第591話
フライング・ダッチマンとの交戦が始まって少し経つと、徐々に形勢はこちら側有利へと変わり始める。
「追加行きます!」
「まだ出せる戦力がいるのか……!」
ウールヴヘジンを筆頭としたウェアウルフとワータイガーの混成部隊が、船からダッチマンへひとっ飛びで飛び移り、そのまま中へと駆け出していく。
水中からは深きものども達がその手に槍や剣を握り締めた状態で飛び出し、フライング・ダッチマンの内部へ次々と入り込んでいた。
「敵将に相当する相手と何箇所かで交戦が始まってはいます! このまま戦力を投入して、一気に数で押し切ります!」
「戦力の逐次投入は愚策だが、今回に関してはそれが最適解だな!」
絶え間なく突入していく味方部隊により、フライング・ダッチマンの船員は混乱したまま次々と討ち取られている。
ただ、その中に強い人がいるのも事実。相打ち覚悟でこちらの味方と刺し違える形で倒れる敵船員もいるようで、戦況は一概に優勢とは言い切れない。
「モードレッドのような実力者が居てホントに良かったですよ。敵将との戦闘も各所で始まってるみたいですからね」
モードレッドからは、ピサロと名乗る軍人との戦闘が始まったとメッセージが届いた。それから少し経って、オデュッセウスからもコルテスを名乗る軍人と交戦したという連絡が来たしね。
各所で始まった敵将との戦いは相当熾烈なものであるらしく、その余波で船内の破壊が著しく進んでいるという。
時折内側から外側に向かって何かが爆発したかのように船の材木や家具が吹き飛んだりしてきたが、多分それがその破壊の余波なんだろうな。
「他の地点の戦局はどうなんだね?」
「えっと、ちょっと待っててくださいね……」
私は、全体の戦局を確認するべく友人帳を開いてメッセージを確認し始めた……
まさかアマネの護衛依頼であの伝説のフライング・ダッチマンとやり合えるとは思いもよらなかったな。
「クハッ! いいなぁ、オイ! 俺とまともにやり合える奴なんざ早々いねぇってのによぉ!」
『私も驚きだよ! まさか、かの有名な黒髭と剣を交えることになるとは、ホントに予想外だ!』
「テメェとやり合えるのも予想外だぜ! なぁ、ヴァスコ・ダ・ガマさんよぉ!」
俺と相対するのはヴァスコ・ダ・ガマと呼ばれた航海者だ。現在でいう龍脈の里を発見した偉大なる探検家の一人であり、今の世にも名が残る有名な航海者である。
その男の剣は正しく破壊。豪快ではなく、汎ゆるものを一太刀で斬り裂き、剣圧でそのまま断面とその周りを押し潰す破壊の剣技だ。
『生憎と私は貴人のような流麗な剣技は向いていなかったのでな!』
「結構、結構! 俺も似たようなもんだしなぁ!」
俺の一太刀を避けるヴァスコ・ダ・ガマ。避けた先では剣圧が船室の壁を突き破り、奥の廊下を走る船員を数名巻き込んで階段の半ば程までを押し潰す。
お返しと言わんばかりのヴァスコ・ダ・ガマの剛剣を半身になって避けるが、あまりの一撃に背後の壁に大穴が空き、床は盛大に割れて下階の様子が覗けるようになっていた。
『私もお前も既に怪物だな! 前より力が出せるようになるとは、全く予想外だよ!』
「そのお陰で面白い手合とやり合えんだ! 最高ってもんだろうよ!」
俺の剣とヴァスコ・ダ・ガマの剣がぶつかり合う度に、周りの壁が衝撃に負けて吹き飛んでいき、柱はメキリと圧し折れる。
空振った俺の拳が木箱をグシャリと殴り潰し、ヴァスコ・ダ・ガマの蹴りが柱時計を半ばから圧し折り崩壊させた。
既に敵味方関係無く俺達の周りからは離れている。まぁ、巻き込まれたら確実に死ぬだろうから仕方ねぇ話だと思うがな。
「このまま続けても埒が明かねぇなぁ!」
『寧ろ、先に船が壊れてしまいそうだ!』
