第792話(シリアス注意)
アマネの事を一人にしないと約束した親友は、家族と共に交通事故で亡くなった。
家族で旅行中に対向車線からはみ出したトラックに跳ね飛ばされて、彼らの乗るファミリーカーはそのまま高架下へ逆さまに落ちて潰れたという。
「中にいた人は全員即死。潰れた車の天井に押し潰されて、殆ど原型も留めていなかったらしいわ」
そんな大切な親友が亡くなった時に、遂に深黒真理愛はアマネに直接声を掛けた。
『この度は御愁傷様。まさか、貴方の大切な親友にこんな不幸な事故が起きるなんて、ねぇ?』
その言葉を聞いて、アマネは深黒真理愛が今回の事故の黒幕だとすぐに理解した。その上で、もはやどうにもならない、止める方法さえない彼女の悪意を、アマネはその目に焼き付けてしまった。
「それから、事あるごとにアマネは深黒真理愛に呼び出されて、彼女の奴隷……いや、玩具として過ごす事を強制されたの」
歌うことも、ピアノを弾くことも、音楽に関係することは何もかも彼女に縛られ禁じられた。
それどころか、真理愛にとって面倒な仕事や用事があれば、その代わりとしてアマネを酷使し、その成果を己の物として周りに広めていた。
体に傷を付けたら流石にバレるので、アマネを動かす時は必ず言葉だけで動かすようにしていた。
「ミスをすれば友人や知人、或いはその家族に飛び火する。だから、周りもアマネがミスをすれば激しく責め立てていたわ」
アマネの友人だと言っても、本を正せば単なる他人。自分の家族と比べてしまえば、アマネ一人の価値など些末なものにしかならない。
いつしか、アマネは何かと周りの人に責められるようになった。何の関係もない周りの人間の不幸も、全てアマネが何か失敗したからだと思うようになったからだ。
そんな状況になって、アマネは声を上げる事など出来はしない。上げたところで潰されるか、真理愛の悪意の矛先になるだけだから。
「……お姉は、ずっと私を守ってたの。あの女が、事あるごとに『妹さんは元気でいいわね』って言って、お姉を脅してたから」
「あの女は、やると決めたなら方法なんて選ばずに実行に移す人間。深黒財閥という大きな力を以てすれば、大抵の事は何だって実行出来たのよ」
誰かを使い捨てにして事故を起こし、或いは金を握らせてその場所から遠ざける。
深黒財閥はそうやって大きくなっていった財閥であるからこそ、彼女の親も止めることはなく好きなようにしていいと彼女を焚き付けた。
次第にエスカレートしていく暴言の数々。お前のせいだ、お前が悪いと何度も何度も周りの人間に怒声を浴びせられたアマネの顔には、偽りの笑顔が仮面のように張り付いていた。
真理愛が直接指示を出したわけではないのだろうが、中にはアマネに暴力を振るう人間も出始めた。
流石にそれは悪手であり、暴力を振るった人間はすぐに教師によって止められ、酷く説教されて開放される。
だが、それさえも自分のやったことを棚に上げた上で、アマネが悪いのだと非難した。
――――そして、遂にその事件が起きてしまった。
「……真理愛を装ったメールを送った男子生徒達が、夜の校舎にお姉を、呼び出して、そして」
「――――それ以上は、言わなくていい」
家に帰ってこなかった異常に気付いた両親が警察に通報し、学校にも踏み込んだことで、アマネはどうにか一命を取り留める事ができた。
しかし、身体中に出来た暴行の痕跡は痛ましく、意識が戻るのにさえ一週間近い時間を要してしまった。
「そして、目が覚めたアマネの耳は全ての声を拒絶したの。それで漸く、両親もその場を離れて遠くでアマネを静養させることを即決したのよ」
自分がもっと娘の事を気に掛けていたらと後悔した両親は、すぐに引っ越す準備を整えて遠く離れた街へと引っ越した。
勤め先に起きた出来事と容態を説明したところ、直ぐ様ここから引っ越した方がいいと言われたからだ。
現にこれが功を奏したのだが、以前住んでいたマンションに逆恨みした加害者の家族が突撃する事件が起きたと聞いた時、家族どころか親戚一同も思わず顔を青褪めて息を呑んだという。
「直接真理愛が手を下したわけではないのだろうけど、加害者が警察にベラベラと喋った事で司法はアマネを護るように動いてくれたわ」
「でも、あくまでもそれは加害者やその家族に対してで、真理愛は『名前を勝手に使われただけ』として何の罪にも問われなかった」
もしかしたら、財閥側で司法に賄賂や献金でも行っていたのかもしれない。加害者は何故か少年院に入る前に事故死や病死が相次ぎ、加害者家族は一部の親族も含めて完全に蒸発した。
「お姉が病院で入院している間は、私にその矛先が向いたみたいでね。今まで仲が良かった子とも、まるで見えない壁が出来たような、微妙なラインが生まれちゃったんだよね」
「詳しく聞いたわけじゃなかったけど、それはあまりにも過酷過ぎるだろ……」
エルメの言葉は尤もだ。まだ中学生になったばかりの少女だと考えれば、寧ろここまで耐えるより先に自死を選んでいてもおかしくない。
