第718話

 場所はヴェラージ南部。レン国の義勇軍とヴェラージ軍が合わさった連合軍は、押し寄せる帝国軍や天使達を相手に激戦を繰り広げていた。


 既に海上は近海のモンスターにより封鎖されているのに等しく、艦船の多くがそのモンスターの攻撃を受けて航行不能になっているのだ。


 だからこそ、死兵になりつつある帝国軍が暴走したり、空路で襲来し続けている天使達による攻撃が激化したりと、徐々にその戦闘は激しくなっていた。


『チッ! 無駄に数ばかり多い羽虫共がッ!!!』


『成る程のぅ! これは、確かにヴィシュヌやブラフマーが失態を晒すわけじゃ!!!』


 アスラ達も武器や己の肉体を使って天使達を落としているが、的が小さいことと空中戦を得意とする天使達の機動力に負けていることで、体に軽い傷を増やす者が増えてきていた。


 ナーガ達の毒霧も高く飛ばれてしまえば射程外となり、逆に天使達は高空から魔法を撃ち下ろすことで地上を爆撃するかのように掃射できる。


『だァァ! クソッタレ! おい、石でも瓦礫でもいいから寄越せ! 鳥撃ちだ鳥撃ち!!!』


 だからこそ、焦れたアスラは近場の瓦礫を掴み上げ、下投げで空に瓦礫を投げ飛ばす。


 ヒュンヒュンと風を切って飛んでいく瓦礫は、鋭い弾丸となって天使達の体を穿ち、体を弾き飛ばしてバラバラにしていく。


 慌てて回避行動を取る天使も、何度も何度も放たれる散弾銃のような投擲攻撃を避け切れるものではなく、次々と重傷を負った者から地上に落ちていった。


『ハハ! こりゃぁいいな! お前ら、もっと投げれるもん持ってこい!!!』


「投石機用の岩がここにあるぞ!!!」


 一転して慌てだした天使達を見て気を良くしたアスラ達は、近場の瓦礫の山だけでなく、投石機用の丸い岩も掴み取って投げ始める。


 中には帝国軍に砦を壊し、その石レンガを投石しているアスラ族もいたが、元々この砦も労役を課されたヴェラージの民が作ったものなので、文句を言う人間は一人もいなかった。


「深追いはするな! 死兵相手にまともにやり合おうとすれば、逆に己が死体にされるぞ!」


 指揮を取るアシュヴァッターマンは、帝国兵から奪取したマスケット銃を片手で撃ちながら、右手のサーベルを振るって帝国兵を斬り捨てる。


 そこに強襲しようとする槍使いの天使が降下していたが、建物の屋根から飛んだカルアの蹴りにより首をへし折られ、天使の体はあらぬ方向へ不時着した。


「あぁ、そうか。空の上も安全では無くなって来たわけか……!」


 アシュヴァッターマンが空を見上げれば、そこには大きな翼を広げたガルーダとヴリトラが暴れまわっており、天使達は慌てて高度を下げてその危険地帯から脱しようとしていた。


 勿論、高度を下げれば地上からの射撃を受けることになるが、アスラ達の投擲も地上に近くなればなる程迂闊に行えなくなる。


 それを加味すれば、低空飛行で地上の敵を攻撃した方が、天使達にとって身の安全も高空を飛ぶより確保できる。


 結果として、空を飛んでいた天使達は次々と地上付近にまで降下し、帝国軍と連携して連合軍に反撃を開始していた。


「全員、無理はするな! 地の利を活かし、挟撃や包囲殲滅を行え!」


 地上部隊に帝国軍だけでなく天使まで加わったことで、一部の場所では劣勢になる部隊も現れ始めていた。


 故に、家屋や路地等の地の利を活かした戦法を取り、危機的状況なら無理せず周りの味方と協力して戦うように、アシュヴァッターマンは指示を出す。


 だが、この乱戦状態に移りつつある戦場で、アシュヴァッターマンの指揮は相手にとって非常に目立つ。


「あの男が指揮官だ! 奴を狙え!」


「アレス様の仇を討たせてもらう!」


「彼奴を殺せば、有象無象は尻尾を巻いて逃げるぞ!」


 それ故に、天使達は敵の指揮官を討つべく、他の雑兵を無視してアシュヴァッターマンへと迫っていく。


 その数は、凡そ十人程度。気付いた他の傭兵や弓兵が何人か撃ち落としているが、半数近くはその弾幕を潜り抜けてこちらまで特攻してきていた。



「チッ! 端の雑兵程度で、俺を討ち取れるとでも思って――――」













『――――我、放つはインドラの槍!!!』







 迫り来る天使に剣を構えたアシュヴァッターマンの視界が、眩い光に包まれる。


 その直後に耳に響く落雷の音と、大気を震わせる衝撃に、アシュヴァッターマンは思わず腰を落とし、腕で軽く目を隠しながら、その落雷の余波が終わるまで耐え忍ぶ。


「これは……!?」


『――――全く、お前だけ先に戦っててズルいなぁ、ホント』


 驚いたアシュヴァッターマンは、懐かしい声に思わず振り返り、より一層驚愕に顔を歪めて、その目に涙を浮かべ始める。


「そんな、嘘だ……! だって、お前は……! カルナは、既に死んだ筈だ……!」


『あぁ、その通り。俺はもう死んでいて、本当ならこうしてお前に会うことなど二度と無い筈だった』


 振り返った先に立っていたのは、無骨な黒い弓を持ち、背中に矢筒を背負ってアシュヴァッターマンを優しい眼で見つめる、嘗ての旧友。


 黒い髪を後ろに纏めたカルナは、その手に持った弓でアシュヴァッターマンを狙う天使達を次々と撃ち抜き、その上で硬直していたアシュヴァッターマンに戯けたように話し掛ける。


