第683話

 時は少し遡り、ガレオニス・タイラントとプレイヤー達の戦闘が行われている頃。


 俗に言う『運営』と呼ばれている者達は、今回出現してしまったイレギュラーであるこのボスに対して、主に後始末という意味でどうするかの緊急会議が開かれていた。


「で、やっぱりロールバックが妥当かしら?」


「そっすね。本来ならもっと先に出す予定のレイドボスですし、第三回公式イベントの開始と共に一旦無かったことにして、色々と元に戻すのがいいと思います」


 ガレオニス・タイラントの強さは現状のプレイヤーではまず勝つことの出来ないステータスをしている。


 あの大きな巨体はHPや防御力という意味で高く、特攻装備や魔法、スキルが無いとまずまともにダメージを与えることが出来ない。


 オマケにレイドボスとして戦う時は、プレイヤーの多くが大型船を使えるようになった頃。つまり、大手クランの一部しか所有出来ていない現状では、時期尚早どころじゃない登場をしている。


 ということで、満場一致でロールバックすることが決まった…………その瞬間に、戦場に大きな動きが見られたのだ。


「っ!? しゅ、主任!?」


「え? 何、どうしたの?」






「な、謎の巨大船がっ!?」







 部屋内の大型モニターに映し出されたのは、ガレオニス・タイラントに負けず劣らずの巨大さを誇る、アマネが乗った天花の登場シーン。


 明らかに世界観にそぐわない現代的、未来的なライブステージの出現に、運営一同大口を開けて呆然としていたが……




「あ、あぁぁぁぁぁぁぁっ!?」


「わっ!? ちょ、どうしたのよ!?」


「アレ!!! 謎のNPC!!!」




 ステージのど真ん中で歌い出したアマネの姿を見て、遂に運営は今まで見逃していた隠れたる歌姫の存在を捕捉する事に至る。


 尤も、今更見つけたところで時既に遅し。大勢のプレイヤーにも目視され、言い逃れる術も運営には残されていない。


「と、取り敢えずデータ! あのプレイヤーのデータをチェックして!」


 フリーズしそうな脳を動かし、すぐにアマネのログをチェックしようとする運営。


 しかし、そこから出てきたのは特大級の爆弾を超越した膨大なログの数々。一人の端末では全てを精査する事など出来ず、五人六人と人が増えて尚、情報量の多さに頭が痛くなる程。


「主任! コレ無理です! 少なくとも一時間や二時間で精査できる量じゃありません!」


「くっ……なら、見れるところだけでいいから! それと、重要なところをマークして――――」


「マークも何も、出てくるログの大半がヤバいものしか無いですよ!?」


 直近のログだけでも、各地に点々とセットして隠していたクエスト関係のボスやNPCの名前が次々と出てくるし、何なら他のプレイヤーとは比にならない程の移動距離だ。


 軽く見ただけでも、帝国を除いたほぼ全ての国を訪れており、確認していたプレイヤーの記録をアッサリと塗り替え過ぎていて、最早最前線と呼べる場所が何処なのかが特定出来ない程。


 ログを遡れば遡る程、用意していたクエストのフラグが折られに折られ、そして綺麗サッパリ回収され尽くしている事に絶望を覚える運営陣。


「というか、何でプレイヤーなのに捕捉出来ていなかったのよ? チートコードでも使ってるの?」


「チートコードっぽいのは出てないんですが……」


 そう言って、アマネのログの最初の方へスクロールしていく運営。冒険者ギルドで行われるチュートリアルで、プレイヤーの手元には冒険者ギルドカードという名のビーコンが用意される筈だった。


