第573話
ベルフェゴールという名前を何かで聞いたことがあったんだけど、それが思い出せなくてなんかモヤモヤする。確か、結構有名な何かだったような……
「ベルフェゴール……って、七つの大罪!? 怠惰の悪魔かよ!?」
「え? 私の二つ名を知っているのかい?」
「あ! それだ!!!」
思い出した! 確か、七つの大罪っていう凄い悪魔の一人がベルフェゴールって名前だった!
ベルフェゴールも自分の二つ名を『怠惰の悪魔』だと漏らしてしまっているし、七つの大罪の悪魔だと考えていいだろう。
「私もユーリ達も異界人でして、向こうだとかなり有名な名前なんですよ」
「ほぉ〜……そういや、スメラミコトの武士なんかも向こうじゃ有名なんだったな」
あ、エルメの驚愕によりベルフェゴールの正体がわかったが、それよりも先に伝えることがあったのを忘れるところだった。
「あの、ベルフェゴールさんがいた集落を襲った人達に心当たりがあります。それも、私達の敵として」
「それは……」
ベルフェゴールが暮らしていた集落を襲ったのは、どう考えても主神教、及び帝国の者だろう。特に向こうにはゼウスという神がいて、その配下に天使達がいることがわかっている。
ミカエルという天使が敵にいたのなら、それはもうほぼ確定と言ってもいい程に条件が揃ってしまっている。
「四大天使も敵なのね……確か、ミカエル、ウリエル、ラファエル、ガブリエルの四人だったわよね?」
「異界人の知識というのも侮れんな。実際はどうかはわからんが、敵戦力の推測が出来るのは悪くない」
「熾天使って天使の階級の最上位だっけ?」
「そうですね〜。ミカエルは確か教徒の守護者という一面があった筈ですので、恐らく四大天使の中でも強い部類なんじゃないですかね〜?」
天使の階級の中では熾天使が最上位。隙を晒してしまったとはいえ、ベルフェゴールの背中を斬り胸を一突きにしたミカエルは相当強い相手だと言えるだろう。
でも、多分だけどミカエルクラスの子ってウチにも結構いるんだよね……
「……もし、その敵と戦う時が来たら、私も力を貸すよ。これでも長い間集落を護っていたから、腕には少し自信があるんだ」
「ありがとうございます! あ、そう言えばウチにモッフモフの毛布な子がいるんですが……」
「――――その話、詳しく聞かせてくれるかな?」
怠惰の悪魔であるベルフェゴールだけど、山の神だった頃からお昼寝が大好きで、特に寝具に関しては拘りが強いらしい。
これ以降、リビングモーフの中でぐっすりと眠るベルフェゴールがよく見掛けられるようになるんだけど……まぁ、賑やかになったからいいよね?
ベルフェゴールが住んでいる洞窟を後にして、本来の目的である森の隠者の家へと向かう。
「お姉、目的変わってない? 本来の目的は港町に受け取った品物を届けることでしょ?」
「最終目的はそう! 今は森の隠者に会いに行くことが次の目的だから!」
先にヒビキ、弓月、ロビンの三人に先行してもらったので、家が見つかればこちらに連絡してくれる手筈になっている。
それにしても、森の隠者は一体どんな人なんだろうか。きっと悪い人ではないだろうけど、男性なのか女性なのかもわからないしなぁ……
せめて、名前だけでも聞けばよかったかと反省していると、ルジェが「おっと、これはマズいかな」と言って、一息に駆け出していく。
「……ふむ。アマネ、先に行かせてもらうぞ」
「あらら、これは放置するわけにはいかなそうだ」
「こっちは大丈夫だから、オデュッセウスも龍馬もとっとと行ってこい」
「……うん。これは行ってもらった方がいいね」
ゴリアテに言われるより先に駆け出していった二人を見送ったが、理由が理由なので仕方が無い。
というのも、どうやら先行していた三人が森の隠者の家自体は見つけられたものの、その家の住人に見つかって絡まれてしまったようなのだ。
「ルジェが行ったから、多分大丈夫だと思う。それに、二人も続いてくれたしね」
「とはいえのんびりしているのも良くはないだろうな。少し駆け足で行くとしようか」
「弓月、大丈夫かしら……」
「ま、大丈夫だろ。ルジェ達がもう先に行ってるんだから、こっちが合流できるくらいの時間だって稼げるだろうさ」
ちょっとペースを上げて、オデュッセウスがしれっと通りやすくしてくれた元獣道を進む。私達に気を遣って整えてくれたんだろうが、森の中で綺麗な石畳の道は違和感が凄い。
でも、そのお陰かかなりスムーズに移動できて、気が付けば森の奥。大きな御屋敷が建っている広場へ辿り着くことが出来た。
「で、物凄く派手に戦ってるわけなんだけど……」
「なんか、スッゲェことになってんなぁ……」
私達が出たのは御屋敷の裏の訓練場らしき場所のようだ。草が刈り取られ、土を硬く踏み固めた広場の上では、ルジェと龍馬が二人の青年相手に激しい戦いを繰り広げていた。
