第4話


 フワリ、と風が髪を揺らす。


 毛先が触れたことによる目覚めは、緩やかに脳の覚醒を促した。


 身体を起こすと、眠っているような黒騎士もまたその身を動かした。


「あの、目が覚めちゃっただけなので、まだ寝ていても構いません」


「いや、少し寝過ぎたくらいだ。全く、不寝番の積もりが……」


 ブツブツと呟く黒騎士。そこで、彼は1つ私に問いかける。


「そういえば、君は多分武器とか持ってないよね?」


「え? あ、確かに」


「成る程、それだからかぁ……」


 まいったまいったと、薄っすらと金に輝く髪を揺らしながら頭を掻く。


 昨晩は暗くてよくわからなかったが、その髪は陽の光を受けてキラキラと輝き続けている。


「キレイな、髪……」


「ふふ、父も母も綺麗な黄金でね。ようやく生まれた僕の髪を見て大喜びしてたと、その時共にいた侍女が言っていたよ」


 成る程。両親譲りの髪色か。私の黒髪も、父母から受け継いだものだ。


 そこで、ふとした違和感に気付く。


「僕……?」


 私の呟きに、「あっ……」と声を漏らす黒騎士。


 やや間をおいて、黒騎士の口が開く。


「元々の口癖はそれ。でも、騎士としてはあまり公的な場所で俺だの僕だのの呼称は使えないから。ココ最近はボロは出してなかったんだけどね……」


 この話を聞いて納得する。騎士ともなれば当然護るべき主君なりなんなりがある筈だ。それならば、言動や所作にも相当気を使うだろう。


「これも、若干は君の影響を受けてるからね」


「ちょっと待ってください。私が何かした覚えがないんですが」


 私のスキルに人を惑わすものはない。いや、もしかして『友人帳』がそうなのか?


「失礼ながら寝てる間に鑑定させて貰ったんだけどね。『友人帳』というスキルは寡聞にして聞いたこともない。恐らくだが、好感度への補正が周りに働いてる」


「あぁ、そういうこと……」


 と言うことは、あのウサギ達も私のスキルの影響で近寄ってきてただけなのか……


「まぁ、一番の理由は攻撃の概念がないからかな」


「え? 攻撃?」


「そう。今の君の装備って武器がないでしょ? そして魔法や攻撃用のスキルも持ってない。身のこなしから暗殺者とか隠れた武芸者という訳でもないしね」


 確かに私に攻撃、というか戦うこと自体考えていないからそんなものは一切ない。


「普通ならスキルの有無は別にしても、護身用の短剣の一つや二つは隠し持っておくものだけどね。本当の意味で丸腰の相手に警戒などしようがない」


「あの、魅了とか状態異常なら?」


「それはそもそも使い手が少ないし、大抵は魔眼って呼ばれるスキルなのがほとんど。使う時には目線から殺気とか悪意とか諸々が相手に伝わるらしいよ」


 あぁ、だから私のせいなのか。


「私に攻撃する力があれば警戒できた、ということですか。なんかすいません……」


「いやいや。ここは友人の影響もあって元々モンスターが近くに来ないんだ。だから警戒する必要というのはほとんど名ばかりなんだよ」


 それならば良かった。これでもしモンスターに襲われでもしたら恐ろしいことになる。


「さて、向こうもちょうど来たみたいだ」


 騎士の声と共に、空から強い風が吹いてくる。


 見上げた先には、太陽を背にした紅い龍が羽ばたき降り立とうとしていた。


『久しいな。こうしてお前から声を掛けたのは何時以来であったか』


 陽の光を浴びた紅い鱗が細やかな火の粉を散らす。その美しさは、まるで紅玉のような宝石のように思えた。


 それにしても、紅い龍は火龍なのだろうか?


「ガルビュリアス。来て早々だが、彼女の病は治せるか? もしくは、和らげることができればいいんだが可能だろうか?」


『うむ……すまんが我は病に詳しゅうない。それ故木龍の翁に聞いてきた』


 ガルビュリアスと呼ばれる龍が、私を見つめる。


『精神の病は治すのが難しい。その病は自身の力で治す他無いということだ』


「そうですか。いえ、それは向こうの医師からも言われていたことです。なので、気にせず」


 私の言葉により顔を曇らせたガルビュリアス。


 あまりの申し訳無さに、つい別の事に気を逸らそうとしてしまう。


「あの、音楽というか楽器を作ってもらえる街ってどこかにありますか?」


『楽器、楽器か。それならばクラシカがよかろう』


「あぁ、芸術都市クラシカか。確かにそこならいい楽器もあるだろう」


 どうやら、芸術都市クラシカと言うのがオススメの街らしい。


「芸術都市クラシカは名高い音楽家も輩出してきたその道の者にとっての聖地。産業も芸術に関わる物が多い街だよ」


「そんな街があるんですね」


『ただ、ここからクラシカまでは相当に遠い。武器もない娘が行く道では……いや、モードレッドがついていけば良いか』


 ガルビュリアスの言葉に苦笑するモードレッド。


「あの、これ以上ご迷惑を掛ける訳には……」


「いや、僕自身クラシカの道は把握している。何も分からず闇雲に進むよりは、案内役の一人くらいいた方が早いだろうさ」


 モードレッドは案外乗り気なようだ。


「それに、君との旅は面白そうだ。修行も兼ねて、護衛をやらせて欲しいかな」


「なら、遠慮なくお願いします」


『ふふ、なら我も手を貸そう。その手帳を我に見せるといい』


 ガルビュリアスさんに腰の手帳を見せる。


 すると、ガルビュリアスのページがペラペラとめくれて開かれた。


『それに我の名を刻んでおく。何かあればそれ伝いで連絡が取れるはずだ』


「ありがとうございます!」


『何、大した事もできておらんからな。では、我は守護地に戻るとしよう』


 ガルビュリアスは、モードレッドの顔を見てから飛び立つ。


「さぁ、長い旅になるぞ!」


 ここから、私とモードレッドの、長いとも短いとも言えるクラシカへの旅が始まった。

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