 しかし、アマネのログの一番最初に巻き戻り、そこの記録映像をチェックしたところで、運営は自分達のミスに気付いてしまう。


「うわ、チュートリアルスキップか。てことは、初期装備も何も無しで外に出たのか……」


「……チュートリアルで装備を貰えるし、NPCが自然に誘導するから問題無いとか言ってなかったかしら?」


「そう思ったんですがねぇ……」


 運営が主任に見せた映像には、街に降り立ったと同時に耳を抑えて一目散に街の外へ駆け出していくアマネの姿が映っていた。


 その中にはアマネに話し掛けようとしていたNPCの姿も確認出来、門番さえも駆け抜けるアマネを止める間もなく、仕方が無いかと諦めている姿が見える。


「……音声トラブルかしらね。設定ミスで、集音し過ぎたのかも」


「考えられるのはそれですかね……」


 正解は、アマネの耳にプレイヤーの声が突き刺さって逃げざるを得なかった。というものだったのだが、事情を知らない運営は見当外れの答えを出す事しか出来ない。


 ただ、それ以上に頭を抱えたのは、アマネが所有するスキルの致命的な欠陥だった。


「あ……コレ、武器と攻撃スキル、魔法皆無な上に友人帳の効果で、ほぼ全てのエネミーが友好判定に?」


「え? 友人帳って、NPCとの好感度が上がりやすくなるとか、テイムの成功確率の上昇、くらいなものでしょ?」


「それと、今回みたいな拠点に配備できるNPCとフレンドになれるって機能っすね……」


 そう言って、アマネのフレンドリストを開く運営。本当なら絶っっっ対に開きたくない危険物だが、運営という立場上確認しないわけにはいかない。


 カチッ、とマウスがリストに振れた瞬間、ブワッと広がる大量のエネミーを含めた『NPC』の名前。数は千を余裕で超えていて、プレイヤーの名前を調べる方が簡単な程。


「……装備品ですけど、ユニオンリングがあるのでフレンドリストにあるNPC、全部呼べるみたいです」


「何でそんなものを……」


「初期の段階でドレイクと遭遇して、船提供イベントを、おぉぉ……」


 調べれば調べる程出てくる、アマネのヤバいやらかしの数々。クエスト関係のNPCに会ってしまった事は百歩譲って許せたとしても、近代兵器や未来兵器を登場させた罪は重い。


「クソぅ……ライブ楽しそうだなぁ……」


「こんな爆弾じゃなけりゃ、俺等も楽しめたのに……」


「あぁ……また、シナリオが、シナリオが……」


 最早、運営の精神は崩壊寸前。タダでさえ荒らしサーバーと呼ばれているとんだ問題児達の面倒を見ているというのに、修正するなら完徹不可避の絶望がそこにあるのだ。


 シナリオ修正もクエストの修正も必要になり、更には各方面のバランス調整も必要になり……


「……これ、ロールバック出来たりは」


「無理っす。そんなんしたら、このサーバーだけ完全に初期化しますよ」


「だよねぇ〜!」


 アマネのやらかしを無かったことにするというのは、このサーバー自体の初期化に等しい。


 かと言って、修正無しでこのまま通すのも各方面のバランスという意味で良くないし、バレたら他方の支部から絶対に突かれる事になる。


「……もう、開き直りますか」


「……だなぁ。コレは完全にどうしようもないわ」


「ログを見る限り、悪い子ではないみたいですしね」


 一周回って諦めムードの運営陣。気付けなかったのは自分達の手落ちだし、きっちり調べれば早い段階で特定も可能だったのだから、そのツケが来たと考える方が楽だった。


「そーいや、イベントの時ってこの子のクランも参加するんだよな?」


「そうですね……取り敢えず、その時になってからのんびりと観戦することにしましょうか」


「今のうちに誰か摘めるもん買ってきて。それと飲み物も」


「歌上手いなぁ……何処かの歌い手さんとか?」


 諦めてからはもう統制は取れない。今まで頑張ってきたんだし、これくらいは見逃してくれるだろうと軽く現実逃避をしながらライブを眺める運営陣。


 そんな中で、どうにか打つ手が無いかブツブツと呟く女主任だけが、この現実を受け止めようと必死に抗おうとして……


「主任、コレ渡しときますね」


「……老眼かしら。なんか、始末書って書いてあるような気がするんだけど?」


「始末書っすね。まぁ、俺等も手伝うんで、のんびりしながら書き上げましょうか」


 紙束のレベルで手渡された白紙の始末書。こうなった時点でコピーしておいて、全員で必要なところを書き出していく事を前提にした用紙は、主任の手にズッシリとした重みを感じさせる。


 だが、彼女はコレでもこの支部を任された女傑。手に持った始末書の束を一度自分の机に置くと……






「……もう、どうにでもなーれ!」





「はい。主任は酔うとうるさいんでノンアルです」






 ヤケクソだと言わんばかりに、缶ジュースの蓋を開けてグイッとイッキ飲みした。

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