水底へ還っていった。





「……うん、やっぱり戦艦って強いんだね!」


「「いや、強過ぎるわっ!?」」




 私の言葉に、ヒビキとユーリのツッコミが思いっきり突き刺さった。

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