第582話

「さて、こうして話すとなると中々悩むところだけど、アマネはエーディーンについてどの程度まで知っているのかな?」


「主神と主神教徒、それと妖精とエルフが至上主義を拗らせた結果、密かに反逆を企てていたエーディーンやそれに同調する勢力を一掃して、小国家群を統一して……」


「いや、思ったより知ってるねぇ!? 何それ、殆ど話すこと無くなりそうなんだけど!?」


 いやまぁ、私も度々生き字引というか、その時のことを知っている人とか神とかと出会ってるわけだしね。


 でも、多分全部が全部知れているわけではないと思うから、彼にしか知らない情報とかもまだ全然あると思う。


「そう言えば、ピノキオとゼペット、何方の名前で呼んだらいいですか?」


「ゼペットでお願いするよ。お爺さんから引き継いだ名前だからね。しかし、何を話したらいいかな……」


 そう言って、ゼペットは少し悩む様子を見せた後、私が知らなそうなことから話そうと決めたらしい。


「それじゃぁ、エーディーンの王室関係から話すね。まず、その時の王家がルイ十六世とマリー王妃の時代だったんだ。で、お仕えしているのが大将軍のナポレオン公」


「ちょっ!? いきなりビッグネームが過ぎるんだけど!? 何、エーディーンってフランスがモデルなの!?」


 あまりのビッグネームの登場に、ルテラが思わず驚愕の声を漏らす。ぶっちゃけると、私も思わず声が出そうだった。


 崩壊時の王室がルイ十六世とマリー王妃。マリー王妃というのはマリー・アントワネットがフルネームになるらしい。


 そして、その二人の宰相的なポジションで政治に携わっていたのが、大将軍であるナポレオン・ボナパルト公であったそうだ。


「エーディーンは大国だったし、その当時は周辺国家も今の倍くらいはあったからね。今でこそマギストスに統一されているけど、本来のエーディーンの領土なんて三分か四分の一くらいじゃないかな?」


「そんなに多くの国があったんだ……」


「イーリオスの前後で大きく数の変動が起きただろうからな。あの戦いは、小国家群を弱体化させるのに充分過ぎる犠牲を積み上げてしまった」


 小国家群を、いや、エーディーンすら巻き込んだ大戦。それがイーリオスであり、オデュッセウスが運命を狂わされた戦でもある。


 発端は至って単純なものだ。まだ若く幼い王子に、オリュンポスの女神で一番美しい女神は誰かと問わせた上で、美女を与えると王子に伝えたアフロディーテが一番に選ばれた。


 当然ながらオリュンポスの女神はそんな王子を許しはしない。アフロディーテが与えた美女は小国家群の王侯貴族を魅了した傾国の美女であり、ゼウスまでもがその美しさに惚れ込んでしまう。


 故に、動乱は起きた。いや、起こされたのだ。ゼウスにより、かの美女を連れてきた国に栄光を授けるといった言葉が神託として広まった。


「神託を信じぬ王も多かったが、それ以上に狂信者である主神教徒の猛威を信じぬ王がいなかった。もしこれでゼウスの神託に従わねば、一息に国は割れ国土は崩壊すると理解していたからだ」


「信仰の毒ってやつね。どうやら、ゼウスの撒いた毒はかなり広く深く蝕んでいたようね。人も、国も、信仰の意味を理解出来るもの全てを飲み込んだ程に」


 ヒビキの言うことが答えだろう。ゼウスは自らを崇める信徒の心を利用して、小国家群を互いに争わせたのだ。


 それはとても強い毒だ。広まればあっという間に蝕み飲み込み、犠牲者を体の良い傀儡に変える。


 小国家である国々も、何十万と存在する傀儡の波に襲われれば一溜まりもない。大国であるエーディーンでさえ、波が当たればその権威を大きく歪ませることになるだろう。


「一か八かの賭けではあったさ。ゼウスらの介入をさせず、自分達の手だけで終わらせるつもりだった」


「想定外だったのは、そうして終わらせようとした国々の半数近くが、敵に内通した背教者の国として天使の手により滅びたことだね」


 ゼウスらは小国家同士の内通を見越していたらしい。いや、見越していなかったとしても自身の大敵に成り得る小国は、背教者の国という名目で信徒の賛同を得た上で滅ぼした。


 何の理由もなく人や国を殺し滅ぼすことは非難されることではあるが、それ故に正当な理由となる大義名分があれば、その行いが非道なものであっても賛同するものから称賛を浴びる。


