第5話
手早く準備を終えたモードレッドはとてもいきいきとした様子で朝食を用意してくれた。
「さ、温かいうちに食べようか」
「はい! いただきます!」
簡単なものと言っていた朝食は、乾燥野菜を入れたポトフとよく焼けたハムをパンに挟んだもの。
簡素といえば簡素だが、実際に見ると十分に美味しそうで、空に浮かぶ城が出てくる映画の世界に出た、あの料理を思い出した。
ほんのり湯気を立てるハムサンドに齧り付くと、乾いたパンのサクッとした音と、舌に乗ったハムの脂の熱さで口が満足感に満たされる。
「おいしい……!」
「そうか、よかった。食料は節約していこうとは思ってるけど、流石に質素過ぎたかとちょっと不安だったんだよ」
「全然! 昔観た物語の世界で似たような料理が出てきて、一度でいいからこんな料理が食べたいと子供ながらに思っていたんだ」
喉の渇きをポトフで潤す。パンで乾いた喉は野菜たっぷりの温かいポトフを歓迎して、更に胃の奥を温めていく。
モードレッドの手料理の味は冒険者ならではという何とも言えないワイルドさがあって良い。
「ここからクラシカまでは相当にかかる。馬があっても途中に海があるからね」
「海、ですか。迂回するんですか?」
「そうなるだろうね。港町もあるにはあるが、異界人がそこにいる可能性は高いだろう。あそこまでの街道は整備されているからね」
第三の街サンサは港町で、モードレッドさんのルートではそのサンサの真逆、レンド大山脈を抜ける形でクラシカに向かう予定だという。
「険しい道のりだけど、頑張れるかい?」
「多分大丈夫だと思います」
否とは言えない。私のワガママでクラシカに向かうのだから。
「よし、それじゃあ頑張っていこうか!」
今から抜けるのは雷馬の草原と呼ばれる場所。
名前の通り雷を纏う駿馬が駆け回る広い草原だ。
「ここの主はボルトレットと言って、出会えば雷鳴と嘶き、そして気がつけば黒い馬体が目の前に迫っているという」
「そんな馬がいるんですね」
「ボルトレットだけじゃなく、ここのモンスターは基本的に群れで行動している。手を出さなければ襲ってはこないだろうが、向こうから近付かれるのは出来る限り避けたい」
「不要な戦闘にならないように、ですね?」
私の答えに笑って頷くモードレッド。
「出来るなら街道に出たいところだけど、異界人に会わないルートはどうしてもモンスターの多い場所になる。出来る限り早く抜けるよ」
そう言って、モードレッドが草原に先行する。
恐らく斥候役として前に出ているのだろう。突発的な戦闘で私が死なないように。
その姿を見失わないように、私も駆け足で後ろを続いた。
カサカサと草が揺れる。モードレッドも少し屈んではいるが、生える草はよく伸びていて程よい長さで彼の黒い鎧を隠している。
モンスターの群れから隠れるのには最適だが、早く追い掛けないと私も見失いそうだ。
そんなことを考えて後を必死でついていく。
時々左右に曲がるのは、点在しているモンスターの群れから離れているからだろう。
「おかしいな。普通ならここまで群れ同士が密集しているはずがないんだが……」
モードレッドが私を見る。近くに子馬や子羊はいるがそれ以外には何もしていない。
「……アマネ。それ、モンスターだからね?」
「あっ」
あまりにも自然についてきていたのでそういうものだとスルーしてしまった。
確かにこんな場所に子馬や子羊だけでいるはずがなかった。異様に人懐っこいが、人馴れした動物は牧場や農場にしかいない。
「すごく懐いてるね。ちょっと触ってみても大丈夫だろうか?」
「多分大丈夫じゃないですかね?」
モードレッドが子馬の首元を撫でる。馬がいれば騎乗していたのだろう。手慣れた手付きで優しく撫でている。
私も真似して撫でてみれば、心地よいのかブルルと鼻息を鳴らしながら身体を擦り寄せてきた。
「エレキホースの子馬だね。鬣の近くを触るとピリピリしてる」
「子羊は何かわかりますか?」
「ブリッツシープ、電気を溜め込む羊だ。後ろの牛達はラッシュブル。こちらに寄ってきているのはサンダージラフだね」
周りには、珍しい客人だとたくさんの群れが集まってきている。
エレキホースは黒っぽい肌にパチパチと電気が走っている馬だ。
ブリッツシープは黒い羊毛の黒羊。ラッシュブルはまんまバイソン。サンダージラフはまだら模様が灰色のキリンだ。
ここのモンスターの多くは電撃を得意としていて、ラッシュブル以外は外敵に対し落雷や放電を放つらしい。除外されたラッシュブルは、雷撃の代わりに雷で全身の筋肉を強化しての肉弾戦が得意という。
私の側にはたくさんの子供の動物と、子守役なのかとても身体の大きい黒馬が集まっていた。
「……アマネ、ボルトレットだ」
「え? もしかして、この馬ですか?」
見上げるほど大きい黒馬。なるほど確かに主らしい貫禄がある。
エレキホースの群れのまとめ役も兼ねているからか、大人達は少し離れた場所でこちらを見ているようだ
「流石にこれだけの数が集まっていたら目にも止まるか。しかしこんなに近くでじっくり見れる機会がくるとはね」
モードレッドも少し興奮した様子で私の側に寄ってくる。
そういえば、緑の勇者の伝説に馬に関わる歌があったはず。確か音は……
私は口笛を吹いて音を確かめた。音の高低を調整すると、記憶を頼りに旋律を奏でていく。
牧歌的な歌だが、果たして彼らに通用するのだろうか?
「……アマネ。どんな魔法なんだい?」
「いや、ただの口笛なんですが……」
ボルトレットが、頭を擦り寄せてきた。
「ある剣士の物語に、この歌が出てきたので口笛で吹いてみたんですが。いや、確かに馬に乗るときにはこの歌を演奏してましたけど」
「馬に……乗る……」
モードレッドの口調に困惑が混じっている。
「アマネ、多分ボルトレットは背中に乗せてくれると思うよ」
「えっ、いやまさかそんな」
私が否定したら、ボルトレットが肯定するようにブルルッと鼻息を鳴らした。
「と、取り敢えず私は馬に乗ったことがないので今回は縁がなかったことに……」
「いや、僕は乗れる。年頃の御令嬢を乗せて走ったことも多少ね」
そっと、モードレッドが飛び上がってボルトレットの背に跨がる。少し嫌そうな顔をしたが、仕方無いと馬体を私に寄せてきた。
「アマネ、手を出してくれるかな」
「あ、はい、分かりました」
手を出したら、一瞬で身体が浮き上がってモードレッドに抱き寄せられていた。
身体を捩って前に向けると、モードレッドの手がボルトレットの首筋を軽く叩く。
「湖の近くまで頼む」
「うわっ!?」
急に身体が後ろに押された。モードレッドの手には見慣れない青っぽい光の手綱が握られていて、それを片手で掴みながら、私の体を支えていた。
「うん。噂通りの駿馬だ。彼が良ければ共に行きたいところだけどね」
「も、もう端っこに?」
ブルルと鼻息を鳴らすボルトレット。しかし彼は彼の縄張りを守らなくてはならない。
「ほら、早く降りな。此処から先は彼の縄張りではないからね」
「分かりました。……ありがとね」
モードレッドの手を取って下に降り、お礼と共に首筋をそっと撫でる。
気がつけば、ボルトレットは嘶きを残してその場から消えていた。
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