青年二人の武器だが、黒曜石のような黒髪の青年は長い槍に光で出来たかのような剣でルジェと戦い、もう一人の藍色の髪の青年は黄金の剣と何十本もトゲが生えた盾を使っている。
対するルジェは普段使いの聖銀のサーベルに加えて、ルジェの父が使っていたという槍を使って黒髪の青年と戦っていた。
龍馬もまた、己の愛刀を使って藍色の髪の青年と対峙している。前に『陸奥守吉行』という刀の名前を聞いていたけど、盾の傷を見る限り相手に攻めあぐねさせるくらいの斬れ味があるのがよくわかった。
「お、やっと来たか。中々面白いことになっているだろう?」
「オデュッセウス、コイツは一体どういう状況だ?」
戦闘中の二人とは別に、オデュッセウスはロビン達と一緒にお茶を嗜んでいた。ヒビキや弓月も、珍しいお茶を楽しんでいるのかとても朗らかだ。
「ふむ。貴殿がオデュッセウスの言っていたアマネ殿かな?」
「あ、はい! はじめまして!」
その茶会の中で、紫紺の髪色の女性がこちらを見て優しく微笑みながら私に問い掛けてくる。服は実戦向きの革鎧に近いだろうか。
「御初に御目に掛かる。私はスカアハ。ここらの者は私のことを森の隠者などと呼んでいるな」
「あぁ! 貴女がバーバ・ヤーガさんから聞いていた森の隠者様でしたか!」
ということで、私達は二人の戦いを見ながらのんびりとお茶会。自家製ブレンドの紅茶らしくて、キャメロットでもこれ程のものは早々ないとモードレッドが驚いていた。
激しい戦闘が繰り広げられている訓練場に対するような形で落ち着いている私達は、そのままスカアハと雑談に興じる。
「そうか。アマネは西の港町へ向かう旅の途中でここに立ち寄ったのだな」
「えぇ、そうです。バーバ・ヤーガさんから森の隠者のお話を聞いて、ちょっと会ってみたくなっちゃいまして」
スカアハはこの森で長く生きている魔女のような隠者で、相手によっては『影の女王』と呼ぶ人もいるらしい。
ただ、正直なところ魔術より身体を動かす体術や武術の方が得意らしくて、今戦っている二人の弟子にも武術の方を重点的に教えているそうだ。
「クー・フーリンもフェル・ディアドも並の戦士では無いのだがな。あの二人と比べると、まだまだ鍛錬が足らんようだ」
「いや、あの二人と比べるのはちょっと可哀想と言うか、何と言うか……」
現吸血王であるルジェと、古代龍と暮らしていた剣聖である龍馬。幾らスカアハが育て上げた戦士と言っても、二人の格と比べたら差があっても仕方が無い。
ちなみに、黒髪の方がクー・フーリンで、藍色の方がフェル・ディアドと言うそうだ。
「尤も、私としては彼らのような猛者を連れているアマネが気になるのだがな……」
「まぁ、同盟の旗印だし知り合いは多いからなぁ」
「そうですね。多分、スカアハさんもびっくりするような人も結構いますよ」
アーサー王とかドン・キホーテ卿とか、後は邪神化してる信長公とか……
「……同盟の旗印、か。何の同盟だ?」
「対主神及び反帝国同盟です。既に、世界各国がその同盟に賛同し名を連ねています」
「私の祖国キャメロットも、此度の同盟に加盟しています。それと、海を隔てた大国マギストスも」
「ノルドもそうだな。ぶっちゃけ、渡りがついてねぇのはオルンテスとフランガくらいなもんだ。それ以外は反帝国で纏まりつつある」
私達の言葉に、スカアハは少し驚いた顔を顕にした後、少し思案して口を開き直す。
「反帝国同盟、だったな。ここマルテニカも、過去には帝国の戦禍により甚大な被害を受けたことがある。名のある戦士も、その多くが果てたのだ」
「敵の首魁は主神ゼウス。嘗てエーディーンの主神であった父クロノスと祖父ウラノスを謀殺し、この世全ての支配者になろうとする悪神です」
「そうか。なら、私もこのまま森の奥の隠者でいるわけにはいかないな」
そう言って、居住まいを正したスカアハは私を見て真紅の双眸を輝かせながら口を開く。
「アマネ。その対主神及び反帝国同盟に、私個人の名を連ねよう。まぁ、弟子達も連れて行くつもりではいるのだがな」
「グッヘェ!?」
「っと、すまんな。つい力を入れ過ぎてしまった」
スカアハの申し出と共に、向こうの戦いもいい感じに終わったようだ。勝ったのは、ルジェと龍馬の二人組。
「来たるべき時に備え、二人はこちらでより厳しく鍛え上げておこう。それと、力がいる時は遠慮無く呼んでくれればいい。二人も含め、扱き使ってくれて構わないからな」
そう言って、槍を手に取り息を荒げる二人に近付いていくスカアハ。あの感じは、このまま二人に鍛錬と称した実践を行うつもりだろう。
…………取り敢えず、三人の名前が増えたしここを後にしてもいいかな?
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