「ゼウスはそういう意味では認めざるを得ない才能があったな。自身の父と祖父を謀殺しただけはある」


「え、それは私も知らないんだけど? 何、ゼウスはクロノス様とウラノス様を謀殺したの?」


「ウラノス様をクロノス様が殺したと喧伝して、ティターン神族を一掃する名分にしたみたいですね」


「はぁ〜……そりゃ、自由に引っ掻き回せて当然だよ。自分の父親も謀って殺せるような奴なんだから、人なんて幾ら死のうと関係ないよなぁ……」


 何処か納得がいった様子のゼペット。余りにもゼウスに都合のいい流れに違和感を覚えていたようだが、全てがゼウスの手のひらの上とわかって漸く腑に落ちたらしい。


「……色々と確認したいけど、聞いても良い? 何処から何処までゼウスの手のひらの上?」


「ゼウス関係はティタノマキア、ギガントマキア、イーリオス、エーディーン崩壊、黒の病、ペレシオン侵攻、小国家併合、ラグナロク……挙げるとキリがないですね」


「うっへぇ……全部心当たりあると思ったら、やっぱりそうだったのか……」


 私が挙げた内容にゲンナリした様子のゼペットに、少し苦笑が漏れてしまう。これだけのことをやらかしていたら、そりゃこんな反応になっても仕方ない。


「まぁ、昔話はもういいか。多分、私よりアマネの方が詳しく知ってるみたいだからね」


「今の話となりますと、気になるのは対主神及び反帝国同盟ですかね?」


「それ、ホントに気になってるんだよね。話には聞いたことがちょろっとだけあったけど、現段階でどの程度まで進んでるの?」


 どの程度まで、か……どう言い表すか悩むところが多いけど、一先ずは賛同している勢力を挙げていけば理解してくれるだろう。


「現段階でケーニカンス、マルテニカ、キャメロット、アラプト、マギストス、ノルド、ヴェラージ、スメラミコト、レン国、ウォルク。実質加盟国なのがフランガですね。それと、聖教国のトップも個人的には賛同している形となってます」


「オルンテスも反帝国であれば賛同すると思うよ。ってか、それこの世界のほぼ全ての国が加盟してるってことになるよね」


「エーディーンの残存勢力も合流しています。また、龍脈の竜達も開戦の折には参戦を予定しているそうです。まぁ、龍脈を破壊されそうになればそれも当然でしょうが」


 守護龍達は古代龍も交えた会議の結果、もし帝国との開戦が成れば帝国軍及び天使軍の殲滅を行うと決定したそうだ。


 まぁ、先に盟約を破っているのはゼウス側なので、大義名分も『龍脈を暴走させ里を壊滅させようとした』ことと『火の守護龍の命が失われた』ことを理由にしてしまえばどうにかなる。


「龍脈にも手を出してたのか……というか、竜種に喧嘩を売るって正気じゃないと思うんだけど?」


「分散させて各個撃破は戦術の基本だ。龍脈の里という竜種を統率する守護龍が住む地を滅ぼせば、統率を失った有象無象の竜種などトカゲと変わらないとでも考えていたんだろう」


 相手はゼウスなので、そのような考えをしていてもおかしくはないだろう。


 というか、それくらいのことを考えていないと世界を敵に回すような所業を何度も繰り返せないだろうからね。


「神格も多いですよ。世界各地、土着の神や邪神と呼ばれるような神々とも協力関係を結んでますし、ゼウス側にも離反の意志を抱えている神がいるようです」


「それは良いことを聞いたね。オリュンポスの神々は権能も強いが、その幾人かがこちら側に傾くだけでも戦局は大きく変わるだろう」


「ティターン神族のテュポーンとプロメテウスもいる。戦力としてなら、ゼウスが相手でもそう引けは取らないだろう。だが……」


「確実ではない。まぁ、そういう意味ではゼウスに対してお見事と言うしかないんだけどね」


 神の力の源は『人々の認識』に影響される。プロメテウスが人々に火を与えたことで火の神と崇められるようになって、プロメテウス自身に火に関する権能が付与されるに至った。


 では、ゼウスはどうなのか。主神教徒という熱烈な信者を抱えている以上、ゼウスは『絶対的な最高神』という認識が人々に植え付けられていてもおかしくはない。


 まだそこまで名が知られていなかったエーディーン崩壊前後の時代と比べれば、今のゼウスの力は当時の何倍にも跳ね上がっていると考えるべきだ。


「テュポーンが懸念しているのはそれだ。人々の認識が神の力にも繋がる。となれば、各国に猛威を振るったゼウスはそれ相応の力を得ていてもおかしくない」


「恐怖さえ己の力に変えられる。神って本当に怖い相手だよねぇ……」


 そう言って、ゼペットはほんの少し冷めた紅茶の入ったティーカップを口元に運んだ。

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