「……お姉は、きっと私を守ることを第一に動いてしまう。だってあの女は、それがお姉に有効的だと知っているんだから」
それから、ユーリは遠く離れた祖父母の家に行き、アマネは田舎にある未だに元気な曾祖父母の個人宅で新居が出来るまで静養していた。
ユーリは小学校の卒業式と中学校の入学式を迎えられなかったが、変わり果てた姉の姿を目にしていたら、そんな事など気にする価値もなかった。
「……これが、アマネに起きた悲劇の全てよ」
「……ったく、とことん酒が不味くなる話だな。こんな話を聞かされれば、どんな酔っ払いでもすぐに酔いが覚めるだろうよ」
この世界に於いて悪意の象徴と言えばこの世に覇を唱えんとしたゼウスの名が挙げられるが、それさえも凌駕していると言えてしまう悪女の存在に、同席していたゴリアテが低い声でそんな感想を述べた。
「私達の問題に皆を巻き込んでごめんなさい。でも、お願い! お姉を守るのに、皆の力を貸して!」
ユーリは、モードレッド達に頭を下げてアマネを守るのに手を貸して欲しいと請い願う。その隣で、ヒビキもまた同じように頭を下げた。
それに、モードレッドは応えようと口を開き――――
――――突如として発生した、世界全土を揺るがす巨大な震動にその言葉をかき消された。
…………死んでいく。私の前で、次々と死んでいく。
『あらあら……ボスだと聞いていたのに、何もしないで逝ってしまったわねぇ?』
崩れ落ちた骸を前に、ローズは侮蔑の目を向けながら息絶えたボスを嘲笑する。
全部、私がいるせいだ。私がいるせいで、また大切な友達が死んでいく。
『ふふ……いいわねぇ、その表情。
「……ごめん、ごめんね………………皆、ごめんね」
懺悔するようなアマネの声を聞き、ローズは足を止めて膝をついたアマネに近付いて、無理矢理服の襟元を掴んで立たせる。
既にローズのレベルはアマネを超えていて、高くなったステータスが非力そうに見えるローズに対し、見た目に反した力を発揮させていた。
『ほら、早く行くわよ――――――でないと、貴方の大切な妹さんも、この子達のようになっちゃうかもね?』
ローズは『まるで壊れたオルゴールのようだ』と思いながら、目から涙を流して謝り続けるアマネにそう言い放つ。
【プレイヤー『ローズ』に、深刻な規約違反を確認】
『……は? ちょっと、一体何が――――』
【プレイヤー『ローズ』のアカウントを凍結します】
急に流れ出したアナウンス。困惑したローズが何かを言うより先に、その姿はこの世界からかき消えて排除される。
後に残ったのは、立たせていた手が無くなった事で再び地面に座り込み、そしてそのまま俯き倒れていくアマネのみ。
「…………ごめん、ね………………もう、私は」
ローズが居なくなった事で、アマネの周りに急いで集まろうとするモンスター達。
――――私は…………私を………………許せない。
その言葉と共に、アマネの影が黒い闇を噴き出して、怨嗟の咆哮を天高く放ちながらアマネの体を飲み込んでいく。
そして、その場からアマネも黒い闇も無くなった時、まるでガラスにヒビが入ったかのような音が世界に鳴り響き、強烈な地震が世界全体を大きく揺らした。
――――その頃、運営もローズをサーバー内に送り込まれた事による処理に追われていた。
「だぁぁっ!!! あんのゴミ野郎!!! よりにもよって海外産の粗悪品を使いやがって!!!」
「粗悪品ってか、深黒財閥の名前が出た時点で最初から内部情報を抜くつもりだったんだろ!!!」
ローズが使ったヘッドギア。これが海外産の違法な品であり、サーバーにログインしたことで国内外のハッカーが社内の情報を抜こうと、ウイルスやハッキングで攻撃を始めていたのだ。
「ホント、データ組の子がいて良かったとつくづく思うわ!!!」
しかし、このサーバーにはシステムの根幹を司るデータ系のモンスターがいる為、外部からのハッキングや送り込まれるウイルスに対して、防御どころか逆探知からのカウンターハックまで仕掛けていた。
だが、その処理に追われていたからこそ、運営はローズ自体に対する対応を後手に回してしまった。
「ローズのアカウントを停止しました!!! ゴミ野郎の文句は聞きません!!!」
「それでいいわ!!! 何かあったら、その時は私が責任を取る!!!」
データ組のカウンターにより攻撃が落ち着いた頃、漸くローズのアカウントを凍結させて一息をつく運営陣。
『――――駄目だ、アマネ! それ以上は!!!』
しかし、画面に浮かんだデータ組のウィンドウを見て、彼女を守りきれなかったとその場にいた全員が理解してしまった。
「…………これは、急いでユーリさん達に伝えないと!」
そう言って、運営用のアバターでログインする主任。
――――運営陣が見つめる画面の先には、フランガの沖合に突き立つように聳え立った、黒い闇が存在していた。
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