入れ代わり立ち代わりで互いに場を移しながら剣を交わしている訳だが、いつの間にか動き過ぎて表に出ちまっていた。
快晴の夜空には大きな丸い月が浮かんでいて、その光が甲板を照らす。ギョッとした他の奴らが慌てて逃げていくのは解せない。
『さて、そろそろ終わりにしようか!』
そう言うと、ヴァスコ・ダ・ガマの剣がモヤに包まれて、瞬く間にその姿を変えていく。
幅広のサーベルはバスタードソードというべき刃渡りの大剣に変わり、表面に刻まれた幾つもの文字が青白い光を放つ。
「おぉ……随分とデケェ得物に変わったみてぇだな」
『最後にコレを使ったのは死ぬ前だ。死んでからは、お前が初めての相手だよ』
そう言って軽く剣を振ってみせるヴァスコ・ダ・ガマ。剣の軌道に沿って青白い剣刃が放たれ、遠目から見ていた雑兵をまとめて斬り裂いた。
「オイオイ、他の奴に手を出すのはどうなんだ?」
『それはお互い様だろう? それに、コレになる前から周りを巻き込んでいるからな』
「あ、確かにそうだな。ならいいか」
「「『『いや、全然良くねぇよっ!?』』」」
「『喧しいぞ、外野ぁ!!!』」
問題無いっつってるのに蒸し返そうとする馬鹿がいるので、互いに剣を振って剣刃を飛ばし、喧しい外野を吹き飛ばす。
「ったく、ホントに細けぇことにうるせぇ奴らだよ」
『全くだ。私が前に出て戦おうとすると止めるような奴らばっかりだからな』
心配性で出来の悪い部下がいると、お互い苦労するなぁ……その点、アマネの嬢ちゃんの周りには優秀な奴らが多いんだから、何人かこっちに分けて欲しいくらいだぜ。
『さて、そんな話はさておいて、だ。黒髭の首級、私が貰い受けるぞ?』
「そりゃお断りだ。それに、俺も久々にコレを使いたくなった」
ヴァスコ・ダ・ガマが得物をちぃとばかし変えてるんだ。俺が変えちゃならねぇ道理はない。
月光の下で俺の剣に闇が纏わりつく。ビキビキと何かが割れるような音が響くと、無骨な鉈のような俺の剣は赤く波打つ血の波紋を剣の腹に浮かべ、サメの歯のような棘が生え始める。
『……これはまた、随分と恐ろしい得物に変わったものだな』
「コイツを使うのは、生前でドレイクとやり合った時以来だな。喜べ、お前で二人目だよ」
軽く振れば、ブォンという重い風切り音を立てる俺の剣。遠くに積み重ねられて置いてある大砲の弾が入った木箱が、中の砲弾諸共押し潰されて崩れ落ちた。
『ククッ! やはり、死合いは面白い! まだ見ぬ強者とやり合える事ほど、面白いことはない故な!』
「同意するぜ。そんでもって、コイツが終わったら今度は一緒に酒を飲もうや」
既に俺はヴァスコ・ダ・ガマという男を敵として見てはいない。互いに剣を交わし合える好敵手、ってところか。
ドレイクの奴よりノリがいいのもいいところだ。こういう手合に出会えたのは望外の幸運だったな。
「んじゃま、そろそろ始めっか」
俺が剣先を構えると、ヴァスコ・ダ・ガマも軽い笑みを浮かべて剣を構え直す。
『後の事は考えなくていい。どうせこの船も私の船では無いからな。それに、一度沈めば元に戻る』
「その点に関しちゃ楽になったよな。オマケに、周りの被害も考えなくて良くなったってもんだ」
俺の顔が、特に口角を大きく歪ませているのがよく分かる。多分、ヴァスコ・ダ・ガマの奴と同じような顔になってるかもなぁ。
『ォォォォォォォォォッ!!!!!』
「ガァァァァァァァァッ!!!!!」
そんな笑みを浮かべたまま、俺達は剣を振るい――
――――衝突時の衝撃で、甲板とマスト、そして周りの雑兵を吹き飛ばした。
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