『――――ここは、元々俺達の故郷だ。んでもって、そこには俺達の故郷で暮らす民がいる』


 話中に聞こえてくるのは、猛々しき戦士達の声。忘れる筈の無い、共に戦場を駆けた戦友達の勇ましき咆哮。


『なら、俺達も故郷を守る為に戦わなきゃならないよな。死んでたってもう関係無い。何せ、死んだ後すら彼奴等は俺達に安息を与えるつもりはねぇんだから』 


 山の上から下りてくる、大勢の戦士達。己の足で地を駆ける者、駿馬に跨り駆ける者、戦象の背の上で猛りながら突き進む者。その全てを、片時も忘れた事はなかった。


『さぁ、行こうぜ! 俺達の故郷を、俺達の手で取り戻すんだ!』


「――――あぁ、あぁ! そうだな! もう一度、共に戦おう!!!」


 零れ落ちかけた涙を手の甲で拭い、アシュヴァッターマンは剣を構え直して敵陣に目を向ける。


 その背には、共に戦場を駆けた友がいる。ならば、突っ込んだところで負けることはない。


『――――っとぉ! 悪いが、コイツラは俺が貰っちまうぜェェェェッ!!!』


「――――ドゥルヨーダナ! お前も来てくれたのか!!!」


 突如として現れた増援に怯んでいた敵部隊が、上空から棍棒を振り下ろしたドゥルヨーダナによって、一撃で散り散りに吹き飛ばされる。


 そこから更に下からの振り上げで、通りを駆けていた帝国軍は衝撃波により弾き飛ばされ、何処ぞの無双ゲームのように派手に飛び散っていく。


『アシュヴァッターマン! 後ろにゃぁビーシュマもドローナも控えている! 兵の指揮は二人に任せて、俺達は前線で敵を蹴散らすぞ!!!』


「そうか! なら、援護は任せるぞ、カルナ!」


『そうこなくては! ここにはアルジュナもビーマも来ているし、彼奴等にばかり無双されても困るからね!』


 嘗て対立したアルジュナとビーマという二人の英雄も、当時率いていたパーンダヴァの軍勢を連れて帝国軍に強襲を仕掛けているらしい。


 そうなると、これはカウラヴァの軍勢を率いる我々と、アルジュナ達との戦功勝負になるわけだな。


『目標は港のデケェ建物だ! 彼処まで突っ切って、アルジュナ達に目に物見せてやろうじゃねぇか!』


「『その話、乗った!!!』」





 アシュヴァッターマンが旧友と再会していた時、戦場の一角でラークシャサの王もまた、嘗ての宿敵と再会を果たしていた。


『まさか、貴様と共に戦える日が来るとはな!』


『それはこちらの台詞だ、ラーヴァナ!』


 チャンドラハースという剣を振り回し、帝国軍と天使を斬り裂くラーヴァナに、嘗て敵対していたラーマという英雄が、背後を狙う天使達を次々と矢を放ち撃ち抜いていく。


 焦げ茶の髪を束ねたラーマは、薔薇色の瞳で敵を逃すこと無く狙い定め、近寄る敵はラーヴァナに任せて敵の指揮官や上位の天使を的確に撃ち抜いていた。


『相変わらず見事な弓の腕前よな!』


『パラシュラーマ! 汝も来ていたのか!?』


 空を飛ぶ天使の頭を踏み抜く形で地面に着地したパラシュラーマもまた、ラーヴァナの横に立って迫り来る天使の頭を手に持つ戦斧で叩き割っていく。


『いつの間に髪など剃りおって……』


『どうにも暑くなると蒸れて鬱陶しくてな! ほぅら、その程度の盾で俺の斧を防げるものか!!!』


 常人ならば両手で持ち上げようとしても上がらないような巨大な戦斧を振り回すパラシュラーマは、正しくアスラの如し。


 というか、実際にアスラ族を討ち取ったこともあるのだから、パラシュラーマの武威はアスラ以上とも言えるだろう。


『錚々たる面々を揃えたのだ! これで負けたら、恥ずかしゅうて体が赤くなっちまう!』


『お前の体が赤くなるのは前々からだろう、パラシュラーマ! 俺とやり合った時も、自然と赤くなっていったじゃないか!』


 ラーマにそうツッコまれて、パラシュラーマは大きく笑う。ラーヴァナも、愉快そうにその顔を歪めて笑い、迫ろうとしていた天使達を怯ませていた。






――――何にせよ、ヴェラージの戦いは徐々に終わりへと突き進み始めていた。嘗て、この地で互いに血を流しあった者達と共に。

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